01.ういういしい
桜が咲く時期。
俺は、一つ学年が上がった。
本人の自覚を置き去りにして身体が成長していくように、時間は過ぎていく。
そこに、もう3年の姿は存在することもなく代わりに校内に見慣れない顔がちらほらと見られる。
最初の授業を終え、俺はいつものようにテニスコートに向かうと青色の体操服が視界に入る。仮入部の新入生だろう、俺はその姿をちらりと横目で見た後に部室で着替え、それから部活の準備の為に倉庫へと向かった。
先に来ていたであろう不二に新入生、見たと聞かれ、頷くと急いで着替える。2年生になったとはいえ、まだ1年生だという認識が残っているのだ。準備の為に倉庫に向かいその後準備運動に入る。
黙々とストレッチ運動をこなし、ふと、視線を感じた。
ゆっくりとその視線の方に振り向くと、初めて見る顔がこちらを見ていた。
「何か、用かい?」
「あの…テニス部室ってどっちですか…」
ああ、新入生か。
俺は部室の場所を丁寧に教えてやると、その新入生は、小声で礼を言って少し頬を紅潮させ頭を下げると部室の方に向かって行った。
その照れた仕草が、何故か何かを思い出させるようで俺は少し口の端を上げると、隣で一緒に準備運動をしている不二にキモイ、と笑われた。
→2年になったばかりの乾と不二
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02.なまめかしい
「なーなー、いーぬーいー」
背後から伸し掛かられ、思わず前方にのめくりそうになる。
声色や圧し掛かられた重量から推測するに、こんなことをするのは、テニス部の中でもただ1人。外す確率は0.01%以下だろう。
「何の用だ、英二」
その瞬間、俺の眼の前にバッと開かれたのはヌード。えへへと笑う英二に予想外の出来事に俺は不覚ながら、何と返答していいか迷った。
「みてみて〜、これアイドルの●●にクリソツ〜」
俺の反応を楽しみにしているかのような菊丸を始めとする周囲のメンバー。眼の前に映るのは、俺も良く見るTVアイドルによく似た女優の裸だった。
「俺としてはもう少し…」
「え〜俺のオススメなんだけどにゃ〜」
残念そうな英二は、すぐさま大石の方に向かって行った。いや、確かに青少年にとっては興味がないと言えば嘘になるが…俺としては全裸よりももう少し慎ましい方がいいのだが。俺の脳裏にはある人物の光景が浮かんでいた。その瞬間、背後から声を掛けられる。
「先輩たち、何やってんスか?」
鼓動が跳ね上がる。
俺は恐る恐る振り返った、そして先程の光景の脳裏に蘇り懺悔する。
スマン、俺は何よりも君のなまめかしい姿に興奮する男です。
→海堂に妄想する乾
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03.すがすがしい
「ゲームセット ウォンバイ 乾 7−6!!」
審判の声が自分の耳に入ったのは、周囲がざわめき始めてから少ししてからだった。
整わない呼吸、曇った眼鏡。汗で湿ったジャージの感触。
ゆっくりと顔を上げて、ネット越しの蓮二が視界に入った。蓮二がこちらを見ている。その口元がほんの少しだけ笑みを見せていたと感じたのは俺の気のせいだろうか。
思わず、ベンチの傍の皆の顔を見る。
ひとりひとりの顔を見ながら、最後に彼の顔を見た。
その顔を見て、ようやく勝ったんだ…と実感する。
蓮二に勝ったのは、本当に『たまたま』だった。
この次はどうなるか分からない。
データは常に進化するものである、そして蓮二も俺も進化していく。
けれども、この一勝は青学への勝利の為だけでなく
過去の今までの因縁を振り払うために
私事だとは分かっていた
けれど。
俺の中から何かがふるい落とされたような、そんな感覚が俺の中に満ちていた。
→立海大S3勝利本当におめでとう
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04.こうごうしい
「2人とも、前回赤点スレスレだったんだろ?」
図らずとも、英二と桃城が前回そういう点数だった為にレギュラー入りしながらも試合に出れなくなるかもしれなかった、と大石から聞かされたのは一週間前。その為に今回はレギュラーメンバー合同で勉強会を行う事となった。
先生役としては学年トップの大石とベスト10内の手塚と俺。まあ、手塚が人に物を教えるのが苦手なので専ら指導役は俺と大石となっていた。
海堂や不二やタカさん、それに越前はまあ分からない部分だけを重点的に教えてやればいいが、問題はやはり英二と桃城。
お前ら、一体何を授業で覚えたんだと言いたいぐらいだったが、飲み込みが悪いわけではない。要点を押さえて教えてやると、2人とも解ったようだったが、果たしてそれが本番に生かされるかどうかは謎である。
勉強会が終了した後、英二と桃城がやってきた。そして俺と大石と手塚を拝みだした。
「な、何のつもりだ?英二、桃」
「大石と乾と手塚の後ろに」
「先輩たちの後ろに」
「「後光がさして見えるんで…」」
俺も大石も、多分手塚や周囲に居た人々も突然の出来事に驚いたがそれから皆で大笑いし、笑い声が校庭中に響き渡っていた。
指導の成果か、俺達を拝んだ結果か、皆赤点と追試は免れたらしい。
→レギュラー一同で勉強会
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05.くるおしい
