【003 餌付け -FEED- 】(九龍妖魔學園紀/主→阿門)
「今、戻った」
と學園の敷地内にある自宅に戻れば、迎えるのは親よりも長く側にいる厳十郎が出迎える。コートを脱いで預けて中に入る。
それがいつもの光景であり、自身がこのままである限り続くのだろうと思われる習慣でもあった。ただ、最近はそれが崩されているのを実感すると何とも言えないものがあるのではあるが。
「おかえりー、阿門」
原因はその声の主。
いつもどおりに食堂のテーブルに腰掛けて両手にスプーンとフォークを持っている。こちらの姿を認めれば右手に持っていたスプーンを高く掲げて振り回し、こっちに声をかけてくる。何処の子供だ、と怒鳴りたいところだが最初にそう言っても結局毎日同じような出来事の繰り返しとなるので既に止めた。
怒鳴ったり怒ったりするのはこの男には全く効かない。そういえば再三《墓》には近づくなと警告したにも関わらず彼の言うところである《探索》の為に墓にもぐり続けているのだから中途半端な威嚇やら警告などでは効かないのである。やるなら徹底的にやらなければ意味が無い。しかし、今の自分では彼をここから追い出すわけにはいかないのである。
彼は厳十郎の客であって、俺の客ではない。厳十郎は俺が夜間《墓守》としての仕事をしている間はバー『九龍』にてバーテンダーの仕事をしている。學園内の施設でありながら、学生は殆ど足を運ばないこの場所に通っているのが目の前の男―葉佩九龍―であり、《転校生》でありながら、《宝探し屋》として《墓荒らし》として最奥に眠るものを起こそうとする《侵入者》とでも言うべき存在である。何故か数日前から屋敷の方に通うようになり俺が戻ってくるようになってから一緒に夕食を食べるようになった。それも厳十郎が屋敷の方に誘ったらしく、実の親よりも長い間側に使え、育ての親と言っても過言とは言えない存在となっている俺としても厳十郎の行動を否定することが出来る筈もなく。
一緒に夕食を食べることとなってももっぱら会話をしているのは《転校生》と厳十郎で俺は黙っている。大抵食事をする時はいつも厳十郎と二人であったし厳十郎は後で食べることにしていたから俺が食事をするのを黙って見ているのだ。だから、こういう時どういう話をするべきなのかも知る訳もなくまた、《転校生》と《生徒会》という敵対している立場である二人が何を語ろうかと言うのだ。最もその《転校生》はそういうことなど気にせずに食事を取っている。
「これ、美味いよ! 千貫さん」
「作用でございますか」
「俺が作っても今ひとつ上手く出来ないんだよ、どうやってつくんの?」
「これはですね…」
やかましいとしか思えない光景だが、厳十郎が楽しそうなので邪魔をする訳にはいかずに俺は黙って食事を取る。食事ぐらい静かに食べたいとも思うのだが、この光景に慣れることが出来ず俺は食事を食べ終えるとテーブルから立ち上がる。
「ごちそうさまだ」
「はい」
俺は《転校生》の方を見ないでテーブルから立ち上がるとそのまま、まっすぐ部屋に向う。それが最近の習慣となりかけていた。
あの光景に、慣れることが出来ない。
穏やかで、和やかなあの雰囲気が。俺を取り巻く全ては厳粛と静謐が同居していたものしかないのだから。知ってしまえば戻る事は出来ない誘惑を同時に醸し出すその雰囲気を遠ざけるには離れるしかないのだから。
「食事って言うのは楽しく《摂る》もんだろ?」
振り向かなくても、この屋敷で鍵をかけた部屋に入り俺の背後から声をかけることの出来る人間など知っている限り一人である。
「毎晩、夕飯時にのみやってくる男には言われる筋合いはない」
「いや、千貫さん料理上手いし生活スキル上げるには丁度いいだろ? それに…」
「それに、何だ?」
何か言おうとしていたのだが、《転校生》は「別に」と、そこで言葉を止めた。しかし、大抵そういう場合の理由は大したことではない場合が殆どなのだからそれ以上追求する理由もない。
「コウなんて、俺が千貫さんに『餌付け』されてんぞとか好き勝手言ってくれちゃってさぁ。千貫さんの御飯も確かに上手いからそう言われても仕方ないっちゃあ…仕方ないんんだけれども」
「『餌付け』程度で《墓》に向うのを止めるなら、いくらでもしてやろう」
「え?」
自身でも意外なところから出てきた言葉に驚かされる。《転校生》もそれは同様だったらしく互いに一瞬だけ顔を見合わせた後に《転校生》の方が頬から耳まで薄紅色に染めて、顔を下に背けた。
「どうした?」
「阿門って…いきなりそんな反則技使ってくるなんて卑怯だ」
《転校生》が何を言いたいのかなど分かる筈もなく、予想外の反応を見せた目の前の男にどう対応していいかも分からず黙っていることにする。黙っていれば勝手にこの男が理解したと思って事態が進むからだ。
「でも、千貫さんに《餌付け》されるよりは阿門に…いや…いい…」
「《転校生》?」
気がつけば、既に部屋にあの男の姿はなく、その姿を追いかければ下で厳十郎と話をして屋敷を出て行った模様だ。本当に、あの男は何がしたいのか意味不明で理解出来ない。
多分、明日もまた来るのだろうと予想で出来るのだからその話は明日に持ち越そう。そうだな、《餌付け》と言うならばたまには好物でも出してやらねばなるまい。厳十郎にそのことを伝える為に俺は部屋を出ることにしたのであった。
05/02/12〜05/05/05 WEB拍手掲載
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