【046 ほおぶくろ -CHEEK POUCH-】(絢爛舞踏祭/舞踏子&ノギ)
MAIKIが、今日の日付を告げる。
同時に今日はイイコの誕生日だというアナウンスが入ると同時に、お祭りごとの大好きな【夜明けの船】としては、それを口実に大規模な宴会を始める。
勿論というか、騒ぎの中心にいる舞踏子もそのときは一緒に騒ぎ、飲み、笑う。ヤガミも最初はため息をついていたが、その後巻き込まれるように参加させられて、お馴染みの酒癖の悪さを大々的に披露することになっていた。
ふぅ、と大きく息を吸い込む。
現在なんともまあ都合よく浮上中の夜明けの船のデッキから、船の外に出ると既に外は夜の帳を展開している。少し、騒ぎすぎたか、飲みすぎたかとも思ったが。それはそれで楽しいと思えたのだからいいかと納得させる。
騒ぐのも、飲むのも、人と触れ合うのも。
自分が、ここにいるのだ、という実感を得るため。
ここに居ていいのだと、確信を得るため。
風の妖精として、何処かの誰かの願いをかなえるためにここに存在している自分は、それが終わればこの世界から跡形もなく消えて、人々に忘れ去れる存在であること。自分の存在意義を滅ぼすために、全てを叩き潰す存在であること。それをどこかで感じているからこそ、それでもまたここに居て、皆と関わっていこうと振舞う。
それは誰かから見れば誇らしいと思うかもしれないが、他の誰かから見れば寂しいと思われるかもしれない生き方。
空を見上げる。
空というスクリーンに映し出された満天の星。
昔に見たプラネタリウムを思い出す。
「ほぅ、綺麗な空だ」
振り返る。
それから誰かを確かめて、それから舞踏子の隣へとその人物はやってきた。
「酔い覚ましですか?」
「そんなものだ。君もだろう?」
「ええ、ノギさん」
それからヤガミが倒れただの、アキが腹踊りを始めただの艦内の雑談から始まる。笑ったり、呆れたり忙しい。
「火星の星空か」
「ええ」
「やはり、地球の星座とはまた違うな」
「そうですね。でも見える星は、綺麗だと思います」
それから、明かりの見えない夜空に瞬く星を眺める。少し冷えた空気が肺を通して全身に広がるようで心地よい。
「あれ、天の川じゃないですかね」
指差す先には星の河。
「そういえば今日は七夕でしたね」
「古い習慣を、覚えているな」
「古い、ですか?」
そうか、古いのか、こちらはと一瞬舞踏子は表情を暗くしたが、隣にいるノギには気づかない。
「あー、でも子供の頃はやったぞ。母の執事と一緒に」
「何をお願いしたんですか?」
「いや、たいしたことないぞ。子供の時の話だ」
そう言われると気になるのが人の常だが、結局笑って誤魔化されたような気がして舞踏子は頬を膨らませる。
「女子がそのように頬を膨らませるのはよくないな」
「いいじゃないですか」
「すねているのか」
図星を突かれた様で面白くない。ますます頬をふくらませる。
「いいえ」
「そうか」
ノギはどうしようか少し考えてから口を開く。
「舞踏子、折角の星空だ。何か願い事でもしておくか?」
「笹も、短冊もないけれど?」
「何もないな、けれども願うことは自由だろう? もともと人の願いが彦星と織姫に1年に1度の逢瀬を許したのだ。ならばそれぐらいはいいのではないか?」
そんなことを普通に何気なく言うのだから、舞踏子の何処かにももってはならない希望が蠢きはじめる。
「以外にロマンチストなんですね」
「ヤガミほどではないよ」
「はは、では目を瞑って、心の中でお願い事を三度繰り返しましょうか」
突然寝ていたヤガミが大きなくしゃみをした後、何かいやな予感を感じていたのを二人は知らない。
場所は、戻る。
私の願い事。
誰にも言わない願い事。もし、私が希望だとしても、希望の希望がどこかにいて、私の希望を聞いてくれますように。
舞踏子もノギも、目を瞑ってじっと黙る。それから、ゆっくりと目を見開いて、互いの視線を合わせる。
「何を、願いましたか?」
「君は?」
「内緒です」
「私も、内緒だ」
「「言ったら願いは叶わない」」
それから、舞踏子とノギは大笑いした。夜の海に、星空に、火星の空気に聞かせるかのような笑い声だった。
その瞬間。
ふわりと体が宙に浮いて、海へと落とされる。その後すぐに大きな水音がもう一つ。海上から聞き覚えのある笑い声。
「【夜明けの船】でのらぶこめはんたーい……ヒック」
夜でも目立つ黄色いジャンパー。「ヤガミ!」と二人は声を上げて。それから慌てて後を追いかけてきたタキガワに助けられるという始末。
翌日、ヤガミは自分の覚えていない醜態のために船内の全員にことあるごとにからかわれることとなる。
舞踏子はそんなヤガミに爆笑しながら、昨日のことを思い出す。
いつか皆に忘れられても、私の中には記憶がある。思い出がある。共有できないのは寂しいかもしれないけれども。私の願いは叶わない。けど私は希望として皆の願いをかなえるために、私はここにいる。
けれど、いつか私の願いが叶うのならば。
私はそのために戦い続けていくのだと、ふとスクリーンに映る蒼穹の青空を見ながら舞踏子は思うのだった。
06/07/07〜06/09/08 WEB拍手掲載 |