中学でテニスは最後だ。
そう言った河村の言葉をその時の俺はただ、聞いていただけだった。
今、目の前にある進路調査票を見て俺は、何故か河村の言葉が脳裏に思い浮かんだ。青学は中・高・大とエスカレータ式ではあるしそのために俺達は受験戦争と呼ばれる入試を受けて入ってきたからだ。
もし、俺が彼の立場だとしてテニスを諦めることが出来るのだろうか。
脳内でシミュレートしてみる。
テニスの他にもやりたいことはある。
しかし、今の俺自身からテニスを取り上げたら何が残るのだろうか。そう考えると少し怖くなった。河村は3年になってようやくレギュラー入りを果たした。その為に彼は努力してきたのだし、それと同時に家の手伝いもしている。勉強もあり、彼はそれ両立させるために並大抵の苦労をしてきたに違いない。
それでも、彼は何のせいにするまでもなく柔和な笑顔を絶やさず俺達と3年間一緒にやってきた。そして、最後の夏、最後のテニスだとだから精一杯やりたいと言っているその姿。
今の自分にはテニスをしていない自分が見えない。
高等部に行っても続けるし、沢山の相手と戦いたい。
それでも、いつか俺はテニスを止める時が来る。
そう考えながら、目の前の調査票を強く掴んでいる自分が居た。
→河村に自分の将来を考える乾
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06.つめたい
じりじりと暑い日ざしに焼かれながら、流れる汗をぬぐう。
「乾先輩、ちょっといいっスか?」
声を掛けてきたのは桃城だった。桃城は今年青学テニス部に入部し、夏のランキング戦で一年ながらレギュラー入りしたばかりである。レギュラー入りした一年といえばもう1人いるのだが…それについてはまた後日にしよう。
何はともあれ桃城が呼びに来たので、俺は桃城の方に視線を向ける。目の前に差し出されたコンビニの袋の中には色々な種類のアイスが詰め込まれていた。
「ばあ…いや竜崎先生がみんなにアイスおごってくれるって言うんで。先輩はどれにするっスか?」
「ああ、すまない」
いろいろな種類がある袋の中から、俺は某メーカーの氷菓を選ぶ。この暑い中でクリーム系は甘さが残り、水分摂取量が増える。そうなれば動きも鈍る。
「あ、先輩もそれにしたんっすか。それ美味いっスよね」
そう言って桃城も俺と同じ種類の違う味のアイスを選んで見せた。その反応が余りに真っ直ぐだから俺もつられて笑う。
「桃城、あんまり食いすぎるなよ!」
「うぃーっス」
そう言うと、桃城は他の先輩にも配るといって袋を持って去っていった。
袋を開けてかじりつく。少し歯にしみるかのような冷たさに一瞬だけ眉をひそめながらその後に口に広がるソーダ味に、去り行く夏を感じていたのであった。
→桃との絡みって難しいなあ…
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07.さみしい
例えば、ふと出来た空白の時間
例えば、帰り際に土手を歩く時間
例えば、データ整理の合間
その傍にいつも居たはずの君の姿がないことに気づく。
君と出会って、ダブルスを組んで戦ったのはほんの3ヶ月ぐらいだというのに、何時の間に君がこんなにも俺の中で存在が大きくなっていたのだろうか。考えてみると俺の生活の中での海堂の占める割合というものが、今では最低80%以上を占めることは確定している。
だから、こうして生活の殆どが一緒であった彼が傍に居ないときに、彼の存在の大きさを感じてしまうようになったのは、俺の気のせいではないと思いたい。
そんな日常の空白に出来た時間にふと考える
君の声が聞きたい
君の肌に触れたい
君の全てを抱きしめたい
→何気ない日々に海堂を想う乾
↑
08.おいしい
しまった…
購買のパンはおろか弁当まで全て売り切れだとは…
空になった商品棚を見つめながら俺は手にした財布を握り締め、鳴り響く腹の音をどうやって騙そうか考えていた。
いつものデータならこの時間でも何かしら食べるものは売っているだろうから、今日は敢えてコンビニに寄ってこなかったというのに。仕方が無い、外に出て何か買いに行くか。今の時間なら行って戻ってきても次の授業には間に合うだろうから。そう考えて、向きを変えると目の前には見知った後輩が居た。
「やあ、海堂。これからお昼か?」
「っス。先輩は・・・」
「購買が売り切れだったから、ちょっと外までこっそり行ってくるつもりだ」
そう言って歩き出そうとした時、海堂から声を掛けられた。
−弁当、多いんで先輩も一緒にどうッスか…−
外に行く必要が無いのは有難い、俺は海堂のその誘いを受けることにした。流石にここでは人目につくので屋上へと向かう。今日は少し曇り空だったので人気も無く屋上は海堂と俺の2人きりであった。海堂の弁当は重箱で母親が作ったであろう見た目も栄養バランスも良いおかずが沢山入っている。海堂は重箱の蓋に適当におかずを見つくろい俺に差し出した。
見た目だけでなく、味付けも丁度良く俺の箸はどんどん進んでいった。あっという間に空になった重箱の蓋を俺は海堂に返すと、海堂は箸を止めて俺を見ていた。
「何か、ついてるか?」
「先輩、美味そうに弁当食べてるんで…」
「そうか、今度礼に練習メニューか新作のし・・・」
「れ、練習メニューでいいッス!!」
慌てたように答える海堂に少し面白くなかったが、幸運にも海堂の弁当を屋上で一緒に食べることが出来たのは、怪我の功名とでもいうべき出来事だったことは付け加えておこう。
