【015 フルーティー -FRUITY-】(ガンパレード・オーケストラ/速舞)



 その香りは、過去を思い出させる。
 1年前のことだというのに、過去というのはまだ早いのかもしれないが、それは今日を過ぎ去った上では既に過去であり、懐かしくは思うものの振り返ることの出来ぬ昔の出来事を、脳裏に思い出させるのであった。

「芝村……あ、舞さん、荷物が届いているのですけど……」

 荷物だと? 芝村と呼ばれた少女は一瞬首を傾げる。声をかけてくれた神海に礼を言って荷物を受け取りにいく。神海の言葉の歯切れの悪さが若干気になったものの、それは敢えて思考の外から外すことにした。
 舞に荷物を寄越す人物の数は片手にて足りる。それも舞自身を特定した荷物を送る人物など限られている。舞は、荷物を寄越す人物を想定して、少しだけ足を急がせた。



 外が、騒がしい。見れば結構な数の学兵が居る。何の騒ぎだと思ったがそれよりも荷物が優先するため無視して駆け出そうとする。

「まーいーさーん!!」

 聞き覚えのある活気のある声。あれは斉藤か。その他にも沢山の人間が集まっている。荷物のほうが気になるが、呼ばれれば行かぬわけにもいかない。舞は方向を急転換させると、斉藤の方へ向かっていった。

「何の用だ」
「見てくださいよ〜。これ、舞さん宛てですよ〜」
「なぬ」

 見ればそこには大きなダンボールがいくつも積まれている。あまりの量に一瞬口が塞がらなくなる舞。奴だ、奴以外にこんな真似をするはずがないと思えば、舞の脳裏にうれしさと恥ずかしさが一度にやってくる。そして配達してきた人間が、舞のほうに向かってやってくる。
「芝村舞さんですか」
「うむ」
「これは直接渡して欲しいとの命令でして」
「わかった」
舞は受領書にサインをすると、小さな包みを受け取った。舞はこの騒ぎに乗じて一人その場から離れると、慌てて包みを開ける。そこには、ぬいぐるみと手紙が入っていた。

−舞へ

 舞、元気? この間送ってもらった写真を見て作りました。気に入ってもらえると嬉しいな。あと、リンゴをいっぱいもらったので舞に食べてもらいたくて。
 寂しくない? ちゃんと眠れてる? 舞に何かあったら(本当はなくても)広島へ飛んでいくからね。

大好きな舞へ 厚志−

  毎日送られてくるが、今日も変わりないこっぱずかしい内容の厚志からの手紙に、舞は顔を真っ赤にさせながら。それでもきちんと4つにたたんでスカートのポケットに入れるともう一度荷物の方へ向かう。
 厚志。今は青の厚志と名乗っている彼は、彼をよく知っている人物から言わせれば『あっちゃんはまいちゃんにめろめろなのよ』であり、舞の方がどう思っているかと言えば『まいちゃんはあっちゃんにめろめろなのよ』である。つまりどうでもいいがこの二人何処までもお互いを好きすぎて周りのほうが大変なのである。
 まだ開封されておらず、人ごみの耐えない場に戻る。

「ああ、芝村さん」
「善行か」

 善行がこの騒ぎの中、舞に声をかける。隣には従兄弟である英吏の姿も見えた。

「彼の仕業、ですね」
「すまぬな」
「早くこの騒ぎを鎮めてくれ」
「ああ」

 言われなくとも、判っている。舞は群集の真ん中に立つと、声を上げた。すぅ、と息を吸う。

「皆のもの、青森よりリンゴが届いた。これより全員に配給する。順番に並べ!」

 それから集団の中に居た、金城・荒木・神海らを見つけ声をかける。

「すまぬが、こちらを部隊の皆に。それでも配分が余るのでこちらは我らで村の人員へ配りに行く。それでいいな、善行、従兄弟殿」
「ええ、食料はあるに越したことはありませんが食べきれない食料を腐らせるよりはいいでしょう」
「同意します」

 誰も舞の意見を却下しない。それもそうだ。届いたリンゴはおおよそ見積もって300キロ。ダンボール1箱に最低40個(15キロ)入ったとして20箱。800個のリンゴを全員で食べきろうとすることが間違っている。人間、リンゴだけで生きていける訳ではないのだから。部隊のほうも、女生徒の采配で適切な量が適切に配給される中には量を争うばか者どももいたが、その程度なら上手くやってくれるはずである。
 村へ配るリンゴの方はどうするか善行に相談を持ちかけると、瀧川君が暇そうですから手伝ってもらうように伝えておく、と善行の方から言われる。それから小声で。

「はやく彼に返事を書いてください。そうでないと無線で問い合わせがきますから」

と、半ば諦め顔で言われた。舞も同様に、ため息をつく。以前、手紙の返事を数日遅らせただけで軍の無線をハッキングした経歴がある。そのときの理由は『返事が来ないから怪我したかと思って、心配したんだよ、舞〜』である。あの時は恥ずかしさで死ぬとはこういうことなのだと身をもって実感した。
 早くしないと、舞さんの分なくなりますから先に持っていってくださいね。と神海から手渡されたリンゴと厚志からもらったぬいぐるみを抱きかかえて誰も居ない会議室へと向かう。以外に今なら誰も来ない。
 ふと、リンゴの香りがしたような気がした。リンゴは普段なら皮をむいたり焼いたりしない限りそんなに強くは香らない。ならばこの香りは……と舞はあちこちにおいをかいで見る。そして納得。ぬいぐるみ、竜造寺の雷電のジジから仄かに香る。きっと生地に匂いが馴染んでいたのだろう。微かにシナモンの香りもして、昔よく熊本で食べたアップルパイを思い出した。

 ああ、またあのアップルパイを食べたいものだ。厚志と二人で。返事を書きながら、そのことも付け加える。多分、その辺りも向こうも考えているに違いない。予想以上の贈り物の礼に、いつもよりも若干長めに返事を書くことにした。
 そして気づく。届け先にここの住所が記載されていたことを。そして私の居場所がわかったのだな、と舞はにやりと笑った。

 ならば再会する日も遠くない。
 奴が居場所を知ったのならば、ここに来ることは間違いない。久しぶりにモニター越しでない再会が出来るのだ、と舞は不適に笑みを見せたのであった。




06/06/18〜07/05/15 WEB拍手掲載

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