【029 ためしてみる? -WILL YOU GIVE IT A TRY?-】(Aの魔方陣/ゆかり戦記)
※この話は、ゆかりが伝説のゲーマーとなる前の、まだご近所で評判の天才ゲーマーと呼ばれていた頃のほんの小さなエピソードである。
その話が来たのは、ゆかりが小学校6年生になったある日のことであった。ゆかりの家にやってきた一人の男性がゆかりとゆかりの両親に対面している。
「ゆかりちゃんを僕に預けてもらえませんか?」
冒頭の言葉から聞けばただのロリコンと疑われても仕方なかろうが、この男性はロリコンではない。勿論妻も、去年生まればかりである女の子もいる(妻似の可愛い女の子でいつもこっそりと写真を持ち歩いていると言う話が女性社員の間にはある)。
そもそも、この男性がゆかりの家に来たのはある理由があった。男性はある雑誌社の記者である。男性は、ゆかりにあるイベントに参加してもらうように交渉していたのであった。
前置きが長くなるが、説明しないと理解出来ない状況の為に敢えて解説する必要がある。少々お付き合い願おう。
先日、【アルカランド】というこの世界では世界的有名なカードゲームの地区大会が開催された。その大会で並み居る強豪を倒して優勝を攫ったのは小学六年生のゆかりであった。その様子は地方新聞に記事にされている。カードゲームは戦略と状況を引き寄せるものがあれば、子供でも大人に勝てるというのは既に実証済みではあったものの、ゆかりが初めての大会参加者であり、美少女だということが騒ぎに拍車をかけたのである。
今、ゆかりの目の前の男性はあるウォーゲーム雑誌の記者であり、その業界では有名な(2誌あるうちの)雑誌であった。その会社が今回あるウォーゲーム大会のマスコット役として参加してもらえないか、ということである。ゆかりの家にやってきた記者曰く、その時の写真をスポンサーのお偉いさんが見て「この子がいいだろう」と、一言発した為にゆかりに決まったとのことであった。
ゆかりはその話に反対する理由などない、というかむしろそんな面白そうなことに参加したい性格だったから両親の了解も得て二つ返事で引き受けることになった。但し、そこに一つの条件をつけて。
「私、優勝者と戦ってみたいんですけどいいですか?」
ゆかりのその言葉に、男性は検討してみなければならないのでここで直ぐには返答は出来ないが多分大丈夫だろうと返した。その返答次第では参加しないとゆかりは強く答えたので自分ひとりで判断は出来ないだろうと考えたのだろう。
男性はゆかりの家の電話を借りると社に電話してその旨を伝える。受けた担当の人間は大丈夫だということを彼に伝える。そして男性がゆかりにその件は受け入れたと伝えるとゆかりはそれに賛成したのであった。
結局主催者側も、ゆかりに話を持ちかけた男性も簡単に考えていたのだ。ゆかりは確かにカードゲームは強いがウォーゲームはまた別の話であると。だから優勝者との対戦もイベント程度のものであってそれもまた話題になるだろうと。
全国でも名うてのウォーゲーマーが集まったこの企画。ゆかりは本日開催されるウォーゲームに登場する子供キャラ(勿論美少女)の衣装を着せられる。その姿に熱狂する一部のファンもいたがゆかりは司会のお兄さんと共に会場を時々回っているという退屈な役割だった。司会も決められた仕事をした後は退屈そうにしており、ゆかりは色々と会場内を回っても誰にも咎められなかった。
会場内を見てはプレイしているウォーゲームの様子を見たりしている。男女といっても殆ど男性(10代〜20代が中心)が中心だったが、へクスマップ(六角形の地図)と厚紙の駒、それにサイコロを振りながら格闘している姿は何処でも心地よい緊張感を醸し出していた。
そうこうしている内に優勝者も決まり、表彰式が行われる前に本日の別な意味での目玉でもあるゆかりと優勝者の対戦が始まった。
優勝者は何処かの電気街にでも居そうな20代後半の男性である。ゆかりの格好を見ながらにやけているのが何処か鳥肌が立ったがそれでも優勝者は優勝者である。
「よろしくお願いします」
ゆかりは社交辞令として丁寧に挨拶すると対戦者がゆかりを見て笑った。唇の端を上げるだけの嫌な笑い方である。
「君、ゆかりちゃんって言うんだ〜。初めてだって? お兄さんが軽く相手してあげようね」
その物言いにゆかりはカチンときた。目の前の対戦者はゆかりが初心者で小学生だからと言って明らかに手を抜こうとしているのは見え見えである。
「はい、お手柔らかにお願いしますね」
ゆかりは仮初めの笑顔を作って、そして試合開始の合図がなされる。
最初は流石に挑戦者の猛攻もありゆかりは押されっぱなしであった。周りも初心者のゆかりだから仕方がないという雰囲気が漂っていたのである。とりあえず主催者側としてはゆかりが直ぐに負けて「やっぱり優勝者は凄いですね」とか何とか言えばいいのであってそうなるだろうとその会場にいる誰もがそう思っていた。
この場にいる誰もが知らなかったのだ。
ゆかりはゲームと名のつくものは絶対負けられない女だということに。
それは子供であることも女であることも関係ないということに。
中盤を過ぎた頃、情勢が一気に変動した。会場の雰囲気が変動しているのにゆかり自身も気がついていた。そしてゆかりと対戦者の一戦に会場中の注目が注がれていた。
優勝者が押されている。ゆかりの優勢となっていたのだ。対戦者の表情も先ほどまでの余裕は何処にいったやら険しさが表出されている。一方ゆかりはにこにこと笑みを見せながら時々、「え、いーんですかぁ」「ビギナーズラックですよぉ」とか言いながら適切に駒を動かし始めている。
実は会場をうろうろしていた間にルールと対戦者の思考パターンを読みつつ、昔おじさんに教えてもらったオキザイ(サイコロを転がさないで滑らせて狙った目を出す)やコマフリ (サイコロを回転させて456の高い目を出そうとする)といったイカサマ技を繰り混ぜながらゲームをする上で習った様々なテクニックを惜しげもなく繰り混ぜて戦っている。負けられない、負けられないのだ。
ウォーゲームもアルカランドも人との戦い。ゆかりは負けられないのだから全ての力を駆使して戦う。
「私はね、狙ったへクスは必ず取る!」
勝利予告。
その声は何よりも高らかに、朗々として。勝利の女神の宣言だった。
そしてゆかりはゲームを制した。
優勝者の敗北に主催は勿論周囲も驚嘆を隠せない。ビギナーズラックも何もなく、こてんぱんに叩きのめされたからだ。優勝者は生気を失った抜け殻になっていた。手を抜くなどといったことは許されない、ゲームは真剣勝負なのだからというのがゆかりがミスターブラックグラフとの戦いの中で得ていたものだからだ。
「優勝者を倒したなら…この子が優勝じゃないのか?」
そんな声が何処からか上がった。しかし、優勝者に買ったとは言え初心者に負けたのだからそれが単なるビギナーズラックに過ぎないと言う声も上がる。騒動の最中、ゆかりが大声を上げる。
「私の実力ためしてみる? 戦いたい人は全員かかってきなさい!」
結局、ゆかりはその会場に居た名うてのウォーゲーマーを全員倒し名実共に優勝者の称号を得たのであった。
しかし、それもゆかりの伝説のほんの小さなエピソードに過ぎないとはこの時の誰もが思っていなかったのである。
05/01/29〜05/09/30 WEB拍手掲載
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