→海堂は美味しそうにご飯を食べる人が好きです。
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09.いたいたしい
激しい音と同時に視界に飛び込んできたのは赤だった。
額から流れる、赤い血。
滴り
その額を、その頬を赤に染めていく
コートに赤い跡が刻み込まれていく
今過ぐ、この目の前のフェンスを飛び越えて彼の元に行こうとする衝動を押さえながら彼の方に視線を向ける。彼が、俺に視線を寄越す。
−止めないで下さい、先輩−
射るようなその強い眼差し。
そうだった、彼は何を言っても己の信念を変えることなどない。
フェンスに握る手に力を込めて、彼の試合を見守るしか出来ない自分がここにいるのを全身で再確認する。
結局、試合は海堂の勝利で終わったものの、打った場所ば場所なだけに海堂は病院へと検査を受けに行くことになった。出血量も多かったからもしかしたら何か後遺症でも残ったら大変だ。俺は竜崎先生に付き添うことを頼むと皆より一足先に海堂と会場を後にした。
幸いにも、海堂の怪我は出血量と反比例して軽症で済んだものの数日間は安静にしているように医者に言われたのであった。異常があれば直ぐに受診するように医師に説明するように強く言われると流石に練習馬鹿の海堂でも今日一日は大人しくすることにしたらしい。
その帰り道、海堂も俺も余り会話をせずにそれぞれの自宅まで歩いていた。もうそろそろ分かれ道に差し掛かろうとしたその瞬間、海堂が声を掛ける。
「乾先輩」
「ん?」
「その…今日はありがとうございました」
「いや、怪我も軽いみたいだし良かった」
「それと…試合、止めないで…いや、なんでもないっス」
そう言って、言葉途中で走り出そうとした海堂の腕を俺は無意識の内に掴んでいた。俺は、怪我をした場所を海堂の腕を掴んだ手と反対の手で撫でる。怪訝そうにその行為を振り払うこともなく見ながらじっとしている海堂。
俺は何か神聖なもののようにその傷跡を撫で続けていた。
→今更ですがG183その後捏造ネタ
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10.したしい
「来週までに【友人】というテーマで簡単に何かを書いてきなさい」
そう言って教師から手渡された原稿用紙数枚。
さて、何を書こうかと真っ白いその用紙を前に考える。原稿用紙といえば、昔の思い出が蘇るが、今はそれを考えている余裕はない。俺は色々考えた。
【友人】
友達
志や行動を一緒にして、いつも親しく交わっている人
ひとりでも【ともだち】と表記するもの
クラスメイト、小学校の頃の友人・・・色々考えてみるが一番思い出すのはテニス部の連中だろう。部活という共通の目的の元に一緒にやってきた。友であり、敵でありその結びつきは強いとしかいえない。特に現在のレギュラーメンバーはそうだと思う。
そう考えて、彼らの顔が、彼らと出会った頃から今までが思い出す。全てとは言わないが、負けた悔しさも、勝利の喜びも一緒に味わってきた。特に今のレギュラーメンバーは結びつきが強いのではないかと思う。手塚の不在、立海大戦、全国へと色々あった。
俺は、書く事を整理して原稿用紙に書き出していった。
後に、その内容がテニス部レギュラーが殆ど皆同じ内容だったことに担当教師から見せ合ったのではないかという疑いももたれたが、考えることが一緒だったに過ぎない。俺達は子供だけど、考えることは一緒だったのだなと思うと、ほんの少し、照れくさかった。
→作文の宿題にて
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11.かたい
「手塚ってさ〜、表情固いよね」
「はあ?」
柔軟の途中で突然、不二にそう言われて俺は思わず声をあげた。不二が突然話を持ちかけてくるのはいつものことだが、何故それを俺に振ってくるのだろうか予想できない。大体、不二はこういう話は菊丸の方に振ってくることが多いのだが今日は俺に振ってきたこと自体に意味があるのだろう。
「乾はさ、その逆光眼鏡で十分にインパクトが強いけどまだ、手塚に比べれば判りやすいけどね」
さらりと失礼なことも言われたような気がするが、それを一々気にしている暇もない。結局、不二が言いたいことは何なのだろうかテニスに限らず、いつも掴めないのが常である。
「結局、何が言いたいんだ?」
「海堂と居るときの乾はすんごくわかりやすいんだけど、手塚は誰と居ても表情が全く変わらないんだよね」
「…つまりは、手塚の表情を崩したいという訳か」
「流石」
その表情は、影で青学の魔王と呼ばれる不二に相応しい。そして俺も、その不二の提案に乗る確率は100%
手塚に怒られるリスクよりも、新しいデータが加えることが出来る要求が勝っていることは確かだった。
→青学参謀裏会議
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12.もどかしい
もう少し、皆と打ち解けられたら部活も楽しいだろうにと感じる。
海堂は、あの通り言葉も少ないし見た目のせいで結構勘違いしている人間が多い。だから、同じ1年同士でも余り誰かと一緒に居るのを見かけない。見ているとしたら桃城と喧嘩をするときぐらいであろうか。
