【030 デザート -DESSERT-】(九龍/阿門&葉佩)
阿門家に滞在して5日目が過ぎた。
俺も阿門もとっくの昔に天香學園は卒業してしまっているというのに、何故俺が阿門家に滞在しているのかというと、話は長くなるので簡単に済ませよう。俺は現在夏期休暇中で久々に日本に戻ってきたのはいいのだが、ついつい懐かしくなって新宿の天香學園へやってきたならば。そこにて偶然千貫さんと出会い、
『泊まる場所が無いならいらっしゃいませんか?』
などという言葉にすっかり甘えることにして阿門家に滞在することになったのである。滞在を許可されるまでにはまたちょっとしたこともあったのだが、それを書くとまた別の話になってしまうのでそれは止めておこう。
まあ俺としてもタダで泊めてもらうなどとすっかり甘える訳にも行かない。一宿一飯の恩というものも存在する。それから屋敷の手伝いをしたり阿門の邪魔をしたりして、結構自由にさせてもらってる。
ああ、阿門の邪魔って言うのは。阿門の奴、いっつも仕事が忙しいらしくて。俺はずっと《宝探し屋》を続けているけれども、阿門は大学生(似合わねぇ響きだ)兼阿門家の当主兼《護人》という何役も兼ねている。うーん、あいつ阿門家の当主ってだけで生徒会長やってた訳じゃないっていうのは高校生をやっていたときに気がついたのだけれども。かなりデキがいいらしいってことも知らされましたけど。それで結構忙しいらしいということはここ数日見てきて理解出来た。顔面の血管はまだ浮いていることも多いし眉間に皺も出来始めてきたと再会した時にも思ったことを今も思う。若いんだからもうちょっと息を抜いてもいいんだよ、と言っても阿門はそういうことを絶対聞き入れないというか物凄く生真面目だから。休むって事を絶対しないんだよなー、阿門は。まあ、そこが阿門らしいといえば阿門らしいのだが。
だから、俺はちょっと息抜き程度に、ちょっかいをかける。まあそれをすると阿門は大抵機嫌は悪くなるもののほんの少しだけ表情が緩んでくる。傍目には見ても分からない程度のことらしいが、千貫さんは微妙に分かるらしい。俺はまだそんなに長い付き合いじゃないので完璧に把握は出来ないけれども。
俺がちょっかいをかかるのは半分は気分転換。もう半分は別の理由が存在するのだが、それに関しては余り表立って言うことでもないだろ? あんまりプラス方面の思考というか考え方ではないしな。俺って結構ヤキモチやくんだってことが最大のヒントだってことで誤魔化しておこう。
「葉佩さん、夕食のお時間です」
「あれ? もうそんな時間?」
「はい」
空を見ればもうすっかり茜空で俺は千貫さんが差し出したタオルで汗を拭くと礼を言って屋敷に戻った。
「阿門、今日は早いな」
「そうか」
返事を返してくれるだけでも以前よりマシになったと言っていい。後で阿門は今日はたまたま早く終わっただけだと言っていたが。
千貫さんの料理は相変わらず腕は衰えるどころか、年々磨かれているように感じるのは俺の舌の錯覚ではないと思う。俺の料理は何処か野外食という感じだが千貫さんの料理はきちんと何処かで修業したものというよりは何処か温かみのある家庭の料理、という感覚を覚える。昔一緒に住んでいた母親代わりの家政婦だったマリーの味を思い出させる代物であった。もしかしたら、俺がこの味を最初に知ったとき酷く懐かしいと感じたのはそのせいなのであろうか。
一通り出されて今日はこれで終わりだろうと思ったならば、
「今日はデザートもございます」
などというから、腹の具合を確認してみればまだ入りそうだったのでこれも頂くことにした。そういえば、今日の料理はいつもより量が少ないと感じていたのはこれも計算に入れてのことであったのだと気がつかされる。
そう言って千貫さんが出してきたのは小さなホールサイズの苺のケーキだった。真っ白い生クリームと紅色の苺が視界に入る。そういえば日本でケーキと言えばオーソドックスにこれだったのだと思い出した。そしてそのケーキが何を意味するのかも。
それと同時に俺は阿門の方を見る。阿門の方も何かを思い出したらしく、そのケーキに視線が釘付けであった。
「誕生日、おめでとうございます。坊ちゃま」
そうか。
今日は8月7日。阿門の誕生日。
「俺の……誕生日だったか」
「さようでございます」
何処からかとっておきだというシャンパンを用意し、阿門と俺に注いでくれた。俺は千貫さんも飲みなよ、と一緒に勧め3人でグラスを開ける。そういえば今日の料理は阿門の好物ばかりだったと言うことは後で千貫さんに聞いたわけだが、うっかりとプレゼントも何も忘れてしまっていた。
プレゼントの事は別にしても、その日の阿門はいつもとやはり雰囲気が違っていた。3人だけのパーティーだったけどそれはそれでとても楽しかった。ああ、人の生まれた日を、それも好きな人の生まれた日を祝えるというのはそれはそれだけでも幸せなのだと、俺はこのとき思った。祝われる方だけでもなく、祝うほうにも幸福を与えてくれる。だから、あの時どんな結末を迎えてしまったとしても俺はこいつを死なせなくて良かったということを感謝する。それは神にでも運命の女神の悪戯でもいい。
時間はあっという間に過ぎ、俺と千貫さんで後片付けをしてから俺は阿門の部屋に向かった。もう少しだけ話したい気分だったのはアルコールだけのせいではないだろう。部屋に行けば、既に阿門は睡魔の世界へと旅立っている。しかしそれはベッドの上に寝転がって着替えもせずに倒れこんでいる。ああ、そういえば阿門はアルコールに弱かったことを思い出して、それと同時に普段なら見られないだろう無防備に寝転がって。いつもは纏められた髪も解けて、顔にかかっているのを見ればこいつは漢前だったよなあとか柄にもなく思い。
「こうしてみれば、一応年齢相応なのにな」
と右手で髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回しても起きる様子も無いこともいいことに、ちょっとだけ調子に乗ってみる。それから耳元に顔を近づけて。
「Happy Birthday. It's the blessing of God to you.」
そうして阿門の額に唇を寄せる。そのままアルコールが呼んだ睡魔に身を任せて。
神と言うものが、心の中にのみ存在するものならばせめてそれだけでも阿門を護ってくれるといい。無神論者に近い俺だけれども、そういうものにも頼りたい程にはお前の幸せを願っているのだと。そう告げることが出来たならどれほど素敵なことなのだろうか。只でさえ色々なものを背負っているお前にこれ以上の負担を掛けたくは無いのだけれどもせめて、それだけは許して欲しい。
阿門の隣に横たわる。目を醒ました阿門がどういう反応をするのか、それを楽しみにしながら俺はゆっくりと瞳を閉じた。
05/08/07〜05/11/05 WEB拍手掲載
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