【004 飴 -CANDY- 】(九龍妖魔學園紀/主&阿門)



 目の前で眠っているこの物体は一体何なのだろう?


 《生徒会》活動を開始する為に生徒会室の扉を開けた阿門の視界に真っ先に入ったのは、ソファーの上で眠っている人影。
 生徒会室は役員と執行委員以外は鍵を持っておらず、一般生徒は立ち入り禁止の区画となっている。それにも関わらずこの侵入者は生徒会室に入った上に、ソファーで眠っているのであった。
 阿門がその不届き者の正体を確かめ、起こそうと近寄ろうとすると同時に、声が漏れてきた。

「うん、皆守・・・もうカレーは勘弁・・・」

 意味不明の寝言を呟きながら、穏やかな寝息を立てて眠っているその不届き者の顔に阿門は見覚えがあった。
 3−Cに転入してきた《転校生》。転入初日から、禁止されている墓地に忍び込み、學園に隠された《墓》を荒らそうとした者。それが何故、こんな時間にこのような場所で眠っているのだろうか。
 当の本人が眠っているのに、理由を詮索しても意味が無い。それよりも起こしてこの部屋から出すことが先決だと判断した阿門は眠っている《転校生》を起こそうとして手を差し伸べたその瞬間だった。





「やめろ、駄目だ、行っちゃ駄目だ・・・俺を、俺を・・・一人にしないって・・・」

 突然の大声と同時に《転校生》は声を震わせている。それが夢だと言うことは直ぐに分かった。その声が、何よりも必死で、切なさを秘めていて聞いているこちらの方がいたたまれない。阿門も思わず《転校生》に手を差し伸べようとしてその顔を覗き込んだ。

《転校生》の目元に滲む水滴が、一筋になり流れ落ちる。

 それが阿門の視界に入った瞬間、起こそうとしたその手を一瞬だけ止めた。阿門はその手を引っ込めた代わりに《転校生》の耳の近くに顔を寄せると、一息吸い込む。



「起きろ」

 その瞬間、《転校生》の瞳が瞬時にして開かれる。流石に音には敏感に近いものがあると思いながら《転校生》の顔を見て立ち上がる。

「あ・・・」
「《転校生》」
「俺は《転校生》じゃない、《葉佩 九龍》だ」

 阿門の言葉を訂正して、ソファーの上で上半身を起こす。立ったまま見下ろしている筈の《転校生》の姿は、その視線が自分と同じ目線にあるかのような錯覚を感じた。挑むようなその視線に、阿門が生徒会長であることを知ってか知らずか、それを差し引いたとしてもこの《転校生》は面白い存在だと知らしめるかのように。

「ならば、葉佩九龍。一つ聞こう、何故お前はここに居る?
 ここは《生徒会》の人間しか立ち入ることを禁止しているはずだ」
「え、そうなの?」

 《転校生》が予想外と言うべき反応を示す。どうやらそれすらも知らなかったらしい。この予定外の《転校生》曰く、昼寝できる場所を探していたら丁度良い具合にソファーがあったので、邪魔をすることにしたのであったらしい。《生徒会》役員なら授業をさぼるような真似はしないだろうと考えていたらしい。

「アンタ、《生徒会》の役員なのか?」
「出なければ、この部屋にいない」
「そうか」

 少し考えて、《転校生》は何か思い立ったかのように阿門に声を掛けたのだ。

「ところで、俺寝言で何か言ってなかったか?」
「何も言っていないが」
「俺、寝言で結構変なこと言っているって、皆守の奴が言ってたんでちょっと気になったんだ。何も聞いていないなら構わない」

 知っている名前が《転校生》の口から出てきたが、阿門がそれを表に出すことはしない。ここで見たと言うことは互いにとってプラスにはならないことを、先ほどの《転校生》の表情から察せられたからでもある。
 その後、二、三質問した《転校生》はどうしようか考えている。それから何かを思いついたかのように、ガサゴソとポケットの中を漁っていた。そして、阿門の手のひらに何かを握らせる。

「とりあえず、迷惑料」
「必要ない。さっさと出て行け」
「ああ、悪かった。とりあえず貰ってくれ」

 《転校生》から何か貰うつもりは無いとつき返そうとしたものの、既に《転校生》の姿は生徒会室には存在していなかった。


―あれが今回の《転校生》か―


 阿門は、先ほどまで《転校生》が眠っていたソファーに座る。先程までそこにいた為か背中と尻の部分に仄かな温もりが残っていた。先程無理に手のひらに握らされた中身を確かめる為にゆっくりと開いた。



 綺麗な包み紙に包まれた小さなキャンディ。



 先程の無防備極まりない寝顔と、阿門に見せた存在感。相対する表情を図らずも見てしまい阿門の中で《転校生》の印象が強烈に焼き付けられるのを自覚せずには居られなかった。

「《葉佩 九龍》か。やれるものならやってみるがよい」

 さて、今回の《転校生》は何処まで持つのだろうか。久方ぶりに楽しめる存在に出会ったかのような高揚感が阿門を支配しそうになる。それは、口の中に広がるミルクの味と相まって、阿門を愉快にさせた。



04/11/18〜05/02/12 WEB拍手掲載

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