【031 お子さまランチ -CHILD’S LUNCH- 】(九龍妖魔學園紀/主&皆守)
「いらっしゃいませ、マミーズへようこそ」
いつもの台詞と共に笑顔で迎えてくれるのは、すっかりお馴染みの顔とばかりになってしまった舞草奈々子嬢。彼女と僅かにやりとりをしつつも、俺と皆守は席にご案内というものをされる。
日本に来て約一ヶ月。殆ど海外での生活の方が長い俺ではあるが、学校の敷地内にファミレスが存在するとは思っても居なかった。全寮制で、長期休暇以外の外泊は禁止されているこの天香學園ならば当たり前と思うようになるには僅かながらの時間を必要とした。最初は、こういうタイプのレストランになど入ったこともなく、俺もどうしようか密かに迷っていたのだが最近は一人でも来るようになっている。自炊も可能だが、面倒な時や、遺跡探索の為に精のあるものや少し凝ったものを食べたいと思うときなどによく、来るようになった。
今日は皆守に誘われて少し遅い昼食。授業は・・・勿論サボりです。でもヒナ先生の授業ではないからいっか。ヒナ先生ならその場に居ないと後で、保健室にでも何処でも探しに来て理由を聞いたりするのだ。他の教師ならそこまでしない、後で簡単に連絡しておくか、誰かに欠席だと伝えてもらえばそれで済むのに。まあ、その一生懸命さがヒナ先生らしいと言えば、ヒナ先生らしいのだが。最初は、転校してきたばかりで注目も浴びていたし、目立つのを避けるためにも余りサボる訳にもいかなかったのだが、こうして皆守と友情めいたものを育むようになってからは、時折こうして授業を抜け出したりしている。
「こんにちは、葉佩さん、皆守さん」
マミーズには他にもウェイトレスが沢山いるはずなのに、すっかり俺たち専属に近いような確率で現れる舞草に俺らも挨拶を返す。メニューを差し出されどれにするか聞かれる。
「お決まりになりましたか?」
「俺は・・・」
「皆守さんはカレーだと言うことは分かってます。葉佩さんは?」
皆守はいつもカレーしか頼まないのは學園だけでなく、マミーズでも既に常識と化しているらしい。以前、皆守がカレーしか頼まないのでマミーズでは時折カレーの内容を変えているらしいとの話を内密だと舞草が話していたっけ。
「おいおい、ここは勝手にウェイトレスがメニューを決めるのか?」
「皆守さんカレーじゃないんですか! ああ、皆守さんがカレー以外のものを食べるなんて宇宙人もびっくりですよ!」
一体それは何時の時代の反応なんだと、こっそり胸の奥で呟きながらも顔は(笑)を隠すことなど出来ない。案の定皆守は不機嫌そうになる表情を、アロマを吸う事で誤魔化しながらも、苦々しげだった。
「カレー」
「はい! カレーですね。葉佩さんはお決まりになりましたか?」
「お子様ランチ」
「はい?」
舞草がもう一度聞き返す。皆守は口にくわえていたアロマパイプをゴトッ、と落としていた。俺、何かまずいことを言ったか?
「葉佩さん・・・本当に【お子様ランチ】でいいんですか?」
「うん。駄目?」
「そうですね、他のファミレスだと12歳までなんですけど。マミーズなら大丈夫ですよ、結構大人のお客様でもご注文なされますし。ただ、【お子様ランチ】なので量が少ないんですよ」
「じゃあ、それにラーメン追加で」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
そういって、厨房の方に向かっていく舞草の背を見送ると、向かいに座っていた皆守が面白いものを見たとばかりに口元を押さえていた。アロマパイプはまだテーブルの上に落ちている。
「九龍」
皆守が、何を言いたいのかは十分に承知していた。けれども俺はそれを最後まで言わせる気などなかったから、言葉で言葉を封じる。
「最近、マミーズのメニュー全制覇しようと思って。今日はたまたま順番からいけばお子様ランチの日なんだ」
「また酔狂な真似を」
「何だと思った?」
「別に。人様の食生活にとやかく言えるほどじゃないしな」
他の人ならそれ以上もっと突っ込んでくるところを、そこで止めてしまうのが多分彼なりの思いやりなんだろう。俺がそんなことを考えていることは皆守には絶対言わないけどな。
それに、俺実は【お子様ランチ】って食べるの初めてなんだ。皆守に言わせればそんなの子供の食い物だって言われるけど。俺はそういうのとはこれまで無縁の人生を送ってきたようなものだから。俺は多分今後も≪宝探し屋≫を続けるだろうし、そうなれば平穏な生活って奴から再び遠ざかってしまう。だからこうして、一時だけ日の当たる学生生活を送れるうちに、平穏な学生生活で出来ることをやろうと思った。
それに、俺のことを言うなら3食カレーでも大丈夫なお前を俺は心配したいと思うんだが、それを言うと3倍になって反論してくるのは実証済みだから。
「おまたせしました〜」
弾むような舞草の声と共に、注文の品が運ばれてきた。
カレーにプリンにスパゲティにハンバーグにチキンライス。少しずつ小さく盛られてきた皿の上には、これまた小さな万国旗。見た目も楽しいし色々な物が味わえる。それでいて味付けはいつものマミーズの味わいなのだから申し分なし。
目を奪われる俺を皆守はちょっと呆れたように見ていたけど気にしない。その視線には軽蔑というよりも、ほのかに暖かい何かが交じっているのを感じられたから。
ああ、そうか。
俺の今の状況もこんなものか。墓地探索があって授業があって、友人や仲間がいて、部活があって・・・ちょっとずつ色々な出来事が【天香學園】という皿に盛られて周囲に広がっている。中にはちょっと苦手なものもあるけどな。
お子様ランチとラーメンを平らげた俺の腹は今日はもう授業どころじゃない。それは皆守も同様だったらしく屋上へ昼寝に出向くことにした。
04/10/07〜05/01/29 WEB拍手掲載
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