【038 ガム -GUM-】(九龍/葉佩&阿門)



 葉佩九龍のポケットからは時々ガムが出てくる。その種類には色々とあり日本国内でよく見かける有名メーカーの代物から、見たことが無い海外の代物までその時々により色々な種類が出てくるのだ。暇なときにはそれを齧っている姿が周囲に目撃されることもしばしば。

「九ちゃんってよくガム噛んでるよねー」
「そうですね。そんなに好きなんですか?」
 ふと、日常の一シーンに於いてそんな会話が交わされる。葉佩も授業中に噛むような無作法はしないが、皆も気にしてはいたのだろう。そんな質問に葉佩はいつもこう答えるのである。
「これは俺の精神集中法なんだよ」
 そう言って、いつもの人好きのする笑みを向ければ皆は『葉佩らしい』と笑って反応するのである。葉佩曰く、噛むという行為で脳に刺激を与えるらしく何かを集中したいときや考え事をするには丁度いいらしい。それに満腹中枢を刺激するらしく腹が減った時や食べ過ぎたくないときにもいいらしい。そんなことを言えば七瀬が他にもボケ防止や姿勢矯正、更には学力増進にもなるらしいですよと付け加えれば、八千穂はそれは九ちゃんには意味ないねとかツッコんだ。まあ、葉佩の成績はギリギリに近い代物なので反論も出来ず。ちぇーと、膨らませたガムをパチンと割って凹んだ素振りを見せれば周囲の人間からも笑い声が響く。
 葉佩の、この習性は幼い頃に身についた代物ではない、結構最近についた習性らしいがその理由としては誰も知ることが出来なかった。ただ、葉佩が一人の時にほんの僅かに何かを思い出したように寂しげに笑みを見せているらしいことを誰かが見ていたらしい。



 今日の天候は曇り。
 いつもならば皆守と二人で屋上でのんびり昼寝としゃれ込みたいところだが、流石に冬に近いこの時期に、曇り空の下で寝転がるなどもっての外だ。となれば保健室が望ましいところだが、昼休みもそろそろ終わりに近い。不健康優良児の皆守や、取手ならともかく、健康優良児として名高いらしい葉佩としてはそれは難しい。しかもルイ先生が居るとなれば使うことは困難。だとすれば残る場所は更に限られてくるが天候と気候を考えると葉佩の脳裏に思いついたのは一箇所。
 勝手知ったる天香學園。今や殆どの場所の鍵を手に入れていた葉佩は鍵束をガチャガチャとわざとらしく響かせながら目的地へと歩みを進める。葉佩はその扉の前に立つと開いているか一応確認し、鍵がかかっているのを確認する。それから鍵束から鍵を取り出し扉を開くと再び、鍵をかけた。音を確かめ、ドアに触れて確かめ。そうして確認を終えると葉佩はその部屋にあるソファーにごろりと横たわる。
 寝転がるにはちょうどいいスプリングと肌触りに、よく眠れそうだなとか何とか暢気に考えつつ、ふと鼻腔をくすぐる何処か嗅ぎ慣れた香りに何処か安堵を感じつつも、それと同時にほんの少しのざわめきが走る。そんな雑念でも振り払うかのように葉佩はポケットに手を入れるとガムを取り出し、包装紙をぐちゃぐちゃに取り払うと慌ててガムを口に放り込んだ。
 口の中に広がる清涼なミントの風味が口の中を席巻するかのように、喉、喉を通り越して肺へ。鼻と耳と目へ、最後に脳へさえ通じるような風味へ。考えることは無数に存在する。

《生徒会》《遺跡》《長髄彦》《墓》《秘宝》《秘宝の夜明け》《生徒会役員》

キーワードは無数に存在する。
それを一つ、また一つ消去して仕舞い込む。口は関係なく動き、咀嚼する訳でもない口腔内の物体を奥歯で何度も何度も噛み締める。既に答えは自分の中で出ているというのに。
 噛み締める、噛み締める。
 しかし、思考はクリアになるどころか全く持ってその逆であり何処か袋小路に迷い込みそうになる。今は、その一歩手前にて踏みとどまりつつあるが、そこに踏み込まなければならないのは確実なところであり。その時が近いという予感は何となく感じ始めている。
 膨らませては割り、また噛み締めて膨らませて割る。それを何度か繰り返してその後に口から出すと包装紙に包み込んだ。その辺にあったゴミ箱にポイと放り込むと、今度こそ昼寝を決め込もうと両脚を伸ばし目を閉じたた。


「今は授業中ではないのか?」
 頭の上から声がする。目を開かなくともその声の主など分かる。葉佩はそのまま声をかける。
「自主休講さ」
「生徒会室は昼寝の場所ではないのだが」
「はは、それは大目に見てくれ」
 そう言って身を起こせば既に見慣れた姿の男。この部屋の主でもある生徒会長である阿門が苦虫を噛み潰したかのように立っていた。葉佩はポケットから何かを取り出すと阿門に差し出した。
「昼寝賃」
そう言って差し出したのはガム一枚。

「そういえば、以前は飴を貰ったな……」
「え?」
「いや……」
 そこで阿門は言葉を区切った。
「じゃ、おやすみ……」
 そして、葉佩は再び瞳を閉じる。

「仕方のない奴だ」
 そんな葉佩を眼下に見下ろし、それから阿門は残っていた生徒会の仕事に取り掛かり始める。外はまだ陰りを帯び、眠るには少し肌寒かった。



05/06/15〜05/08/07 WEB拍手掲載

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