先輩に対しては礼儀正しいし、部活も真っ直ぐに練習に打ち込んでいる。このまま積み重ねていけばレギュラーの可能性も無いわけではないだろう。リーチの長い体といい、来年頃には更に成長する可能性は高い。
もう少し人付き合いが良かったらなあと思う。
テニスは確かに個人競技だが、部活でもある。ならばチームメイトとの協調性も必要不可欠だと考える。だから、彼が1人でいるのが見ていてもどかしく感じるのだ。
そう思って約1年。
海堂は予想通りレギュラー入りを果たし、個性的な一同に囲まれて少しは印象が柔らかくなったような気がする。けれどもあの時感じたもどかしさは、確かに胸の奥にあったもので。
その代わり今の俺は、海堂に対する独占欲が占めている。
→海堂を初認識した頃
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13.みにくい
どうも最近また視力が落ちたような気がする。
黒板の字がどうもはっきりと定まらないのだ、両親にまたレンズの度を変えたいと言ったら今年のお年玉はパアになることは確かだ。今月は新しいシューズを買いに行こうと思っていたのだが、仕方がないかと諦める。
おかげで、ノートを見るときも少し近づけて見る必要がある。
テニスをするときには大体分かるので問題は無いとはいえ…早速今日眼鏡屋にいかなければならない。
部活も終わり、着替え終わったあと大石がいつものように待っていた。大石が鍵当番の為に、いつも最後まで残っていることが多いのである。他の皆は先に行くと部室を出て、ここには俺と大石の2人きりだった。
「乾」
大石に呼び止められる。俺は大石の方に向かうと、大石が鞄の中から何かを取り出し俺に手渡した。
「大石…」
「この間章高おじさんに貰ったんだ、飲んでくれ」
手渡されたのは、よくTVの健康番組で出てくるブルーベリーの健康食品だ。確かに視力回復にいいと言われているしその効果は認めるが…何故それが大石の鞄に入っているのだろうか。確かに大石の鞄には胃薬が入っているぐらいだからこういうのが入っている可能性もある。部員の健康に気を使っているとは流石「青学の母」とでも言うべきなのだろう。俺は大石に礼を言いながら部室を出ると、大石は菊丸が待っているからと急いで駆け出していったのであった。
俺が大石という男のデータを書き換えることになったのは言うまでも無い。
→大石が爽やか過ぎて怖い(汗)
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14.あおい
その真っ青なレギュラージャージ。
青春学園、通称青学だから青いレギュジャとは何とも偶然なのかそれともこじつけなのかは解らないが、そんなことは別の話だ。
初めてそのジャージを見たときは、素直にただ憧れていた。いつか、必ずあの青いレギュジャを着て戦うと。この学校に入ったのは、もっと別の理由もあったのだが、青学が自宅に近くて尚且つテニスの強豪だった。だから、そのレギュジャが俺にとって大事なものだといつしか思うようになった。
予想通り、一番最初にそれに袖を通したのは手塚だったがその後不二や俺もそれに袖を通すことになり、それから大石、菊丸、タカさんの順に袖を通し始めたのであった。そういえば、桃城や海堂が始めて袖を通した姿を見た時は新鮮だったな。いつも喧嘩ばかりしていた2人だったが、その学年での2人の伸びはダントツであり予想よりも早く2人はレギュラー入りを果たした。
越前のレギュジャ姿は・・・少し苦いものを感じたな。
負けたのは俺のデータ不足と体力不足だということは自覚していたし、悔しくないかと言えば嘘にはなるが。それでも、彼はそのレギュジャに恥じない戦いを何度も繰り広げ、俺はそれをコートの外からずっと見てきた。そして誓った。
必ず、あの青いレギュジャで青学の一員としてあのコートに戻ると。
→レギュジャの色は誓いの色
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15.ぬるい
「出来た!ようやく完成したぞ!!」
今度こそ、今度こそ絶対言わせてやる!
待っていろよ…フフ。
台所の中でミキサーを前にして叫ぶ一人息子に乾の両親は不安を隠せなかったというのは別の話である。
「全員集合!」
手塚の掛け声と同時にレギュラー全員が集合する。今日もレギュラーは別トレーニングメニューということで、俺の作ったメニューを基本として練習を進めていく。今日もペナル茶…いやペナルティーとして今日も皆の明日の元気の元【乾特製野菜汁 ヴァージョン0.89】が、練習後に皆に振舞われる予定だ。
他のメンバーはあまりいい反応を示さないが、この野菜汁に唯一反応を示してくれるのが不二である。しかし、いつも不二の反応は
「結構いけるよ」
け っ こ う い け る よ・・・
結構ではいかん。何としてもあの不二に「美味い!」と言わせなくてはいけないのだ!今回は、26種類の野菜とスパイスを元に味だけではなく栄養面にも気を配ったものである。今度こそ、今度こそ…
趣味の逆光が炸裂。
ついに不二に今回の新作を飲ませることが出来た。野菜汁が不二の口に注がれる。俺は不二が驚く瞬間を期待しながら、表向きは冷静を装いつつその様子をじっと視界から外さないようにする。隣で海堂が半分倒れそうになりながらその様子を見ているが、今の俺は不二の反応だけがデータの対象だ。
さあ飲め!そして称えよ!
