【041 猫舌 -CAN’T EAT HOT THINGS-】(高機動幻想ガンパレード・マーチ/速舞)
ミルクを温める。
人肌に、温過ぎず、熱過ぎず。
彼女がそう望むから。
牛乳は、犬や猫にやるものでない。かつてならそれが常識とされているが今の時代それが正しいとは限らない。現在、特に学兵の間に出回っている牛乳は特にそうである。
速水は牛乳が苦手であり、飲むと腹を壊すからといって乳製品全般をとろうとしない。一度過去にそういったことがあって瀧川に『そんなことじゃ背伸びないぞー』とか言われたような気がするが、今となってはそれは笑い話だ。最もあの時はそう言われてこのままじゃ、本当に彼女に身長の伸びすら追い越されて、小さいままで、まあ、何だ。男のコンプレックスというか些細なこだわりは、まあ人には大事だよなあとか思いながらもそれはそれで今だからこそ笑い話になるのであって。
最も、そんなことを彼女に話せば、いつもと変わらぬ表情で『このたわけが!』とか言われて怒られるのが関の山だというか、予想する以前の事実だろう。それでも彼女は、どこまでも優しいからそんなことで速水のことを嫌いにならないだろうと、そう思いたい反面、それで嫌われたらどうしようと、そんなことを思うこともある。
何処までも優しい故に、芝村の中でも不良種とも呼ばれた彼女だからこそ、その優しさに無尽蔵に甘えてしまいそうになり、彼女はそれすらも許してくれるだろう。そしてどこまでも自分の懐に入れたものを守り抜こうとするだろう。それこそ己の命を懸けてでも。
そしてそんな彼女であるからこそ自分は何よりも大事であり、掛け替えの無いものであり、守ろうとする。
まあ、そんな二人のことを知っている人物は二人を指してこういうのだ。
『あっちゃんもまいちゃんも、どっちもめろめろなのよ』
彼らを知っている人間で、それを否定する人間はどこにもいないし、極端に言ってしまえばこの二人の関係はそれ以上にもそれ以外にもないのだと。
正義最後の砦の女主人にして、騎士が忠誠を捧げる姫君。
たとえ速水が七つの世界の【希望の戦士】となり、幾つもの世界の危機を救うようになろうとも、彼の心はいつどこでも彼女のそばにある。世界を越えて時間を越えて彼女が己の名を呼び、その側に来いと望むなら、彼はいつでもその場に現れるであろう。彼は、それを可能にするためだけの努力を惜しまないだろう。
そして彼女は誰かの悲しみを、嘆きを望まない。だからこそ速水と呼ばれた男は名を変え、その在り方を変えようとも彼女の望むものの為に戦い、幾つもの世界に明日を呼ぶように生きていく。
そうして手に入れた世界を、彼女に差し出す。それはまるで一杯のミルクを差し出す執事のように。熱すぎず、温過ぎず、彼女に丁度良い温度に温められた、彼女の好みのままの世界を。彼女の生きていける、彼女の生きることが出来る世界を。
報酬は一つ。彼女の笑顔。
それだけが、何よりもの贅沢な瞬間だと知ってしまったものにとっては、何よりもの至福であるのだから。
願わくば、これからも彼女の側に居ることが出来ますように。それだけを唯一つの願いとして、そうあるように努力を重ねるだろう。そしてそれはいつか現実になる。
「起きていたのか、速水」
「ちょっと、目が覚めたんだ」
毛布に包まったまま、まだ少し寝ぼけ眼の舞が、隣に同じく毛布に包まった速水の方を見て声を掛けた。速水は立ち上がるとカセットコンロで温めておいた牛乳パックを持ってくる。手の甲で触れて丁度いい温度であることを確かめると、口を開いた。
「もう少ししたら、携帯食料の方があったまるからこれ飲んでお腹を落ち着けてて」
「そうか、すまない」
ハンガーで二人で調整をかけた後、家に帰るのもそこそこにそのまま眠り込んでしまった。弁当を作る暇も無かったので、とりあえず持っていた携帯食料を朝食代わりに温めながら、牛乳をパックのまま飲んでいる舞の方を見る。良かった、適温だったようだと一人安堵する速水。
牛乳を飲む舞を見ながら速水は、思う。先程の夢を思い出す。世界をミルクに浸して彼女に差し出したらどんな表情で飲み干すのだろうか、と。世界を征服すると言ってやまない舞の言葉を、記憶の中で反芻するといつか、それを現実にしてみたいようなことを考え、舞に背を向けながら一人で笑うと僕はその為にだけ生きるのも悪くないと思った。
その笑顔は何処までも迷いを捨て去った、そのような笑顔だった。
06/04/30〜06/06/18 WEB拍手掲載
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