【013 ひんやり -COLD-】(九龍妖魔學園紀 阿門←主)



 屋上で、流れ行く雲と空を眺めながら考える。

 11月の外は、流石に風が冷たくなってきたがこの陽気なら大丈夫だろうと思う。コウは保健室で寝ていることを確認し、俺はひとり屋上へと向かった。

 ああ、本当にいい陽気だ。

 授業は自習となり、各々が勝手にしているのだから俺一人がいなくなっても何も世界は変わらない。八千穂辺りはまた俺もコウもいないのだと騒ぎ立てそうだが、それはそれで八千穂は八千穂で上手くやっているだろう。後でちょっとお節介な彼女の小言とそれに付随する必殺スマッシュの標的になるのは少し心臓に悪いが、こんな時間は滅多に無いのだから有意義に使わせてもらうことにする。有意義と言うのがこのように使うことなのか、と言われればそれまでだが。
 こうして一人になるのは久しぶりのような感じだ。そういえば、いつも俺の周りには誰かがいて、最近ではそれが当たり前のような日常のような気もしていたがこうして見れば、それがこの《学園》と言う名の特殊な場所での特殊な事象であることを改めて認識させられる。自分と同じ年代の人々の集う群れの中に居るはずなのに。自分が改めてその《日常》にそぐわない《異質》であることを感じさせる。


 誰かが言っていた、この《学園》は異常だと。ならばその《異常》の中に存在する《異質》たる自分は何なのだろうか、と。


 自分が何者かであることは俺自身にも分からない。俺は新人の《宝探し屋》で、葉佩九龍。それ以外でもそれ以上でもない。だから、俺は葉佩九龍である以上のことは出来ない。俺に出来ることは解放でも救済でもない。出来ることはただ、罠を乗り越え、仕掛けを看破し、ただ、先へ進む為に己の力を尽くすのみ。その先にある、宝を。ただそれ一点を目指すのみ。
 秋の空は乙女心だよ、と言ったのは八千穂だっただろうか。俺らしいとも俺らしくないとも言える、このセンチメンタルなこの思考はこの空も関連しているのだろうか。こんなに澄んでいるというのに、何処か物悲しいこの空は。俺は、空をもう一度だけ眺めるとゆっくりと立ち上がった。何処までも遠くて、何処までも高い。それからふらりとフェンスの方へと足を向ける。学園が一望できるこの景色を俺は何度眺めてきただろうか。




「阿門様」

 名が、耳に届いた。それから声が入って、姿が視界に映った。そして自嘲めいた笑いをひとつ。眼下には、見知った後姿があった。それから隣にもう一人の見知った姿。もうその名にさえ反応するようになっている自分自身は滑稽なのだろう。眼下にて歩く人物の姿を視線で追い続ける。
 そう言えば、あの時と立場が逆だ、と思いだす。初めて会ったのは逆光の月の光の下だった。あの光景は、今でも記憶の何処かに残っている。そのイメージはまだ新しいためなのだろうか。それから、ほんの小さな関わりや、言葉や動作を思い出す。
 ゆっくり歩いていく。自分の視線になど気づかずに。その姿は小さくなろうとしていく。気づかない、そのまま行ってしまえ。

「振り向け」
「俺に気がつけ」
「俺を、見ろ」

 けれど、小さな言葉は願いと裏腹に。それもみんな秋の空のせいにしてしまおうかと思う。この願いは届かない。この声は届かない。けれど、もしも。



もしも届いたならば。





「葉佩……」
「何か言いましたか? 阿門様」
「いや、単なる独り言だ」
「独り言、ですか」
「報告の続きだ」
「はい。3学期の……」




 この偶然が、単なる偶然で無いのならば。俺に出来ることは、ただ一つ。
 俺に出来ることは《宝探し屋》であること。秘宝を探すこと。それが全ての終結点であるならばそれを目指すこと。それしか出来ないが故に、それに集中するだけだ。ならば後はどのような障害も乗り越えるだけにすぎない。そしてその為の方法を知っているのならそれを全てを使うだけだ。
  もう一度だけ、空を眺める。秋の空は、余りにも青く澄みすぎて、物悲しい。吹く風も冬の寒さを思わせてひやりと冷たさを感じる。けれどその差し込む光は何処か柔らかく温かい。それは何処か男の姿そのままのようだと思うとおかしくなった。

 授業の終わりの鐘が鳴る。
 俺は、少し冷えた体を震わせて、次の授業へと向かった。




05/11/05〜06/03/16 WEB拍手掲載

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