【016 空腹 -HUNGER-】(九龍妖魔學園紀/阿門&主)
狼は、羊の群れに突然現れました。
狼は、あらいざらいに食べつくし、嘗めつくし、呑みつくし、骨一本すら残さずに、綺麗に。それは綺麗に食べきって持ち去ってその場から消えていきました。
それでも羊達は何も言いません。それどころか、全てを食べつくした狼に感謝の言葉すら述べているのです。羊達は食べられることを望んでいたのでしょうか。それは狼には何も分かりません。けれどもそれが望みだったとしたならば、羊達は幸福だったのだろうと羊飼いは、綺麗に片付けられた牧場を見て思うのです。それから羊飼いは大きなため息をついて、それから来年の羊はどんなのがいいか考え始めたのです。
「何の話だ、それは」
「結構面白い話だろ」
何時の間にか生徒会室のソファーに寝転がっている男に苦虫をつぶしたような顔そのものと言える表情をしながら、阿門は先程神鳳が作成した手元の書類に目を通す。そろそろ冬休みが終わりに近づいている昨今。新学期に入れば時期生徒会役員及び執行委員の選出が始まる。冬休み期間とは言え、生徒会役員はその準備も兼ねてこうして学園へと顔を出すことが多かった。全国各地から集まっている生徒会役員の為、冬休みは地元に戻るように促していたが皆数日だけ戻っているようである。一番の遠隔地である神鳳は流石に他の役員よりも長い休日を貰っているものの、阿門はこの学園に自宅があるためそのようなものとは無縁であり、こうして学園へと顔を出している。
ソファーに寝転がっている男、葉佩は先日の件以来、次の仕事が入るまで僅かな休暇を貰ったらしく寮かこの生徒会室へと顔を出すようなっていた。既にこの生徒会室を根城にし出したらしく、ソファーには自分用の毛布を持ち込んでまでくるようになったのが問題の種となり始めそうである。鍛錬の為といいながら、《墓》へとつれまわされたり暇だといっては屋敷の方へと顔を出すようにしている。今日はこの生徒会室へとやってきては毛布にくるまり横になっていた。
「お前に作家の才能があったとはな」
「うんにゃ、単なる思い付き。育ててくれた人はそういう御伽噺とか色々と教えてくれたけれども」
葉佩の返事を聞きながら阿門は書類に視線を戻した。そういえばこの最近、毎日のように葉佩と顔をあわせる生活が続いていると阿門は思う。大体葉佩の方から何かと用事をつけてやってくるためだが、寮には何人かは残っているだろうし、そちらと過ごして居ればいいのだろうに、こうしてやってきては阿門を引っ張り出したり、かといえばこうして何もしないでも顔を見せている。今日は昨日は《墓》に行ったから眠いといってここにやってきている。もう出入りを許可したのだから昼間にでも行けばいいだろう、と言えば葉佩曰く。
『今までずっと夜に潜っていたから、昼に行くのはそんな気が起きないんだよ』
と返事を返されてすぐ居座る為に無下に追い出す訳にもいかない。その程度には葉佩という男に関して許容するようになってしまっていることに阿門自信すら気がついているのかは本人にすらも分からない。
同じ空間にいても、それぞれがそれぞれのやることを行っており、たまに葉佩の方から思いついたように何か二言三言交わすだけで、そう会話を交わすわけでもないのだが、不思議と昔からそうだったような落ち着いた雰囲気が漂う。多分これは阿門にとっても葉佩にとっても居心地の悪い代物ではないのだろう。外から日が差して、中々昼寝には丁度いい気候だった。
「なあ、阿門」
「何だ」
「次の仕事が入った」
仕事が入った、それは葉佩がこの学園を去ることが確定したことだ。阿門は書類から視線を外さないまま次の言葉を続ける。
「いつ……だ」
「明日」
それでもまあ一日余裕をくれたようなものだよ、と笑う。とりあえず明日の朝にはもう行かなきゃならないから今晩ちょっとお引越しの準備して忙しいなあ、あの荷物だらけの部屋なんて、纏めるの大変なんだよなあ。と葉佩は急激に多弁と化した。
「他の連中には言ったのか」
「うんにゃ。その辺は上手い所説明しておいてよ」
「最後の後始末は俺なのか」
そこら辺は、頼むよ。と両手のひらを合わせて拝み倒すようにする葉佩。葉佩は誰にも言わずに出て行くのだろう。そしてそれを聞かされる他の人間のことも、その後の叱責も説得も全ては阿門の仕事となるのだろうと、そう思うと額の血管が浮き上がりそうになる。そして一つ大きなため息をついた。
「心配してくれるのか?」
「その必要は無いだろう」
言葉には言葉で返して、葉佩はまあ俺のことだから大丈夫かもしれないし、そうでもないかもしれないけど、阿門が信じてくれるなら大丈夫、頑張ってくるよといつもの人好きのする笑みをふわりと向ける。そしてその瞳は既に次の遺跡へと向かっているのだろうか戦いを前にしたあの時のように、鋭く光を帯びる。
阿門はその姿を見て、先程の葉佩の話を思い出す。
葉佩の本質は《宝探し屋》という性質を備えた獣であり、狼。それはいつも空腹で《秘宝》を得る為に遺跡と言う遺跡を食いつくしにいく。そしてそのついでにでもとばかりに関わった人間の《闇》さえも貪欲に喰らい尽くし求めるものを得るのだろう。それは本人でさえも気がつくことの無い代物で、その為には危険すらも厭わない男だと思うのだ。そして阿門も皆守も葉佩に関わった人間は全てを喰らい尽くされ、それでもそれを幸福だと思うのだろう、羊のように。狼はそれさえも糧にして、そしてまた進んでいくのだ。
「どうした?」
気がつけば、考え事をした阿門の目の前に何時の間にか葉佩が顔を近づけていた。
「お前こそ、どうし……」
言葉を終える前に顔が近づき、唇の触れ合う感触が伝わった。それから離れていく感覚が伝わって、葉佩は口の端だけをつりあげて笑う。
「餞別」
短くそう告げると、葉佩は阿門の首に手を回し、体を預ける。阿門はその背に軽く腕を回しかえすと驚いたように、葉佩が顔を上げた。視線は何処までもまっすぐに阿門を捉えてくる。喰らうなら、喰らいつくせばいい。ただ、簡単に喰らい尽くせると思うな。
「餞別、なのだろう?」
そう言い返すと同時に、ようやく葉佩の顔が笑み以外の感情を表すのが少し愉快だと阿門は思うのであった。
05/11/15〜06/08/07 WEB拍手掲載
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