【047 みかん -JAPANESE ORANGE-】(九龍妖魔學園紀 阿門&主)



 最近、頭痛の種が更に増えた。
 思い当たることは、唯一つ。




「あら、案外いいものよね、これ」
「僕も子供の頃よく入ったものです」
「中に潜ったりしたッス」

 ははは、と軽快な笑い声がドアの向こうから聞こえてくる。そのどれもこれもが聞き覚えのある声であったが、生徒会長・阿門帝等は別段気にする様子もなく、いつも通りに無言でドアを勢いよく開けた。
 いつもはソファーとテーブルがあり、《生徒会》役員がそこに思い思いにいるのが常ではあるが、今は違う。ソファーとテーブルは隅に片付けられて中心にはいつもの《生徒会》メンバーと……《転校生》・葉佩九龍の姿があった。神鳳は流石にこちらに気がついたようだが、双樹や夷澤は《転校生》と歓談しており、阿門が来た事に気がついていない様子である。

「よ、阿門」
「阿門様」
 《転校生》が阿門に気がつくと、長年の友人にそうするかのように軽く右手を挙げて、人好きのする笑みを向ける。阿門は、その笑顔に返答することなく、葉佩曰く『センブリを噛んじゃった』顔をして葉佩の近くまで歩きだす。

「これは、何だ?」
「コタツ」
「見れば分かる」
「あ、阿門でもコタツ知っているんだ」
「俺が聞きたいのは、何故コタツが生徒会室にあるということだ」
「俺が持ってきたんだ。で、皆ではいって話した方がいいってことになってさ」
 だから、神鳳たちを責めないでやってくれと言外に言っているのであろう。《生徒会長》の阿門としては皆が、《転校生》と和気藹々しているのは気にはいらないが、《生徒会》役員としては彼らは有能な存在であり(約一名除く)、彼らは彼らなりの考え方で葉佩と友好を含めているのであればそれは個人の範囲であるが故に責める必要は無い。
 葉佩と話していると、いつも阿門の調子が狂う。素なのか、それともこれさえも計算なのか判断が付きにくいからだ。既に二人の間の空気をいち早く察した神鳳と双樹は「さて部活にいかなくちゃ」とその場を抜け出そうとしており、遅れて夷澤もそれについていこうとしている。
 《生徒会》の役員としては心配だが、阿門も葉佩もこの時点では何も出来ないだろうというのが3人の共通の見解だった。それは、短い間であるが両者を見てきた3人の願望であり、それと同時に、ここは二人っきりにしておいた方がいいと思う神鳳と双樹の共通の意識がある。それに関しては夷澤は何も気がついておらずただ、この場にいるのはまずいだろうとい何かの勘が働いたのであろう。それは夷澤にしては正解にして、良策であった。
 3人が居なくなったのは両者とも気がついたが、阿門は首謀者は彼ら以外だということは気がついていたし、葉佩はまあ気を利かせてくれたのかなと思いを馳せる。



「ま、そこで突っ立ってんのも何だし、座れよ」
 座れ、と言われても元々この場所は生徒会室であり、一介の《転校生》である葉佩が阿門に指図すると言うのも違うような気がするのだが、今更葉佩に何を言ってもまたのらりくらりとかわされる確率が高いので、とりあえずこたつに座ることにした。どうでもいいが、男同士でこたつに差し向かいで座るというのはどういうものかと思うが。
「みかん、食う?」
 コタツの上につんであったみかんを差し出す葉佩。既に何個か食べた後がある。阿門は目の前に差し出されたそれには手を伸ばさずに、みかんはコタツの上に。
「何のつもりだ」
「うーんとさ、生徒会室の暖房が壊れた」
「修理はどうなった」
「神鳳が境のおっさんに頼んである。多分明日明後日には終わるだろうってさ」
 葉佩は話しながら、何処からか油性マジックを取り出して、みかんに何かを書いている。ペン先の滑る音が耳に走る。鼻歌まで歌いだし始める。
「暖房を壊したのはお前だな」
「その根拠は」
「コタツを持ってきたのがお前だということだ」
「どっかの推理少年なみの推理力だな」
 ほら、出来た。そっくりだろー。と言いながら先程から何かを描いていたみかんをこちらに向ける。そこには阿門の顔が書かれている。よく見れば、阿門に渡されたみかんには夷澤の顔が書かれている。
「食べ物を粗末にするな」
「粗末にしてませんよー」
 そういいながら、更に新たなみかんを手に取りまた誰かの顔を描き始める。
「いや、あのさ。うっかり生徒会室で夷澤がね『センパイ! 勝負しましょう』とか言い出してさ。まあ夷澤如きに負けるとは思ってなかったんだけどね」
 そしてそのまま半分じゃれあいに近い状態でじゃれあっていたらね。うっかりストーブが壊れたんだよ、ははは。と葉佩は笑う。目が泳いで何処を見ているか分からない。阿門は血管を浮かび上がらせながら、目の前にあった夷澤みかんを握りつぶしそうになったのをこらえるのに必死だった。千貫から食べ物を粗末にしないように教えられていたからだ。
「で、悪いからコタツでしばらくしのいでもらおうって。あとこのみかん美味いから食ってみろって」
 今更葉佩に怒っても、何にもならない。この男には怒っても意味が無いのだと阿門は諦めるしかないのだ。気持ちを落ち着かせる為に阿門は手に持っていたみかんの皮をむき始める。

「美味い」

 普段、食べているものとは違う。柑橘類でこのような種類は食べた覚えが無いが、外見はどうみてもみかんだ。
「へっへー、美味いだろ」
 阿門の満足そうな顔を見て、得意げな葉佩。
(こういう顔を見られるのって多分、俺と千貫さんぐらいなんだろうな)
そう思うとちょっとした役得である。
「それ非時香果(トキジクノカクノミ)っていうんだ」
「トキジクノ……?」
「いやー、苦労して遺跡から持ってきた甲斐があったな」
「今、何と言った」
「え、あのー」
 はははー、といつもの誤魔化し笑いを浮かべながら立ち上がる葉佩。流石に阿門の血管が浮かび上がってくるのを目の前でみてしまったならば、この場にいるのは命の危険に関わると、《宝探し屋》らしい咄嗟にして賢明たる判断を瞬時に下すと。
「そのみかんと、コタツは俺からのプレゼントってことで」
そう言った瞬間生徒会室の窓から駆け出していった。流石の瞬発力である。



 追いかける前に開けっ放しにされた窓と、隅に寄せられたソファーとテーブルと、真ん中に鎮座したコタツを順番に見て。再度、もう姿も形も見えない葉佩を瞬間だけ思い出して、それから寒いから窓だけはとりあえず閉める。
 敵対する間柄でありながら、それでもいつしか誰も彼もが葉佩のペースに巻き込まれていることを認識する。そしてそれは阿門自身もそうであることを考えると、自嘲めいたため息をつきながらコタツの上にあるみかんを見た。幾人もの似顔絵が描かれたみかんの中に、葉佩の自画像が描かれたのもあった。

 葉佩の自画像付きのみかんを手に取る阿門。
「いつか、食われても知らんぞ」
 こたつの片付けは夷澤が来てからやらせようと思いながら、阿門は、葉佩の顔がかかれたみかんを剥き始めたのであった。




06/03/16〜06/04/30 WEB拍手掲載

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