「乾、今度も け っ こ う いけるね」
そんな不二に俺は敗北感に打ちのめされるのであった。だから不二がその後何ていったか海堂から聞いて、俺は更に闘志を燃え上がらせるのであった。
「あの程度の味で僕に賞賛を求めるなんて、ぬるいね乾」
→乾はやはりギャグでも不二に勝てない
↑
16.つたない
「先輩、これ何て言うんスか?」
越前が、人に物を尋ねるのは珍しい。
2人が話しているのは、この間の越前が国語の時間にやっていたという国語の文章題の一つ。漢字の読みがどうしてもわからないという越前に桃城が教えてやろうとしたら桃城もわからないらしい。
越前が、俺にそのプリントを差し出した。
「これは、『つたない』と読むんだよ」
「へぇ」
「『拙い』というのはだな…」
「ありがとうっした」
俺が何か語ろうとした瞬間、越前はプリントを持ってどこかにいってしまった。折角越前に教えてやろうと思ったのに。越前はアメリカで育ったせいか英語は流暢だが、日本語はまだ危うい部分も多い。まあ、今の日本人は日本語にこだわっている訳ではないらしいので問題はないらしいが。
かく言う俺も日本語は難しいと思う時もあるし、分かっていても『拙い』部分も多いのは確実だ。それでも、俺は越前の居た方向に向かって言葉を発した。
「日本語は、まだまだだね」
→拙い言葉で拙い気持ちを
↑
17.おさない
手塚に映画を誘われる。
どうやら、親戚からチケットを貰ったのはいいが誰も見に行く人間がいないというのが原因らしい。俺としては、不二とか大石とか誘えばいいのではないかと思うし、何故俺なんだろうと考えつつ、普段見せない手塚の新しい一面が見れるという興味の方が勝って、つい着いてきてしまった。
映画の内容は、同性同士の恋愛と苦悩という地味目の作品。
映画の内容としては大衆向けではないが、時折見せる主役2人の好演とカメラワークの良さが気に入った。今度は彼と見に行けば、あの真っ直ぐな彼はどんな反応を返すのだろうかとシミュレートしてみる。
その一方で俺は、これは1人で来づらいだろうと考えながらも何故手塚が俺をこんな映画に誘ったのか意図が掴めずに居た。もしかして、俺に告白…なんて冗談は有り得ないだろうし、もう俺には心に決めた人がいるのだから手塚の気持ちは受け入れることなんて出来ない。結構俺は心が狭いからね、【彼】以外に俺の中に入ることを許さないんだと思う。
映画も終わり、俺と手塚は近くの喫茶店で少し話をすることにした。驚いたことに誘ったのは手塚だった。今日は普段とは違う手塚が見れることに頭の中のデータノートは更新されっぱなしだ。
そして、そこで俺は今日手塚が、不二や大石ではなく俺を誘った理由を知るのだった。そうか、手塚があいつの事をねえ…俺をあんな映画に誘ったのは、手塚自身が己の中の意識に形を作るため、そして俺も彼も己の常識から外れた恋愛をしはじめているから、俺にアドバイスを求めた、という訳だ。そんな手塚の姿に、俺は一瞬【彼】の姿を重ねて俺の知っている範囲で手塚にアドバイスしてやったのだった。
あんな手塚を見ていると、彼も俺もまだ幼い子供だということを実感しつつ俺は携帯から【彼】に「あいたい」とメールを打っていた。
→恋は誰をもおさなく変える。
↑
18.やわらかい
今日は菊丸の家に2年の皆で集まっている。
話には聞いていたが、流石に菊丸の家は大家族である。何はともあれ菊丸の部屋に通される。まあ…普通の部屋だと思っていたその部屋で気がついたのは1つのぬいぐるみ。
部屋の壁を占拠している大きな熊のぬいぐるみ
そのぬいぐるみが余りに印象が強かったのか、話し合いをしながらも時折ふと時間があくとそのぬいぐるみに視線を移していた。
別に俺はぬいぐるみが好きだなんていう趣味は無かったはずなのだがなあと思ったのだが、どうしても気になるのだ。
「なあ、菊丸」
「乾、エージでいいってば。んで、何?」
「あの…」
「ああ、大五郎のこと?」
菊丸がその動きで熊のぬいぐるみを持ってくると狭い部屋だというのにぐるぐると回し始めた。そんな菊丸の動きに不二が一瞬顔をしかめていたが菊丸は全く気がつかない。
「へへへー、かっわいいだろ。乾も抱いてみる?」
そう言って手渡された熊のぬいぐるみは、年代物とはいえまだ柔らかく、そのふわふわとした抱き心地が良かった。何故か不思議なその感覚に俺は結局菊丸の家を出るまでそのぬいぐるみを手放さなかったらしい。
→乾は以外に柔らかい触感に弱そうだ
↑
19.まぶしい
多分、この光景は後々になっても俺のデータベースに刻まれていくのだろうという感覚がどこかにあった。
レギュラー全員で見た朝日。
大石の提案で皆で山に行くことになった。初めはその突飛な提案に面食らったところもあったが、それでも断ることはしなかった。
皆で、何かをしたかったのかもしれない。大石も、俺も手塚が決めたことに薄々感づいていたから尚いっそうそうしたかったのだろうか。特に大石は何かと周囲に気を使う奴だからそれを提案したのだろう。真面目な男だと思っているが実は意外な一面が多く、そういう部分を含めて青学の母、手塚の補佐となっているのだから侮れない。
今日の天気予報は曇り
朝日が見られる確率は50%
けれど、このときは晴れて欲しいと感じていた。陳腐ないいわけだが、何かが欲しかったのかもしれない。
