【005 はんぶんこ -HALF AND HALF- 】(頂天のレムーリア/茨城)
その、光の闇の精霊が細い糸のように溶け合うのを見て。
何故だか、涙が出そうになった。
繋いだ左手が、とても温かくて。
それだけで、いいと思った。
約一年前、山梨は意識不明の重態で生死の狭間を彷徨っていた。その間、彼の面倒を見続けたのは茨城である。思えば、奈穂に出会ってからこうして二人っきりでいるのは久方ぶりだと茨城は思う。奈穂に出会ってからは3人。それから岩手、青カモメ、赤鮭らと知り合い茨城の周りは賑やかになっていった。その間のことは、茨城の中でも忘れられない代物となり、あの時はそれがずっと続いてもいいかと思ったぐらいである。少し、昔を思い出してセンチメンタルになっているな、と思ったこともあったが、その思い出とはまた別な類であることも感じていた。茨城は分かる、というよりも感じるという方が大きかったのかもしれない。
奈穂が連れ去られて、良狼が連れ戻しに行くと聞いたときも、何も考えるまでもなくそれに同意していた。
しかし、こうして二人で居るようになっても山梨の関心はやはり奈穂のことばかりであった。元々言葉少なめではあったものの言葉は更に少なくなった。関心を寄せているのは奈穂の話になった時のみである。そしていつも海の、レムーリアのある方向を見ている。恐らく彼の心の中を占めているのは奈穂を助けられなかったという自責と、後悔のみであり、今の自分はまったく眼中にもない。それでも良狼が、あの時死ぬことが無かったというだけでも十分なのだろう。
奈穂のことは、嫌いではなかった。
彼女のことは面白いと思っていたし、嫌いでもなかった。本当に、彼女が良狼に好意らしきものを持っているのは薄々感じていたから、良狼ももうちょっと優しくしてやればいいのにな、なんてことも思っていたのだ。でもそんな二人を見ていると邪魔すらしたくなって二人の間に割り込むようなこともしていたけれども。苦笑でも何でもいい、二人の間に自分がいるのを確認したかったのだ。けれどこのままで良かったのだ。奈穂が、良狼を連れていなくならなければ茨城はいいと、そう思っていたのだ。
でも、奈穂がいなくなって二人っきりになってしまったことに対して茨城は喜びよりも物足りなさを感じる。良狼は茨城の『相棒』であり、半分であるのと同じはずなのに山梨は奈穂のことばかりを考えている。
(一体僕は良狼の何なのだ。相棒の癖に一人でいつも抱えてしまってるじゃないか。)
そう、時々愚痴めいたことを思ってしまうが、それだけは口にしないことにした。思ったことはいつもなら直ぐ口にしてしまう茨城だが、それだけは言わないことにした。他にも色々愚痴めいたことが胸の中に渦巻くのだが、それを口にしても良狼も、茨城も傷つくばかりで何も報われないことは分かっているからだ。今の茨城に出来ることは、良狼が再び旅立てるまでの、その間のこの生活を護り、楽しむことだ。彼が後悔の念に取り付かれようと、それに付き合って自分までが暗くなる必要はない。あくまで、どこまでも茨城は茨城であり、人との距離とのとり方が自然に出来るのが茨城、という漢の強みであった。例え、それが詭弁と言われようとも。
「相棒、いるよね」
「ああ、頼む」
だからあの時。本当に、その台詞で全てを許そうと思った。奈穂のことだけしか考えられない良狼だけでなく、自分のことを見てくれないと思った頃の自分も、全て。本当に1年の間、何度も何度も考えて、それでも良狼の側から離れられない自分にも、良狼を助けられない自分にも、今の境遇についても。色々思うところはあってきたけれども。それでも、その一言が。茨城を相棒として必要としてくれたことで、全てを許すことが出来ると思った。単純であろうと何といわれようと。それが本当に幸せなのかそうでないのか分からないけれども。
(僕は、山梨良狼の相棒だ)
そして、今まで絡み付いていた迷いを断ち切った。
それでも、良狼が奈穂のことについて話すたびにこの迷いも、再びまとわり付くかもしれないけれども。それでもこの男に相棒として認められることは何よりも優先すべき事項であったし、そうしていられるだけで、今はいい。これからのことはこれから考えよう。
「光と闇の、アンドローラ!」
こうして戦っているときは僕は良狼と一つになれる。だからそれ以外は奈穂を思っていてもいい。良狼にとっては僕も奈穂も半分ずつ必要な存在であって。多分彼にはどちらが欠けてもいけないと思いたいから。
だから、良狼は知らなくてもいい。僕が泣いたことも、こうして胸が痛くなることも。
彼は、知らなくていいのだ。
05/09/30〜05/12/25 WEB拍手掲載
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