【022 苺 -STRAWBWRRY- 】(テニプリ/乾海)
それでは問題です。
ショートケーキの上に乗っている苺。
貴方は最初に食べる? それとも最後に食べる?
部活が終わったあとの部室。
菊丸先輩がそんな話を皆に振りまいていたことを思い出した。
「どうした? 海堂?」
その声で、自分が呼ばれていたことに気がつく。ふと、我に返れば隣に居る先輩が声を掛けていたらしい。。俺は少し顔を斜め上に上げて声の主の顔を見る。
「あ、すいません。……ちょっと考え事していたんで」
嘘をついても直ぐに分かってしまうので、俺は素直に謝ることとする。こういう時の先輩は侮れないのである。
隣を歩いているのは先輩こと、乾先輩。同じテニス部の一つ上の先輩で、俺はこの先輩に中学の時から練習メニューを組んでもらったり、ダブルスを組んだりと色々と世話になっているのである。それは俺が高校に入学してからも同様で、俺と乾先輩は良き先輩後輩としてテニスに没頭するようになった……筈であった。去年、俺が乾先輩に告白されるまではの話である。
俺の方は、先輩として見ていなかった筈なのに、どうやら乾先輩の方は違っていたらしい。忘れもしない去年の俺の誕生日。俺は先輩に告白されてしまった。普通なら同性、それも先輩に告白された時点でこの関係は崩れてしまう筈だったのだが、何故か俺はこの先輩のことが嫌いになれずに先輩の告白を受け入れてしまったのである。断っておくが、同情とか、そういうものではなくこの先輩のことを俺も…その…放っておけないというかなんとなく嫌いになれないというか、付き合って情が移ってしまったというかなんと言うか。で、付き合い始めてテニス以外にも……こ、恋人同士らしいことをしてしまったりそうでなかったり。今日もそういう訳で互いの都合がつくときは一緒に帰るようになってしまった。
「そうか」
と乾先輩は表情の見えにくい眼鏡でこちらを向いて俺を見る。そして、少しだけ何かを考えてから口の端を上げた。
「な……なんっスか?」
「海堂、さっきの英二の質問を考えていただろ?」
乾先輩は見えているのか見えていないのか分からない眼鏡だが、その洞察力はいつも俺の気持ちを読み取っているかのようで侮れない。そして、先輩の指摘はずばり的中しているのであった。
「……」
俺は少し黙ってしまう。
「黙っているということは、図星だ」
だから、いちいち言わないで欲しいのだが、この先輩はいつもずばずばと物を言ってくるのだ。
「ちなみに、俺のデータだと海堂があの質問に対して答える回答については……」
あの質問とは、菊丸先輩がさっき部活の皆に振っていた質問である。内容は確か……
「海堂はショートケーキの苺は最後に食べる、だろ?」
「なっ!?」
本当にこの先輩は心臓に悪い。
さっき菊丸先輩が部活のメンバーに振っていたのは、乾先輩も言っていたようにケーキの苺は先に食べるか、後に食べるかということである。俺は、悔しいことに先輩のデータどおりにケーキの苺は最後に食べるようにしている。甘くなった口の中をさっぱりさせる為に最後に苺を食べるようにしているのだ。それにどうもあの苺は特別なような気がして仕方がないのだ。俺は先輩はおろか他の誰にもそんなことは言った覚えはないのだが、本人の知らないデータでさえ乾先輩は見つけてしまう。
「海堂は、好きなものを最後まで取っておくタイプだろう?」
「それは……そうですけど……何で……」
「海堂は努力を怠らないけれども手に入れる為には時間がかかる。そうして手に入れたものだから最後まで大事にとっておく。違うかい?」
当たっているので何も言えず。この先輩、何処まで人のことを把握しているのか奥が知れない。自分のことばかり言われるのも何処までも癪だが、俺は乾先輩にこういうことで勝てるはずもない。
「ところで、先輩はどっちなんですか?」
「俺は苺は最初に食べる方だよ。好きなものは最初に食べておかないと誰かに取られちゃうからね」
俺が反応しようとする前に、乾先輩の顔が俺の目の前まで近づいてきて、俺の唇に軽くチュッと触れて離れていった。
「ほら、こんな風にね」
何でもないように笑いつつ答える。俺は今自分の身の上に起こった出来事を把握するだけで手一杯だ。キスなら何度かしたこともある。それ以上のことだってある。けれどもここは今は誰もいなけれども、公道であって誰かが見ているかもしれないのだ。そんなところで乾がこういう行動に出ると言う方が俺の予想の範囲外である。
「海堂の顔、真っ赤で可愛い。苺みたい」
「………」
可愛いとか、可愛いとか在り得ない表現でからかわれているかのようで、俺は照れ隠しに先輩をグーでぶん殴って、逃げるように先を歩く。
「かいど〜」
情けない声で背中を丸める先輩を許すのは、もうちょっと歩いてからにしようと思いながら、俺は先輩の前を歩いて行くのであった。
答え
最初に食べても最後に食べても結局苺は食べられちゃう。
05/05/11〜05/06/03 WEB拍手掲載
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