雲が晴れていく。
周囲がゆっくりと少しオレンジがかった色に染まる。
薄暗い闇を抜けて姿を現すそのまぶしい朝日を見た瞬間、俺の中には何もなかった。ただ、ただその朝日と皆とのこの瞬間を忘れないように己自身に刻み込むことで精一杯だった。
→アニプリ73話より朝日の記憶
↑
20.どくどくしい
「やあ、お久しぶりですね」
街を歩いていると背後から声を掛けられた。この話し方と声色から彼である確率は98.25%で間違いない。
「やあ」
「んふっ、お買い物ですか?」
聖ルドルフ学園の観月はじめ。
青学もルドルフも同じ都内にあるとはいえ、こんなところで出会う確率は低い筈なのだが。しかし…
今日の観月の服装は女性が好んでよく着るブランドの、前たてフリルの付いたピンタックブラウス(色は紫の花柄)にストレッチタイプのカーゴパンツ(黒)をはいて目の前に立っている。
目の前に紫の大輪の花がちらついて、眼鏡をかけていてもその服装は回りにそぐわない毒々しさを振りまいている。もっとも、その当の本人が毒花のようなものだという印象は否定は出来ないのだが。話をする上では興味深いのだが、どうしても意識がその服装に向いてしまってそれを相手に悟られないようにするだけで手一杯だった。
別れた後も、あの色彩が脳裏に焼きついていたのは間違いが無い。家に戻って目を休めようと考えていた。
→観月の服装センス
↑
21.こいしい
「俺、先輩のこと…」
そこから先の言葉が聞こえない。
夢を見る。
海堂が、俺を見て、俺に何か言いかけているのに俺にはその声が聞こえない。
いつだって彼の声を聞き逃さないようにしているのに。
最初は頑張っているなあって思った。
いっつも真面目に練習して、努力して、その努力がきちんと花が開いていくかのように実っていくといいなあって思っていた。だからアドバイスもしたし、視線もいくようになった。
秋の新人戦で負けて、それから誰にも負けないように自分で「スネイク」を編み出して、誰にも負けないようにそれでも努力を続けるその姿にいつしか俺も頑張ろうと思うようになっていた。
初めて、レギュラーになったときもランキング戦で俺を負かしたときも、地区大会の時も都大会の時も、ずっと君を見てきた。
関東大会でダブルスを組んだあの時、俺達の距離はほんの少しだけ縮まったと思ったのは俺だけの錯覚だったのだろうか。
チームメイトから意識するようになったのは何がきっかけだったんだろう。
俺の中の記録はデリートされている、けれども夢の中で海堂はいつも俺に何かを言おうとしている。その言葉が聞きたい、俺も君に言いたい。
海堂が恋しい、海堂が欲しいと。
→夢の中で囁く君に
↑
22.やさしい
「乾、そろそろ時間じゃない?大丈夫なの?」
「ああ、すまない」
場所は河村家。
俺はタカさんの部屋に座りながら茶をすすっていた。
何故ここに俺がいるのか…それは数時間前にさかのぼる。俺と海堂が部活中に些細な事で口論となり、そのまま気まずいままだったからだ。それを見かねたタカさんがたまたま俺を誘い、今こうしてここにいるのであった。
結局、タカさんは俺の愚痴というか落ち込みに約2時間以上付き合ってくれた。
時々、合いの手を入れながら辛抱強く付き合ってくれたのである。俺だったら適当に切り上げようとするだろうし、不二や菊丸だったらどこかで茶化しが入るだろうし、手塚だったら眉間に皺を寄せて「帰れ」という。大石も辛抱強く聞いてくれそうだが持病の胃痛を悪化させるのだろう。
何はともあれ、その愚痴につき合わせて申し訳なく、俺はそろそろ引きあげるようにタカさんに告げた。
「ありがとう、タカさん」
「乾、明日ちゃんと海堂に謝ってやれよ」
「ああ…」
そのさりげないタカさんの優しさに、俺は明日こそ海堂に素直に謝ろうと思った。
→乾海痴話喧嘩に付き合わされるタカさん
↑
23.よわい
現在、体温計は39.0℃を示している
咽頭痛・軽度の頭痛・食欲不振・体熱感・鼻汁・倦怠感・睡魔…身体を支配している全ての器官が、それを【風邪】だと訴えていた。
原因は、多分昨日シャワーを浴びた後髪を乾かすのが面倒でそのままにして、それからデータ整理の為にPCに向かい、電源を入れっぱなしで寝てしまったと推測できる確率89.26%
このところ、季節の変わり目だということもあって少し油断をしていたか。
病院へ行って、簡単に吸入と点滴をしてもらい自宅で寝込むことを決めた。
栄養(乾特製野菜汁)を取って、薬を飲んで身体を温める。汗をかくのが第一なのだ。母親も仕事は休めない為に、学校には連絡を入れてもらう。
今日はとりあえず、ゆっくりと寝よう・・・午後の日差しがうららかなその時に、それを打ち破るインターフォンが鳴り響いた。
「いーぬーいー」
まだドアを開けていないにも関わらず、部屋の前から聞こえるその声は間違いなく菊丸だ。とすると、菊丸が1人で来ることはないだろうから不二か大石が付いて来る確率は高い。しかし、大石は部活があるだろうから、この場合は不二が可能性が大きい。だとしたら、このままドアを開けずに不貞寝を決める方が得策だということは分かってはいるものの…
「エージ、乾の風邪が酷いのかもしれないよ」
「そうかにゃ〜」
「だから、折角海堂も連れてきたのに今日はここで…」
か、海堂?
