【042 ケーキ -CAKE-】(九龍妖魔學園紀/皆守&主)



また、小雪が散り始める窓の外。
隣からカチャカチャと金属質の音が聞こえてきたかと思えば、その後には少し甘ったるい匂いが漂ってくる。すきっ腹には少しきついかもしれない。

もう少し寝かせてくれ。昨日は大層疲れたんだ、大層な。

その音はやむこともなく再度繰り返される。ますます部屋に広がる甘く、香ばしい匂い。何なんだ、何なんだ。だから俺を寝かせてくれ、頼むから。
しかし、その願いは叶えられることはなく俺は結局、目を覚ますしかないのだ。

だるい体を無理に引きずり起こすように、その音と匂いのするほうへ足を進める。僅かに備えられた自室のキッチンの部分に立つ人影。エプロンを後ろで結び、鼻歌さえ歌いながら細やかに歌うその姿。その姿には、見覚えがある。確信できるのは、ただ一人。

「九ちゃん」

よ、起きたか。とようやくこちらをむいたその顔はいつもと変わらぬ不敵さを湛えている。台所借りているよ、コウ。と笑う顔はいつもと変わらぬその笑みで。コウ、と呼ばれた皆守は僅かながらに呆気に取られてから、九ちゃんと呼ぶ葉佩に尋ねる。

「何をしている、何を」

葉佩はテーブルの上にある物体を指差す。テーブルの上にはスポンジケーキ。生クリーム、色とりどりのフルーツ、チョコレート……いかにも甘ったるげな食材が所狭しと並んでいる。これらから推測されるに葉佩がケーキを作っているのは誰でも確定できるのだろう。しかし、何故朝からケーキを作っているのか。そして、それ以前にもっと根本的な謎が皆守の脳裏に浮かんでくるのだ。

「ここは誰の部屋だ」
「コウの部屋」
「何で朝っぱらから人の部屋でケーキを焼く!!!!!!」

皆守の絶叫、いつものことながらの、葉佩の反応。
まるで昨日のことが、全てが夢で。これは日常の延長で。何も無かったかのように、今日の朝はどんな顔をすればいいのか悩んでいたことが、全てが杞憂に過ぎなかったかのように。葉佩は態度を変えることなく。

ふい、に体のあちこちに痛みを感じる。よく見れば、小さな傷がどこかしらにある。

それが、昨日のことが夢ではないと言うことをまざまざと思い出させる。
あれが、終わりではないと言うことを思い出させる。
甘ったるい匂いが、台所に充満し始める。その匂いが、今まで自分に纏わりついていた匂いを打ち消すかのように纏わりつく。バニラの匂い、砂糖の匂い、そしてスパイスの匂い。……ん? スパイス?


「何を作ってる!? 何を!?」

ほい、と目の前に差し出されたのはまだ湯気すら立つ焼きたてのパウンドケーキ。そこから馴染みのスパイスの匂いが立ち込めている。これか、原因は。

「コウは甘いもの、あんまり好きじゃなとか言っていたから。カレーに使うスパイスをちょっと、使わせてもらった」

その言葉をきいた瞬間、皆守は台所へ駆け出す。スパイス棚のチェック。

「おい。スパイス棚の右から3番目にあった瓶の中身がほとんど無いぞ」
「ああ、使った」
「あれは、俺がようやくネット通販で手に入れた……」

呆然とする俺をよそに、葉佩はあっという間に他に作ったケーキを箱に詰め込んで、あっという間に台所を片付けて。それから、あっという間に部屋から去っていく。いつものように、突然現れて、突然去っていく。風よりも台風、突風のように。
葉佩はあの大量のケーキを何のためにもっていったのか。そもそも何であんなに大量のケーキを作る必要があったのか。分かっているようで、何も分からない。葉佩は全てを見せているようで、実は何も見せてはいない。

……眠い。

とりあえず細かいことは置いておこう。
皆守は、葉佩が置いて行ったケーキを一口食べると、大きく欠伸をする。

「ケーキより、やっぱりカレーだよな……」

やっぱり、難しいことはどうでもいいとばかりに。今は眠りに身を任せることにしたのであった。




06/08/07〜07/01/07 WEB拍手掲載

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