【019 和菓子 -JAPANESE SWEETS- 】(東京魔人學園外法帖/男主/陽サイド)



「龍斗さ、いつもあんがとの〜」

 この江戸は内藤新宿にとどまるようになってから、よく行くようになったのは蕎麦屋の久寿庵に、王子の如月骨董品店。そしてもう一つは内藤新宿に移転したこの茶屋である。最初に連れられていったのは藍と小鈴だった。

「美味しいお団子屋さんが出来たんだ、緋勇クンも一緒に行こう!」

 半ば強引に連れ去られるかのように引きずられて、出会ったのは甲州街道で自分を気にかけてくれた前髪を目の辺りまで落とした、けれども滲み出る雰囲気の柔らかい、素朴と言う言葉がよく似合う少女の姿。名を尋ねれば花音、と答えた。
 江戸は菓子も美味い所だと言っていたのは誰だったろうか。昔から甘いものは好きだったが、甘いものなど殆ど口に入らない生活で育ったのだからもっぱら口にするのは柿などの果物か山に生えているもの、花の蜜が殆どだった。時折貰う飴など、口にするだけで顔が緩んでいたあの頃の自分からすれば、今の生活は夢のようだと思うのだろう。
 実際、ここの茶屋の菓子は甘すぎず、それでいてまた食べたいと思わせる。それがこの茶店の人気の秘訣だろう、しかし、それだけでなく本人は気がついていないであろうが茶屋の看板娘・花音もそれに一役買っている。菓子の味と彼女がもたらす雰囲気が相極まりこの茶屋を形作っていた。

「緋勇クン、どうしたの?」

 気がつけば、向かい側に座っていた小鈴が少し眉を潜めて俺を見ている。何処か気遣わしげなその表情に少し、小首を傾げるようにして気がつかないように振舞う。最近、そのような仕草が上手くなったようにも感じて奥底で苦々しさが走る。

「この団子、美味いなってさ」
「あ、分かる分かる。美味しいものを食べるとホント幸せになってぼぉっとするんだよね。僕も良くあるよ」
「うふふ」

 闊達という言葉がそこに具現したかのような表情の小鈴の隣で、微笑ましそうにその表情を見つめる藍の姿がある。




「そう団子団子ばかり言ってるうちはまだまだ“坊や”さね」
「うるせぇ、美味いもんは美味いんだよ。それに御屋形様だって甘いもの好きだぜ」
「それとこれとはまた別さ」




 ふと、脳裏によみがえるその会話。
 目の前にはもう少し妖艶さを秘めた美人に、どこか子供の風体を残した負けん気の強いあの少年が一方的にやり込められているその姿を俺は今の藍のように眺めていた。そう、今もこの場所に座って夏でも冬でも暑い茶をすすりながら。
 そういえば、あの人は酒もたしなむ割には甘いものが好きだった。時折探索や情報収集の為にあの村を出たときには、必ず皆あの人の為に甘いものを持って帰った。何時の日かは皆が皆団子やら饅頭を持って帰ってきたので、食いきれず村の子供たちにも分けてやったこともあった。
 京都に行ったときは、們天丸が一見さんお断りの店からわざわざ菓子を買って振舞ってくれた。あの時は九桐でさえその味わいに感動していた。長州に行ってきたという火邑もその土地の土産菓子を買ってきてくれた。奈涸もお得意さんから頂いたと言ってはかすていらや金平糖などの南蛮菓子を持ってきてくれた。嵐王は「最中の月」がお気に入りらしく、出かけるたびに買ってくるように頼んでいた。泰山はよく大きな饅頭を持ってきたっけ。クリスは故郷の菓子が食べたいと言っていた。妹の作った西洋菓子はそれは美味かったらしいが、この国では中々手に入りづらいと言っていたな。ああ、そういえば御神槌が一度それを文献を見て真似て作ってみたっけ。それはクリスも感動していたなあ。牛の乳やら使ったものだったみたいだけど。弥勒や雹、比良坂はいつも少しずつそれを食べていたっけ。桜餅、金つば、大福餅、おこし、せんべい、切山椒…
 口に広がる団子は、いつしか思い出すたびその味に姿を変えていく。それと同時に思い出されるあの時の記憶の断片。



「緋勇さん…?」

 瞼に浮かぶ小さな雫に、小鈴と藍が目を見開いている。

「あ、すまな…」
「何処か具合でも悪いの?」

 気遣わしげに視線を寄こす小鈴と、懐から薬を取り出そうとする藍に手間かけまいと俺は素早くそれを拭うとおもむろに皿に残っていた団子を一気に口に放り込んだ。

「大丈夫だ、ここの団子が余りに美味いから」
「本当?」
「もう、緋勇クン大げさだよ〜」

 まだ藍は何処か疑っているようだが、小鈴が笑い飛ばしてくれて助かった。
 誰にも気づかれてはいけない。
 この胸に残る記憶は、前髪で隠されている額の傷と同じくまだ生々しさを遺して気の緩んだ隙間に何どでもよみがえる。それがあの時一人だけ時を越えてた、今現在ここに居る俺自身への罰なのだろう。そしてそれはまだ風化を許すことさえしないのだ。


甘い筈の団子が、喉の奥でほろ苦さを残して引っ掛かりを覚える。
その苦味が消えて飲み込めるのは、多分再び出会うその時― 俺は根拠の無い確信を覚えていた。

04/09/14〜04/10/07 WEB拍手掲載

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