【048 鍋 -POT-】(九龍妖魔学園紀/保健室3人組)
カレーパンの礼だと言われ受け取ったのは、鍋だった。
こんなものをどうして学校に持ってきているのか突っ込んでも返事はこないだろうと思ったから何も言わなかったが。とりあえず、授業には持っていけないのでルイ先生に預かってもらい放課後持って帰った。下校途中でも数人の学生に鍋を持って歩いているのを見られ視線が、少しだけ痛かった。
まあ、自室にも調理用の片手鍋しかなかったので、これは重宝するなあと思いつつもカレーパン一個とこのいかにも高そうな鍋の比重はどうしても合わない。葉佩は、鍋を机の前に置くとその理由を見つけ出そうとしたが、くれるというものを返す理由もないし、まあ、いいかの一言で終わってしまったのである。
これをくれたのはあくまでも皆守の好意であり、その好意を疑ってはいけないとそう結論づけたわけでもあるが。しかし、鍋を貰ったのはいいが何を作ろうか。葉佩の関心は既にそちらに向かっていた。
味噌汁にしようか、それともラーメンの出汁にしようか、スープにしようか。
何を作ろうか何度か考えては、これと言った決め手が浮かばない。そうしているうちに小腹も空腹を訴え始めていた。
やはりカレー好きの皆守から貰ったのだから、最初に作るのはカレーにしよう。そう結論づけて葉佩は自室に備え付けてある冷蔵庫と、持参したもう一つの冷蔵庫から材料をあさる。皆守がカレー好きだということは既に情報に入っているのだが、本当に皆守はカレーに煩い。以前皆守の部屋から失敬したレトルトカレーですら全国各地から集められていたのだったのだ。聞けば、最近いきたいところは横浜のカレーミュージアムだとすら答えたツワモノだ。
大体久しぶりに日本に舞い戻った俺としては、日本式のカレーを食べるのも久方ぶりだったのだ。海外に行けば、カレーと呼ばれるよりも多種多様のスパイスを使ったものであり、日本のような粘り気のある米など存在しない。ナンやサフランライスなど多種多様だ。おまけに信仰や菜食主義も加わる。更に気候だ。大体オヤジに連れられてチュニジアに行った時など大変だった。環境が厳しいのだから、甘いものはとことん甘く辛いものは何処までも辛く調理なんぞするのだから、個々に食べると味が極端すぎる。両方一緒に食べてようやく味が安定するという代物で・・・ああ、カレーのことになると話が長くなってくる。皆守の影響だろう、染まっているなあと感じてしまう。
何はともあれ、考えていても埒が明かない。作らなければ始まらないのだ。幸いにも今日は遺跡で手に入れた根菜がある。野菜カレーにしようと決めてこれまた遺跡にて手に入れたステンレス包丁片手に葉佩は野菜を刻み始めた。
「ふぁ〜、眠ぃ」
部屋に戻ろうとしていた俺は、葉佩の部屋の前でうろうろしている長身の人影を見つける。その身長と色の白さ。そして何よりも特徴的なその腕の長さに当てはまる上に、葉佩の部屋の前にいる理由のある人物など、俺の知っている範囲では一人しかいないのだ。その様子が気になって俺としたことが、つい声を掛けてしまった。
「どうした?」
「やあ、皆守君」
「葉佩に何か用か?」
「この間借りた教科書返そうと思ってきたんだけど・・・ちょっと気になって」
俺が葉佩の部屋の前まで近寄ると、取手が葉佩の部屋に入るのを躊躇った理由が理解できた。葉佩の部屋から漏れるのは異臭だ。その中には何処かでかいだことのある匂いも混じっているのだが、思い出せない。しかし、このままでは異臭はこの周辺だけでなく男子寮全体に広がるのは時間の問題だ。人体に害はないだろうが一刻も早く何とかしなければならない。
「取手、開けるぞ!」
「え、でも鍵が・・・」
「心配すんな」
俺はドア下のほうを力を込めて蹴り上げると、ドアは一瞬にして鍵を吹き飛ばした。唖然としている取手を置いて俺は葉佩の部屋に入る。
「葉佩君!」
「葉佩!」
そこにいたのは、もうもうと煙る煙の中でどっかで見覚えのあるようなガスマスクを装備して鍋の中身をかき混ぜている葉佩だった。俺たちの姿を認めるとガスマスクを下半分だけずらして声を掛ける。
「あれ? 皆守に取手まで・・・どうした」
「は、葉佩君・・・この煙と匂い・・・ごほごほ」
「何を作っているか説明を聞きたいが・・・その前に」
「その前に?」
「換気をしろ!!」
窓を全部開けて換気をしている隙に、取手がガスの火を止めて一先ず異臭の発生源は抑えた。その後、不可思議な物体について葉佩に尋ねる。
「ああ、カレーを作っていたんだ」
「ふざけるな、これの何処が、カ レ ー なんだ!?」
「怒るなって」
「あ・・・あの・・・葉佩君、皆守君・・・」
俺たちの間に取手が入ってくるものの、今はそれどころではないのだ。何処にこんなカレーを作ろうとして異臭が漂うものを作る奴がいるのか、と考えると本当に呆れ帰って更に腹が立つのである。
結局、葉佩曰くカレーを作る為に野菜をというか玉葱炒めていたら飴色になるのが楽しくなったらしくてついつい焦がしたらしい。ちなみにガスマスクをつけていたのは玉葱が目に染みるためだったというのが奴の言い分である。しかも、葉佩の奴は俺がせっかく礼にとやった鍋を焦がしたらしく部屋の片隅で小さくなっているのを取手が慰めている。悪ぃな、取手。もう少し葉佩を宥めてやってくれ。
今、鍋に作っているカレーが無事にできるまでにな。
04/12/05〜05/02/03 WEB拍手掲載
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