【009 ほっとひといき -TAKE A BREAK-】(絢爛舞踏祭 ノギ←舞踏子)




「あー、つっかれたー」

 大きく背をのばして、ソファーに腰をかける。座った際にドスンと音がしたが舞踏子はそれに気が付かないようにしている。元々重量200キロの舞踏子が座っても大丈夫なソファーを探すのは大変だった、と以前ヤガミが言っていたようなこともあったが、既に舞踏子の脳内からそのコメントは消去されている。
「やあ、ラッキーアンドロイド」
「あ、ノギさん」
 目の前に立つのは、太陽系総軍の将軍にして、火星解放戦線の最大の敵とさえ目されたノギ少将ことヘイハチロー・ノギ。最も今は、この夜明けの船の一クルーとして乗船し太陽系総軍と戦っているというのはどう見ても皮肉としか言いようがないが。
 舞踏子は、首を傾けて礼をすると首を上げてその姿を見る。両手には紙コップを持っている。ノギが無言で差し出すと、舞踏子は軽く礼を言って受け取った。中身は給水機の水である。まずいコーヒーよりはいいか、と思った。
「隣、いいか」
「ええ」
 舞踏子が少し位置をずらすと、その隣にノギが座る。
 何を話をしようかと考えながら、話題のネタを記憶の何処かから引きずり出そうとする舞踏子の隣で、突然ノギが舞踏子の方に面を向ける。
「今日もまた派手にやったようだな」
「あー、そうなんですか」
「まるで他人事だな」
「あんまり、ものに執着しないのかも、しれませんね」
 戦闘するのは、既に楽しいとか楽しくないとかそういう感情内のレベルのは彼女の中にはない。彼女がRBを操縦し、敵対する艦隊やRBを倒していくのは既に呼吸をするのと同じようになっているのである。最初、この夜明けの船に来たころの舞踏子からは既に想像も付かないようなことであるが、それが事実であり、風の妖精である。
 被害や死傷者や最低限度に抑えられているものの、自分が単なる目的の為にひとを、殺すということは彼女自身も既に自覚の範囲内に入っている。それを知りつつも彼女は戦うことしか出来ない。たとえそれが人同士の争いだとしても。もっと、別の舞踏子やホープならば誰一人傷つけずにこの火星に100年の平和をもたらすことが出来るのであろうと思うが、今この火星の海、夜明けの船にいるのは間違いなくこの舞踏子であり、ひとを殺しながら自分の身近の誰かが死ぬことに対しては悲しむ、彼女は。ひとらしい、ひとである。

「ねえ、ノギさん」
「何だ?」
「海の中で戦っている時って、敵の姿は見えないですよね。トポロジーの戦闘レーダーだけで敵の座標を掴んで、そして向かっていく。海中には、たった一人でいるような気分になる、それが世界でたった一人になった気分になったように錯覚する」
 舞踏子は、持っている紙コップに少し、力を入れる。ノギもかつてはRBに乗ったことがある。だからその感覚には覚えがあったが今は舞踏子が語ることをじっと聞いていた。それが、年長者の余裕とも呼べるものであったのかもしれない。
「けれど、けれどね。声が聞こえるの」
「声?」
そこでようやくノギが相槌を返す。舞踏子は、持っていた紙コップからノギへ視線を移した。現在ノギは飛行長の立場にあり、通信の際には必ず彼の声が聞こえる。
「みんなの声。それはここにいるみんなの、ここにいないみんなの。何処かの誰かの。それはとても沢山で、みんなとしか言えない声が」
「私の声もか」
舞踏子はその問いに頷きで返す。それから、再び口を開く。
「貴方の声が、一番聞こえる」
舞踏子の視線はいつも真っ直ぐに、人を見る。それしか知らないとでもいうように。それだけで十分かというかのように。
「それは光栄だ」
舞踏子から、視線を外し、顔を外す。それが照れているというのが分かるのは東原恵とニャンコポンと、舞踏子ぐらいのものだろう。このままだと、まあいつもの如く逃げられてしまうことは間違いないので、今日はちょっともう一押ししてみようかと思う。

 ちょっと、可愛らしくあまり力を入れて圧し掛からないようにして。舞踏子はノギの肩にもたれかかった。
「なっ……!?」
聞こえない振りをする。
「そ、そのような、破廉恥な真似は……」
口調がしどろもどろである。ああ、可愛いな、と思う。
「ちょっと疲れたので、肩を貸してください」
「へ、部屋に戻って休めば……い」
「じゃあ、膝枕でもいいですよ」
それ以上、ノギは何もいえなくなり舞踏子の我侭とも言える行動に為すがままにされている。
「15分だけです」
舞踏子は瞳を閉じたままなので、ノギがどんな表情をしているか実際に見ることは出来ないが、容易に想像は出来る。それが、ほんの少し楽しかったのか舞踏子は微かに笑っていたらしい。舞踏子にとっては何よりも安らげるひと時であった。



 後日、その姿は艦内の全員に瞬く間に広がり、ヤガミが本気でノギの移動を考え始めているのは誰も知らないことである。もっともそんなことをしたら舞踏子に3倍以上に蹴り倒されることは間違いないので、古典漫画宜しく、歯軋りをしながら見守っているだけであった。




06/03/08〜06/06/18 WEB拍手掲載

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