【018 味見 -TASTING-】(絢爛舞踏祭/舞踏子&ノギ)



 きっかけは、その一言から始まる。
 舞踏子は食堂のランチプレートを見ながら、ほぅ……とひとつため息をつきそうになった。

「あー、味噌汁が飲みたいなー、納豆ご飯が食べたいなー」

 小声で、つぶやくように。
 夜明けの船の食事がまずい訳ではないのだ。日によって変わる食事は美味!! と言うまではいかないが、飽きのこない代物ではあった。だが、どうも違うのだ。小カトーは昔はもっとメシ作るの美味い奴が居て、でもまあ今の食事もマシなものだと言っていたし、そもそも物が食えるだけで有難いんだということは判っている……筈である。だがちょっと恋しくなったのだ、故郷の味が。
 そして出てきたのが上のような言葉である。あっつあっつの豆腐の味噌汁にどんぶりいっぱいのご飯に納豆。ちょっと、実家の味が恋しくなったのかもしれない。

「ほぅ、希望の戦士はそういう物が好きなのか?」

 バッ、と振り向くと後ろにはランチプレートを持ったノギの姿。うわ、聞かれたくないところを聞かれてしまったと舞踏子はとりあえず誤魔化すように「えへへ」と笑って挨拶する。

「向かいに座ってもいいか?」
「は、はい。どうぞ」

 ヘイハチロー・ノギことノギ少将は最近この夜明けの船へとやってきたばかりである。たまたま立ち寄った都市船にてニャンコポンとのやりとりからこの船へとやってきたのだ。しかし、話には聞いていたものの、太陽系総軍内でも有名な軍人が、親の不始末だとか言ってやってきたのだから最初は誰も彼もが驚きと混乱を隠せなかったらしい。というのがヤガミから聞いた話だった。
 もっともヤガミが太陽系総軍の軍人という設定でこの義体を作ったのだから、まあ同じ太陽系総軍ということで触れ込んではおいているようだが。だから、先日ドランジさんやハリーさんらに話を聞かれたときは冷や冷やしたものである。
 まあ、今はそんなことを考えている暇はない。とりあえずは、向かいに座っているノギに対して何を話したらいいか考える。天気の話…はあり得ない。人間関係について……も多分まだ人間全員把握していないだろうし、ゴシップとか噂話も怒られそうだ。
 まあ、いいや。
 とりあえずご飯に集中しよう。何も聞かれたら「食事のときは黙って集中して食べましょうって躾けられたんです」とか言っておけばいいか。思考を食事の方へ持っていこう、うん、そうしよう。

 ああ、でもこの沈黙が気まずい。

 普段から、黙って一人で食べているので、他人と一緒にご飯を食べるのは気まずいのだ。同性とならまだ大丈夫だが、異性と共にとなると何を話していいかわからない。しかも自分の父親とほぼ同年代となると更に何を言っていいか判らない。




「君は、地球に住んだことがあるのか?」

 突然のノギの質問に、舞踏子は顔を上げてノギを見る。あんまり慌ててうっかりと側にあったカップをこぼしそうになる。間一髪で間に合うものの、これでは緊張というか動揺しているのが丸バレだ。

「あ……昔、一応」

 嘘だ。舞踏子は、というかその中身は生粋の地球生まれの地球育ちである。一応他人に聞かれたときはそう答えておけ、とヤガミと合議の上の口裏合わせなのだが、ここできちんと出てきて良かった。
 ノギの眉毛が少し動いて、それから口の端が眉毛に同調するかのように下がった。ああ、笑い顔を初めて、見た。

「そう緊張しなくてもいいだろう。私も地球生まれの地球育ちだ」
「そうなんですか」

 それから、ハタ、とノギの会話を思い出す。私も? 私も同じ?
 舞踏子は顔を上げてノギの眉から視線を全体へと持っていく。

「ふむ……よく出来たというか精巧すぎるぐらい、精巧だな。あのヤガミとかいう奴と同じぐらいだ。流石に太陽系総軍内で火星に居る【希望】がアンドロイドだとは誰も知らないだろう」

 ノギの腕がまず、舞踏子の顎を持ち上げる。そらから顔と体全体が舞踏子の方へと近寄っていった。

何故、それを知っている。

この目の前の男は、何者なのだろうかと。その殺気に近いような警戒を全身に漂わせながら、舞踏子は右手のフォークを握り締める。

「ああ、警戒は不要だ。君のことは、母と、その執事から聞いている。ヤガミという男のことも。私はこのことを他言する必要もない。声をかけたのは、個人的興味からだ」
「個人的、興味って何ですか」

 とりあえず現在は夜明けの船にて生活を共にするのだから、と舞踏子は自分に言い聞かせて、声色をいつものように落ち着かせようとする。

「いや、先程呟いていた言葉が聞こえてしまってね。味噌汁が何とか……」
「ああ、そのことですか」

 どうやらまあ、不埒な動機ではないらしい。そして先程の呟きのような愚痴を聞かれてしまったらしい。少し体が火照ってくる。

「たまには、和食が恋しくなる」
「ああ、そうでしたか……あ。そういえば今度作りましょうか? 幸いまあ火星には材料があるようですし」
「ほう……楽しみにしてるよ」

 言ってしまってから、しまったか? とも思ったが約束してしまった以上、それを反故にする訳にもいかない。生来のお節介気質が、ここに顔を出してしまったのだ。もともと料理は簡単なものであれば可能だが、得意というか人に振舞うほどの腕まではないのは本人が一番、わかっている。

 そして舞踏子はそれから特訓の末に、味噌汁と納豆を中心に和食を作ってはノギ少将に試食をさせるという手段に出る。最初は何度か失敗したものの、何度か繰り返すたびに、ノギ少将の好みを覚えてしまう羽目となってしまった。まあ誰かに喜ばれるのは悪い気がしないし、美味そうに食べてくれるので再び作ることになる。食から人を知るというのも、まあ、それはそれで悪くはない、と思い始めてきた。
 そういう日々を繰り返していると、周囲はあの二人が出来ているのではないかと、噂が広まっており、気がついていないのは本人達だけだったりするのは既にお約束のようなものであった。

「味、薄すぎませんか?」
「それ程でもないだろう」
 良かった、と表情を綻ばせる舞踏子と、向かい合うノギを遠目から見て歯軋りをしている眼鏡がいるのは、また別の話。




06/06/18〜06/07/07 WEB拍手掲載

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