【023 おやつ -JUNK SWEETS-】(絢爛舞踏祭/舞踏子&ヤガミ)
「ヤガミ、飴食べる?」
それは夜明けの船のトップデッキにて、見張りと称してヤガミが星空を眺めて居たときのこと。突然舞踏子がやってきて、差し出されたのは、色とりどりの紙に包まれた飴の山。見れば舞踏子の頬も右に左にと動いている。多分、同じものを食べているのだろう。飴の包み紙に視線を移していると舞踏子が不可思議な顔をする。それからポケットのあちこちを探した後に、ヤガミの目の前には様々の駄菓子の類が積み上げられる。
最初はカサッと。そのうちドサドサっと積み上げられる駄菓子の山に一体あの太陽系総軍の制服の何処にそんなものが入るんだ! とあり得ない事象に思考回路が混戦模様となる。ま、あとは無いかと思うなーと服の乱れたのを直す舞踏子と、積み終わった駄菓子の量を見比べる。
「何処の四次元ポケットだ」
「しっつれーねぇ。女の子はお菓子で出来ているのよ」
「どういう理屈だ」
「うーん、ヤガミあんまり甘いもの苦手そうだしこの辺がいいかなー」
いつものことながら、人の話を聞かずに舞踏子は駄菓子の中から適当に選んでいる。あー、これがいいかなー。でもこれはなあ、と独り言を言いながら。そういうところは昔から変わっていない。あの時からこいつは人の話を聞かない奴だった。
「あー、ヤガミにはこれがいいか」
と言って差し出されたのは『巣ダコじゃん次郎』という代物。何故かイカナに似たタコの絵が描かれた包装紙に包まれている。封を開けるとツン、とした匂いと共に一枚の薄っぺらいシート。恐る恐る口に運ぶと何故か、口の中はマスカット味が最初にきて、それから魚肉の風味が。
「どう? 美味いでしょ」
そう聞いてくる舞踏子。その表情にはいかにも『美味いよね』という反応を期待しているのは見え見えである。しかし、この不思議な食感といい味わいといい何処かチープでお世辞にも手放しでほめられるものではない。何かを言おうとするその前に舞踏子はまた別なのを探し始める。
「あれは結構おすすめだったんだけどなあ。ちょっと待っててね。レモン味とグレープフルーツ味と、リンゴ味とキウイ味もあるからそれも食べて見て。あ、もしかしたら酸っぱいの駄目だったらこっちの『めじゃ棒』試して見る? 焼きおにぎり味とかジンギスカン味とかがお勧め。甘いのがいいんだったらこっちの苺ミルクサンデー味とか太陽系のときめき味の方がいいかな……」
目の前に差し出される各種駄菓子に、舞踏子の必死さが見て取れるようになる。大体何故舞踏子はこう必死に、俺に菓子を食わせようとするのかが分からない。
「あー、俺は別になんでもいいんだが。何故そこまでしてこんな駄菓子を……」
ふと、そこで舞踏子の手が止まる。
それから舞踏子はこちらを見て、それからヤガミの隣に座った。
「とりあえず、ヤガミさんは私にいいたいことがあるのではないかと思いまして」
ま、本当はこういうときはお酒が一番いいんでしょうけれども。今見張りじゃそうもいかないのではないかと。だったら逆に甘いもので糖分とって脳を活性化して話をしましょうよ。ということだと舞踏子は付け加える。口調はふざけていても、表情は真剣だ。だったらここは茶化して終わるべきではない場面だとヤガミ自身も悟る。
「何を言って欲しいんだ。お前は」
「言って欲しいのは私ではなく、ヤガミが何か言いたいんでしょ」
「何を言えばいい」
「知っているくせに」
途端、舞踏子の声が冷ややかなものになる。このデッキの外の風よりも冷たい。それ以上に自身を凍らせるかのような、氷柱のように突き刺す。動揺しながらも分からないと繰り返すと舞踏子ははあ、とため息をついて。それから空を見上げるように顎を上げると口を開いた。
「第五世界での青森のこと、火星のこと、出張のこと」
「そのことか」
「別に、ヤガミが今更何を隠し立てしても私はそんなこと気にしていない」
嘘だ。と思った。
