【039 おべんとう -LUNCH-】(Ar tonelico/ミシャ)
晴れた日には。
お弁当を持って。見知らぬ草原へ行こう。
そこには小さな花が咲いていて。青い空が広がっていて。むせ返るような草の匂いの中で。
私は謳う。
何かの為に強制されるものではなく誰かを傷つけるためでなく、私の心の赴くままに。
私の内から沸きあがってくる何かに流されるままに。
多分それは素敵な歌。
少し離れたところにはあの人が居て。ちょっと照れながら私の歌を聞いてくれる。そしてあのお日様のように眩しい笑顔に私は、ちょっと遅れて微笑み返す。
「うん……」
目が覚めれば、そこはクレセントクロニクル。草原どころか青空すら見えない。そして先程までの光景が夢だったことに気がつく。そういえば少し疲れて眠ってしまったのだったと思い返して、先程のことを思い出す。
星詠としての彼女の使命は、このクレセントクロニクルでミュールを抑える為に謳い続けること。その為に、あの楽しかった思い出も何もかも過去のことと割り切って今までこうして謳い続けてきたのに。それでも何処かで、こんな使命など捨てて自由になりたいという己自身を抑えきれないで居る。
自分を迎えに来てもう謳いつづける必要がないと、誰かが来て解放してくれる。できればそれはライナーがいい。何故かライナーなら私を外へ連れて行ってくれる。そうならいいと何度、思ったことだろう。もし、そんなことが出来たなら。追憶の尾翼の、あの花畑へまた行くのだ。その時は私の作ったお弁当を持って、ライナーに食べてもらう。料理の勉強だってしたい。それから、それから……。
−ミシャ−
声が、聞こえる。小さな頃から聞き覚えのある、声が。
「また、ウィルスが出始めたのね?」
−ええ。クロニクルキーを……−
「分かりました、準備をします」
現実に呼び戻されるのは一瞬で十分。ライナーは来ない。ライナーは知らない。もう私と会ったことすら忘れているのかもしれない。それはみんな夢。叶わないと分かっている夢。集中、集中。私の何処か奥で、その夢を夢で終わらせるミシャが動き始める。
私は星詠。
ミュールを抑えるためクレセントクロニクルでこの詩を謳い続けるが宿命。
一呼吸置く。
ミシャが謳い始める。
謳い始めれば、それまでの迷いも憧れも夢も既に何処かへ消え失せてしまう。もうここにいるのはミシャではなく星詠。謳い続けることで、この世界の均衡を保つもの。
※※※
「ライナー!!」
「おい、ちょっと待てよ! ミシャ」
青い空。白い雲。何処までも続くかのような緑の草原。むせ返るような草の芳香。空を突き抜ける塔・アルトネリコ。
空の下でミシャが笑う。クレセントクロニクルでは決して見せることの無い笑顔を惜しむことなく。
「ミシャちゃん早いよぉー」
オリカがその後姿を見ながら必死に追いかける。
「あーあ。まったくガキん子はこれだから」
「そういう発言はオヤジだって。あーあ、全くもう老いちゃったんだね、ジャック」
「なにおぅ!」
ミシャをからかうジャックに対してクルシェが皮肉交じりにせせら笑う。
「皆、元気でいいことです」
「そうですね、シュレリア様」
その後ろをのんびりとラードルフとシュレリアが歩いている。
「私もちょっと走ってみようかしら」
シュレリアのその発言にライナーが慌てて止めに入る。
皆が笑っている。空の下で笑っている。
あのときにはそんな想像なんて出来なかった。こうして、もうクレセントクロニクルで謳う必要も無く、空の下で自由に笑ったり走ったり出来るなんて思わなかった。ライナーは私を星詠の宿命から自由にしてくれた。夢は夢じゃなくなって、今こうして現実になっても本当にそれが夢のようで、体が軽くて、今なら何処までも行けそうな。
あれから色々あって。私はあの時のあの夢のようにお弁当を沢山作って、ライナーと出かける。二人っきりじゃないのがちょっと残念だったけれども。前までの私だったらライナーと二人きりじゃないと嫌だと思っていたかもしれない。けれども、あの旅で出会って仲間となって、最後まで戦いぬいた皆と出かけるのもこうして悪くないと思えるようになったのはいいことだと思う。
ライナーが追いついて、それから皆が追いついてきた。ライナーがあのお日様のような笑顔を私に向ける。私は、それだけで嬉しくなる。
ああ、あの夢の通りなら、今なら私は歌える。星詠としての詩ではなく、ミシャ自身として詩を歌える。想いが、旋律となり体を突き動かす。私は、詩になる。
頑張って作ってくれたお弁当、貴方は食べてくれるかしら?
私は、ライナーに向かって微笑むとゆっくりと詩を紡ぎはじめた。
06/09/10〜07/06/03 WEB拍手掲載
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