【021 大好物 -FAVORITE-】(絢爛舞踏祭/ホープ&BL)
「傲慢な、ひとね」
女は、一つ大きく息を吐くと目の前の人物に向かってそう言った。
目の前の人物、確かにこの前は女性だったような気がするが、今目の前にいる姿は男性そのものである。男性にしろ女性にしろ今更、性別不明のイカや、性別の変わる火星原住民やら性転換したジャーナリストがごろごろしているこの【夜明けの船】に於いて。いや、このゴージャスタイムズの時代に性別云々などという事は愚かとしか言いようが無いのだ。
結局、その義体の中に入っている存在は、例え外見がどう変わろうと、変わるものでも代わるものなどもなく。その中に在る存在がそこにいるということが何処の誰かということよりも、何であるかが重要であるのだ。そして女の目の前にいるのは話し方も姿も変わろうがその真ん中にあるものは変わることが無い。
それは遥か彼方から。
遠い過去から。
遠い未来から。
世界を越えてこの場にある。
かつて女はそれに出会ったことがある。
遥か遠い昔、目を閉じれば思い出せばすぐに蘇る過去。そしてそれらは遠い過去の感傷の一つとして瞬時に消し去ると、目の前の男に笑いかけようとした。
ひとのかたちをした、ひとでなきもの。
精巧精緻を極めた人形の中にある、ひとでなきものから、ひとであろうとする、たましいの存在。それは何処にもないようで何処にでもいる存在。
「貴方は、何故ここに……」
「俺がここにいるのは世界に100年……」
「嘘」
目の前の男の言葉は、一言で途切れた。しかし男はそれに恥じ入る様子は無い。照れる様子も無い。
「俺は、誰かを絶望させようとするもの。
誰かを悲しみに落とすもの。
誰かを傷つけるもの。
誰かを苦しめるもの。
誰かを殺そうとするもの。
デッドエンドへと導こうとするもの。
それはただ一つの悲劇であり、ただ一つの喜劇であるもの
それ、を完膚無く叩きのめすこと。
それが、俺の大好物なんだ」
迷いも無く、立ち止まることも無く。彼の生き方がそのものだと、雄弁に語っているようなものだった。そして彼女はそんな男の顔を見て、それから視線を下に逸らしてからもう一度、言った。
「やっぱり、貴方は傲慢だわ」
それから、その言葉を聴いた男はそれこそが誇りだと言わんばかりに顔を上げる。その顔は、どこまでも見覚えのある、忘れたくても忘れられない存在の面影が男に被る。父に愛された、幸せな娘の面影が。自分は決して欲しても得られることのない面影が。
彼女がどんな顔をしているのかは下を向いて、男にさえ見えない。目の前に立つ男は、彼女が顔を上げるのをゆっくりと待つ。無理に上げさせようとしない、ただ待っているだけなのだ。
変な男、変な男、変な男、変な男、変な男、変な男、変な男、変な男―。
動く気配はない、多分彼女が動くまで男は動く気配はないのだろう。ここで顔を上げない限り。薬は、無い。無理に笑顔を作ることはできるだろうか、いや、やるしかない。大丈夫、私は大丈夫。こんなことで動揺なんて、今更。でなければワタシは今まで何故ここに……。
「BL」
は、と顔を上げる。
そこには、【希望の戦士】という名の二人目の男が居た。いつもの男の表情だ。見るものを何処かに安心させる、そんな笑みさえ浮かべている。
「きぼ……」
「俺の大好物がもう一つあった。それは好きな人の笑顔、だ」
「な……!?」
言葉は虚空にかき消される。目が、合った。瞬間の温もりに包まれる。その直後には平手打ちされそうになったのをそのスピードと同速でかわす男。
「地獄に、落ちなさい!!」
男が駆け出していく。何事かを言っているのを聞かないようにした。BLはその後姿を追いかけようとはせず、その場に立ち尽くし後姿が視界に入るのを待つような真似はせず、くるりと振り向いて反対方向へと歩いていく。そして、最後の言葉が耳に反芻される。BLは、それから数歩歩いてその言葉を忘れることにした。
彼女が、それを思い出すのは最後の最後。彼とRB越しに対面する、その時まで―。
06/04/30〜06/09/10 WEB拍手掲載
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