いつもであればしつこいぐらいにどうしていたのか、何をしに行っていたのか、どうして死体を偽造してまでいなくなったのか。と聞いてきた舞踏子がそれを気にしないというのはあり得ない。ならば、何故舞踏子は突然こんな話をしてきたのか。一体舞踏子は何を言わせたいのか。普段なら手に取るように分かるであろう舞踏子の感情が、一切見えない掴めない。
「それに関しては、お前や皆を巻き込んでその……すまないと思ってる」
分からない相手に対しては、何はともあれ謝ってみる。それがまず第一の反応であり舞踏子は謝罪を求めているとヤガミハ考えているからだ。しかし、それが舞踏子の新たな反応を引き出す。
「ヤガミが謝る必要はないよ。ヤガミは自分の考えでそれを行ったなら、後悔する必要も謝る必要も無い。そもそもヤガミは誰にも許してもらおうなんて思っていない。許されてしまったら、したことに対する責任が何処かへ行ってしまうから」
「舞……」
「ごめん、続きを聞いて」
それは明らかなる拒絶。何を言っても言い訳にしかならないことを知っているのならば、今は舞踏子の話を聞いていることが得策である。ヤガミは自分の方を向かない舞踏子に視線を向ける。
「でも、ヤガミはいつも後悔している。そしてそれを無くすために私に許したがってもらっている」
「それは……」
「でも、私はヤガミを許さない」
舞踏子は笑う。今まで自分には見せたことの無い静かな微笑みで。それと対極するかのような拒絶の意思。何故、その拒絶が心に風を呼ぶのだろう。
「貴方はまだやるべきことがある。私は貴方の最期の最後。貴方がやりうるべきことをやり終えたそのときにこそ、私は貴方を許す」
そういい終えて舞踏子はデッキから船へと戻る。ヤガミはもう一度星空を見上げる。空に写されたまがい物の星空と闇とを交互に写しながら。
傲慢な風の妖精。
なのに、その言葉が様々な風となって吹き荒れる。それはヤガミに生きろと、己の成したいことを成せと激励するかのように。舞踏子の先程の表情を思い出す。あれが、もしかしたら風の妖精の本質なのであれば、自分はいったい何という存在に出会ってしまったのだろうかと思う。
傍らに、舞踏子の残していった駄菓子の山があった。今の自分にはこのぐらいが丁度いいのだろう、そう思うとヤガミは一つを取り上げて封を開けるのであった。
※※※
「随分と、手厳しいのう」
「聞かれちゃいましたか」
デッキから出てきた舞踏子にサウドが声をかける。サウドはいや勝手に聞いていただけだがのぅ、といつものようにとぼけた口調で語りかける。
「でも、私がヤガミに出来るのはそれだけなんです。ヤガミの気持ちは知っているけれども答えられないから……」
「いや、それを聞いたらお前さんの相手は妬くだろうよ」
「そうかもしれませんね。あの人そういうことに不器用だから表立っては何も言わないけれど」
舞踏子には想い人がいるから、ヤガミの気持ちは知っていても答えられない。だからこそヤガミに対してはああいう立場でいてもらうしかないのだ。他の舞踏子やホープであれば殴り、抱きしめ、それから側に居てあげるのだろうが。
「天使もそうじゃよ。『いつも徳を積みなさい、善きことをなさい』と繰り返す。多分わしの努力が報われるのも最期の最後じゃろう」
「私はそんないいものじゃありません」
「では何じゃ」
「私は不運たるヤガミにたいする不運です」
それを聞いてサウドが笑い、つられて舞踏子も笑った。そうしているうちに、舞踏子の想い人が通りがかる。
「これ、聞いてくれたお礼」
サウドにポケットから飴を一つ取り出し田渡すと、舞踏子はその人物について歩く。その後姿が見えなくなるまで見送ったサウドは一言、呟いた。
「不運の不運たるは、幸運じゃ。まさしく、其の名『希望の戦士』に相応しい」
そうして、舞踏子から貰った飴を口に入れて、顔を少ししかめた。
06/09/08〜06/12/23 WEB拍手掲載
|