俺は一気にドアを開けるとその目の前にいたのは、にっこりと微笑んだ不二とその後ろにニヒヒと笑みを浮かべた菊丸だった。
「や、やあ…不二に菊丸」
「なんだ、元気そうじゃない」
不二に逆らうべからず。
結局、見舞いに来たのか遊びに来たのか解らない菊丸と、それを止めることもない不二のおかげでその晩は再び熱がぶり返してしまったのであった。
→乾、3-6コンビに翻弄される
↑
24.かなしい
その知らせを聞いたのはかなり後のことだった。
目の前から彼が消えたのはあの試合の次の日。
試合に出れなかったことよりも、何よりも彼が自分の前からいなくなったことが自分の中で何かを喪失したかのような感覚を味あわせていた。
「コーチ、きょ…いえ蓮二がまだこないんですけど」
「乾、柳は…」
「蓮二が調子が悪くて来られないんですね」
「あ、ああ…」
先読みなどしようとしなければ、俺がもっとコーチを良く見ていればその態度の変化に気がついていたのだろうか。結局、試合は棄権することとなり俺は蓮二の家に電話しようとしたが、繋がらない。
留守なのだろうかと後でかけることにしてのに、結局その日は眠りこけてしまったのだった。だから、彼が神奈川に両親の仕事の都合で引っ越したなどとはデータの範疇に無かった。
彼はきっと知っていた、だから最後に試合をしようなどと言ったのだ。
俺は彼に別れを告げられることもなく、何も言わずに去った彼を思い出しながら今でも時々胸の内に残る微かな思い出を捨てきれずにいる自分を知っている。
いつかあの試合の続きをと、望んできた。
今、その続きが始まる。
→柳との突然の別れと再会まで
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25.うれしい
何気なく、今日は何か良いことが起こる予感がした。
データではなく、第六感と呼ばれる何かがそう感じていた。データとはそういうアナログな部分を含めた全てのものが存在を許される。
昨日夜更かししすぎたせいか、少しだるさの残る体を騙し騙ししながら朝練へと向かう。いつも通りに皆がいて、海堂と大石はいつも通りに早くやってきて、菊丸はやや遅刻気味にやってきて、桃城と越前は遅れ気味に到着する。
手塚は相変わらずの無表情で、不二はやはりデータなど簡単に取らせてくれないようで、河村と何か話しながらランニングをしている。
普通に授業を受けて、HRを終えて、掃除をして、部活に出て練習を終えて。
それはいつもの1日と変わりなく。
俺は着替えて今日のデータを少し纏めてから戻ろうと、残るつもりだったその時に、海堂が俺の目の前にやってきた。
「やあ」
「あ、あの・・・先輩・・・」
「ん?」
「誕生日、おめでとうございます」
「知っててくれたのかい?」
6/3 俺の誕生日。
皆は何も言わなかったが、海堂が祝ってくれた。それだけで嬉しくて、海堂の手をとって礼を言おうとした瞬間、部室のドアが開いて皆が現れる。
「乾〜、ハピバー」
「乾、おめでとう」
沢山のおめでとうという言葉が俺に降りかかる。それが俺への祝辞だった。
不二の提案による、誕生祝いだったらしい。1日黙って知らない振りしているのは大変だったと桃城や菊丸がさっぱりした顔で告げる。
ああ、それが本当に嬉しくて。これが朝の第六感だったのかと納得した。
→海堂が一番最初に祝ったのは不二の提案
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26.はげしい
4年と2ヶ月と15日
あの日以来ずっと彼を忘れたことは無かった。
ずっと、あの日の決着をつけることを望んでいた。だから常にデータを集め、勝つことだけを考えていた。けれども、そのデータは全て過去のものであって蓮二はそれ以上の存在になっていた。
今の俺のデータテニスは、全て蓮二から教わった。ダブルスを組んでいたあの頃、2人で勝つために。そして、それが今は俺自身のプレイスタイルになっていたと思っていたがどうやらそれは予想外だったらしい。相手は更に上を行っていたらしいことは認めざるを得ない。負けるしかないのか、諦めるしかないのか。
−絶対、諦めんな−
脳裏に彼の声が聞こえる。
それが、今の声か過去の声かはわからない。けれども彼はどんな時も最後まで決して諦めたりしない。持てる力を振り絞るだけ振り絞って、それでも果敢に向かっていく。
奥歯を強く噛み締める
データに、蓮二への拘りを捨てる。
何もない、けれど決して無じゃない。過去へのこだわりを超え、新しい俺のテニスを手に入れる。それが何なのかは解らない、けれども何もしないよりはいい。
がむしゃらに走る。ボールに追いつく。
忘れていたあの頃の気持ち、諦めないといった彼の姿。
俺は自分の中にこんなに激しい感情があったことをずっと忘れていた。
→G212より。乾は更に進化して欲しいです(熱望)
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27.あたたかい
関東、特に東京中心に久方ぶりに雪が降った。
だいたいいつもは直ぐに止み消えてしまうはずの雪は、珍しくコート内にも降り積もる。そうなれば誰かが外に出てはしゃいでいるだろうことは予測できた。
俺はそこまで雪を楽しみにしている訳ではないが、普段は滅多に積もらない雪が積もったのだ。気分が高揚していたに違いない。
「うわっ!」
コートのあちこちで悲鳴やら歓声が沸きあがっている。
