【035 アイス -ICECREAM- 】(九龍妖魔學園紀/生徒会+主)




 その冷たさが、甘く。

 
「いい香りだわ、これ」
「流石、双樹なら気がつくと思った」
「そうねえ、これは……」

 生徒会室と記されたドア。一般の生徒にとって《生徒会》は畏怖の対象にすらなりうるこの場所の奥で、イメージを払拭するかのような賑やかしい会話がなされている。そして中心にあるのは、部屋の真ん中の炬燵とそれを持ち込んだ張本人であった。

 阿門はドアを開けて生徒会室に入るが、その会話が途切れることはない。既に炬燵の四面にはそれぞれ役員らと、もう1人が対座しており話に花を咲かせていた。阿門は、小さくため息を一つつくと、自分に背を向けて座っている人物に視線を移す。どうやら、こちら側を向いていた夷澤が、目を見開いて阿門を見ているようだが口を鯉のように開け閉めをしただけで音にまでは到達していないようである。
 以前、生徒会室に半ば強引とも言える形で導入されたこの炬燵。阿門は何度か撤去を試みたが、導入した主と同じく気がつけば何度もこの生徒会室に戻ってくると言う有様。何度目かの撤去を試みて、そのうち役員内からも撤去反対の非難を浴び一旦は許可したもののいつかは炬燵の撤去を目論んでいる。

「やっぱり炬燵はいいものですね。故郷の冬を思い出しますよ」
「そうそう、そして炬燵でぬくぬくしてアイスを食べるのは天国だねー」
「そうよねぇ。これって結構冬の醍醐味じゃない?」
「けっ、センパイ方のんびりしてますね。頭温くなってません?」
 最後の台詞を言っていた後輩は、両隣に居た役員らから頭を小突かれる。全員が炬燵を囲みながら、和気藹々とした雰囲気を醸し出していた。ドアを開けて入ってきた阿門の存在に気がつかないぐらいに、雰囲気は穏やかだった。そこにやってきた阿門が異物であるかのように。阿門は、小さくため息を一つつくと、自分に背を向けて座っている人物に視線を移す。その時、偶然こちら側を向いていた夷澤が、目を見開いて阿門を見ているようだが口を鯉のように開け閉めをしただけでそれは音にまでは到達していないようであった。
「何をしておる」
 誰にも気づかれない程度に、本当に小さなため息をついた後、阿門は声を上げる。そうしてようやくその場に居た全員が阿門に気がついたそぶりを見せる。
「阿門様」
「よぉ、阿門」
 瞬時に場の雰囲気が固いものとなる。流石に、会長という存在感は生徒会にとっては個人的にも立場的にもまだ大きいものである。そして、それと同時にそれをものともしない雰囲気をかもし出しているのは、最後に阿門に声を掛けた男。《転校生》にして《宝探し屋》であり《生徒会》と対立していた男である葉佩だった。
「神鳳、双樹、夷澤。これはどういうことだ」
「阿門様……」
 この事態どう説明するべきか、3人は顔を見合わせて困惑の表情を照らし合わせた。その雰囲気に気がついているのかいないのか、場を割って入る声があった。
「まあ、そんなに怒るなよ。俺が皆にお裾分けしに来ただけなんだから。あ、そうだ。阿門も何か食う?」
 葉佩の笑顔に、立ち向かえると言う人間がいるのならそれはごく一部の人間であるとしかいえない。そして目の前の阿門はその一人でもあった。「いらん」と答えてその場から立ち去ろうとした。その瞬間、葉佩が炬燵を出て阿門の腕をつかんでいた。流石敏捷99のオトコである。
「ま、いいじゃん。たまに」
 右腕を捕まれて、強固に振りほどくことも出きず、生徒会の交流も必要だと言われれば相変わらずの苦虫顔をしながらも皆の方にやってきた。葉佩は、とりあえず今まで居たところに阿門を座らせると、自分は立ち上がってその場を離れる。
「とりあえず、阿門はミルクベースであとは好き嫌いねぇよな」
既に、阿門に拒否権はなかった。葉佩という男は一瞬にしてその場の雰囲気を掴んだかのように振舞う。
 葉佩が手に入れたと言う不可思議な石の上で、材料を混ぜるとあっという間にアイスクリームのような物体が出来上がる。鼻腔をバニラの香りがくすぐった。
「よし、一丁あがり」
 かくして、阿門の手の中にはアイスクリームの入ったカップが一つ。それに注がれる葉佩と役員たちの視線が、強く感じられる。



「早く食わないと、溶けちまうぜ」
 食べるべきか、そうせざるべきか。
 迷っている阿門を尻目に、葉佩が声を掛けた。その瞬間、葉佩が何かを思いついたかのようにニヤリと笑う。このように葉佩が笑った時は何か良からぬことを企んでいるのだというのは、既に周知の限りである。葉佩は、阿門の持っているアイスを一口分だけ、自分のスプーンですくうと阿門の口の前に差し出した。


「はい、あーん」


 固まったのは、阿門だけでない。周囲にいる役員たちも固まった。しかし葉佩はそんな周囲にも阿門にも何も介さず。人好きのする笑みで阿門の前にスプーンを差し出し、早く食えと促す。
「冗談は、止せ」
「早く食わないと、溶けちまうぜ。ほら、口開けろよ」
 見れば、暖房完備のこの部屋に於いて、既にスプーンの上のアイスクリームは溶けかけている。幼い頃から厳十郎に食べ物は残さないように厳しく躾けられてきた阿門としては、食べ残してはいけないというある種の強迫観念が襲ってくる。人に食べさせてもらうなど、何処の幼児かと苦々しく思うものの背に腹は変えられぬ。阿門は、葉佩の差し出したアイスクリームを口にした。
「どうだ?」
 アイスクリームは一見単なるバニラアイスに見えるが、味わってみればそれが市販にて売られているものと違うのはすぐに分かる。ひんやりとしたのはすぐに溶け、代わりに口腔内に味を巡らせる。濃厚なミルクの風味の後に仄かの甘さと同時に全身を巡るかのようなバニラの香り。
「……美味い」
 それは無意識に出た言葉だった。しかし、そう告げた時の阿門の表情を見たその場の全員が再度固まった。そしてその場に居た葉佩も今度は、皆と同様であった。
 甘いものに、口の端を少しだけ上げて微笑を見せる阿門。

 夷澤は目を大きく見開いて。
 双樹は思わず頬を染めて。
 神鳳はいつもと変わらぬ微笑を乗せて。
 そして、葉佩は……。

「あ、阿門。もう一口どうだ!?」
 思わず、阿門にもう一口差し出していた。何しろ、普段は固いとしか言いようのない真面目な表情しか見せることがない阿門帝等がごく僅かとは言え、表情を綻ばせたのだ。出来ることなら、もう一度見たいという心理を誰が否定できるのであろうか。いや、できるものではない。
「あら、駄目よ。次はあたしの番」
「それはいけませんね。次は僕のですよ」
「俺のはもっと美味いッスよ、センパイがた!」
葉佩の横から更に3つのスプーンが差し出される。阿門は、どうするべきか考えを巡らせた後、期待に満ちた役員たちを一瞥すると順番に差し出されたアイスクリームを口にしたのであった。
 そして、この時の阿門はその場にいた全員に強烈な印象を残し、また新たな話が持ち上がるのだがそれは、別の機会にでも取っておこう。




07/09/08〜09/06/18 WEB拍手掲載

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