【012 お行儀悪い  -RUDE- 】(転生學園/伊波&若林)



 ふう・・・
 伊波が一つ、息を吐き手にした書類を一つにまとめる。

「伊波さん、お疲れ様です」
「マコもお疲れさん」

 若林も丁度終わった所だと、そう言いながら、手にしていたお盆と飲み物を差し出した。どうやら、先程職員室のコンロを借りてお茶を入れていたらしい。天照館では生徒会中心となる行事も多く、夜遅くなることもある為に特別権限としてこう言ったことが出来るらしい。伊波が生徒会に入る前から、若林は那須乃の付き人として生徒会に入っていたので時々こうやって皆にお茶を入れることがあったのだと以前聞いたことがあった。
 大体、こういう役回りをするのは紫上嬢か若林の仕事だ。那須乃ではありえないし、九条がこういうことをするとは到底思えないし、それを言うなら宝蔵院先輩など更にありえないし、そういう役回りが出来るとなればやっぱりどちらかなのであった。

 伽月は今日は詩月の調子が良くないから先に戻っていて、琴ちゃんはもう既に疲れたのか机に突っ伏して眠っている。那須乃も宝蔵院先輩も紫上嬢も対外的な用事があるとのことで席を外していた。
 別に、その仕事はどうしても今日やらなければいけないという代物ではないが、それでも早く片付けておくには越したことは無いのでこうして残っているのである。一人でやるのかと、少々気が重かったが、そこに何故か忘れ物を取りに来た若林がこうして付き合ってくれて予定外に仕事は早く終わる。

「マコりん、那須乃さんと一緒でなくて良かったのか?」
「ええ、今日は一人になりたいから・・・と仰いまして」

だから今日はこうしてここで手伝っているのだと告げる若林。琴ちゃんは最初は手伝ってくれていたものの、それでもやはり単純なこの作業は疲れるらしく先程うとうととし始めたと思ったら、寝てしまっていたので起こさないでそのままにしておく。

ふと、差し出されたお茶の横に小さな菓子が上がっているのが見えた。



「マコ。これ?」
「ええ、先程夏子先生がお土産よー、とかいって御裾分け頂いたんです」

 それは小花の散りばめられた和紙にくるまれた菓子で、伊波はそれを開けてかぶりついた。中にはひんやりとした生クリームが入っているが、しつこくない。さっぱりとしたヨーグルトのような風味のクリームで外側は求肥でくるんでいる。
 どうやら数種類の味があるらしく、若林のは抹茶味だったそうだ。ただ、美味いのは美味いのだが、欠点としてはクリームの量が多かったせいか一口で食べないと手にクリームが漏れてしまうということだけだ。案の定、若林も伊波の指もクリームがついていた。

「今、拭くものを・・・」
「いいや、勿体無いし」
「え・・?」

 若林が立ち上がるその前に、伊波が若林の手を掴み指についたクリームを舌で舐め取った。指先に伝わる舌の感触と、触れた後のひやりとした感覚に気がつくと同時に若林が手を引っ込める。

「い・・・伊波さん!?」
「そっちにしておけば良かったかな」
「何が!?」
「抹茶味」

 そういうか言わぬ間に伊波がもう一度自分の指についたクリームを舐める。

「やっぱり、そっちにしておけばよかった」

 眉一つ動かすわけでもなく、ただお気に入りが食べられなかったので残念そうな伊波とは対照的に、顔を真っ赤にして、動揺を隠せない若林は可愛そうなぐらいに混乱しているのは明らかだ。
 しかし、その後若林から出てきた言葉に伊波が今度は苦笑をもらすしかなかった。




「伊波さん、欲しいなら欲しいってちゃんと言ってください。お行儀悪いですよ」




 余りにも予想外の反応に、伊波は腹を抱えて笑うしかなく、何処までも人の良い、人を疑わないような若林に、そのままでいいのかもしれないと思うと同時に。やられたとしか言いようが無く。だから、最後に一言だけ付け加える。

「じゃあ、俺がマコりんを欲しいって言ったらくれる?」
「那須乃さんが、いいと言ったらいいですよ」



 ああ、勝てない。勝てない。
 自分は何処までも若林には勝てないと思ったら、それはそれでもいいと思う。

 更に大きく笑う伊波に、若林は不可思議な顔をしたままで。その声に琴音も目覚めたのか、意味も分からず伊波につられて笑い出し。若林は更に不可思議に小首を傾げたのであった。




04/07/26〜04/09/15 WEB拍手掲載

お題TOP