本日の練習は外での予定だったのだが、この雪で使えず体育館も生憎別な行事の為に使用できない。本日の練習は軽いミーティングに切り替えることとなった。その後、菊丸や桃城が外ではしゃいでおりそれに引き続き他のメンバーも巻き添えという形で外で遊んでしまう羽目に陥った。
「そぉーーーーれ!」
「わっ!!」
思考にふけっていた一瞬の隙をつかれ背中に雪を入れられた。
「不二!?」
「油断せず行こう、だよ。乾」
「ほう…面白い」
その後直に姿を消した不二を追いかけて俺も皆の輪に加わった。結局、俺も皆も普段お目にかからない雪に興奮しているのだ。最後にはレギュラー全員を巻き込んでしまい、竜崎先生に後でこってりと絞られるのであった。
久々の行動に、身体も心も体温が上昇しっぱなしであったのだ。
→3年になるまえの冬の1コマ
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28.かしこい
やはり、今回の試験は大石がトップか・・・
壁の前に張り出された今回の中間試験の成績。その発表を一目見ようと生徒達が群れをなしていた。今回の結果は大石が学年トップ。手塚もベスト3に入っているし、俺もベスト10圏内には入っていた。理数系はともかく俺は好きでもない教科は殆ど力を入れないからそのバランスの悪さがネックだと教師が以前こぼしていたのを回想する。大石や手塚は全教科まんべなく点を取っているからあの位置にいるのだ。
「乾も見ていたんだ」
「やあ、不二」
背後から声を掛けられて、少し視界を下にずらすとそこには不二がいつもの笑みを湛えて立っていた。不二も大抵ベスト30以内には入っており、今回は20位周辺をキープしていた。
「大石や手塚は流石だね」
「ああ」
2人でそんな会話を交わしながら、他のメンバーを探す。ああ…タカさんも英二も何とか赤点と補習は逃れたようだな。今回成績が悪ければ、次の大会には参加できない。前日まで大石は英二を、不二はタカさんに付き合って勉強を教えていたようである。という俺自身も昨日まで海堂と一緒に勉強していたのであった。その甲斐あったのか、先程何とか赤点は免れたと海堂から聞いたばかりであった。桃城も、越前も何とか免れたらしく安心する。
「これで、また今日から思いっきりテニスが出来るね」
「ああ、次の試合に向けて新しいトレーニングを試したいと思っていたんだ」
「好きだね、乾も」
「そういう性分なんだ、仕方ない」
不二は乾らしいや、と表情を崩さぬままにまた教室の方へ戻っていった。俺も次の予鈴が鳴り慌てて教室に戻って準備を始めた。
→乾は要領よく勉強できるタイプだと思う
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29.ひどい
最近、皆の反応がやけに余所余所しい。
そう、あれは丁度最近完成させた『乾特製野菜汁』を飲んでもらったその後からであった。
あの野菜汁は家庭科の時間に栄養が良いといわれる食品を、成分表を検討した後に図書館にも通いつめて何度も試作を繰り返した後にようやく完成した代物だった。味はまあ…少々野菜の強さが出たようだが苦さも薬の内だと思われる。
だから、負けた方にはこれを飲んで頑張ってもらいたいと思うのだが…
その野菜汁を振舞った後、皆の反応が一変したのだ。
「い〜ぬ〜い〜、何なんだよ、あれ〜」
「菊丸は野菜が苦手なのか?」
「そうじゃなくてさ〜」
「あれ、結構いけるね。乾」
「不二ぃ!?」
菊丸が話しかけてきたその背後から突然不二が現れる。何故かは解らないが目を丸くした菊丸の横で、野菜汁が旨かったと不二が絶賛してくれていた。試作だったが大丈夫だったらしいことを確認した。今度はもう少し改良してみたいところである。そんな中、自主トレを終えたらしい海堂たちが部室に戻ってくる。
「お疲れ、海堂」
「…ッス」
「海堂、疲れた体にこの『乾特製野菜汁』はどうだい?」
海堂は俺の顔と野菜汁の入ったコップをたっぷり数秒見て唇を尖らせた。
「・・・え、遠慮しておくッス」
「か、かい・・・」
「し、失礼します!」
逃げるように去っていく海堂に俺はちょっとブルーになった。
→さて、一番酷いのは誰だろう?
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30.なつかしい
桜が散っている。
その風景に、高等部に上がるだけとは言え感傷に浸りたくなる気分になる。
3年だけ、けれども今までの中で充実した3年間だった。
俺の足は勝手にテニスコートに向かっていた。
誰もいないテニスコート
初めてテニス部に入部したときのこと
レギュラー入りしたときのこと
越前に負けたときのこと
手塚と戦ったときのこと
レギュラーを取り戻したあの日のこと
海堂とダブルスを組んだときのこと
蓮二と決着をつけたあの日のこと
いくつものいくつもの出来事が舞散る花びらに乗せて浮かんでは消えていく
絶対、絶対忘れたくない記憶
「あっれー、やっぱ乾も来てたんだ」
声に振り向けば皆が居た。
菊丸・大石・タカさん・不二…そして手塚。考えることは皆同じということだったか。俺は息を吐いて皆の方へと向かって歩き出す。
花舞うテニスコートで
俺たちの中学3年間は終わりを告げた。
→時期的に卒業捏造ネタ
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