【002 ポッキー -POCKY-】(九龍妖魔學園紀/阿門&主)
やっちーに貰ったおやつが、ことのほか美味かったので帰りに購買で買ってみた。予想外に色々な種類があって、棚の前でどれにしようかことのほか迷ったがとりあえず先程食べたのをもう一度買ってみることにした。あと、もう一箱ついでに。帰りがけに誰かと食べるのもいいなとか漠然と考えながら。
結局八千穂とも皆守とも帰ることも出来ず、久しぶりの一人で戻る放課後。転校してきてから毎日、皆守か八千穂と戻るか、バディとなった誰かと帰ることがほぼ毎日のようであったから。授業のこと、先生のこと、昨日のTVのこと、クラスの誰かのこと。他愛もない内容もあるようでないようなことをただ話しているだけだというのに。何時の間にかその声が聞こえない、ということが物足りなくなっている。既に下校時刻も過ぎ行き、先に言っててくれと言う皆守の用件は何だったのだろうか。そして彼は校舎内に残って《生徒会》とは大丈夫なのだろうか。まあ、コウは不健康優良児だから何となく大丈夫なのだろう、と根拠も意味もない自信を持ちながら出口へと向かって、歩き始める。
「《転校生》」
名を呼ばれて振り向けば、そこには黒いコートの長身の男。その顔には、見覚えがあった。生徒会室で、校内で……いや、最初はあの墓地で。何度か顔をあわせている。そして彼が何者なのか俺は知っている。俺は、その男の側にいくと右腕を前に出して、大昔の宮廷騎士でもするようにひらりとお辞儀をした。
「これはこれはこの私めに何の御用でしょうか、生徒会長」
しかし、目の前の男は俺の行動に動じることすらなく、僅かに、そう僅かに俺を見てこめかみに皺を寄せる。
「もうとっくに下校の時刻は過ぎているが」
面白味がない奴だな、と思いつつ。それに輪をかけてふざけた物言いで返答を返す。
「それはコウの野郎に言ってくださいませ」
「その、ふざけた物言いは止せ」
ようやく、反応を示す。第一段階、成功とも言うべきか。それから俺は数歩だけ距離を縮めて行く。
「人を《転校生》扱いする会長殿に言われる筋合いはないと思われますが?」
そして、更に声を低くして、耳元近くで囁くようにして。
「以前に会ったときも俺はそう言ったと思うけど」
最初の言葉には表情一つ変えることの無かったこの男も流石に、何のことか思い出したらしい。記憶の隅に追いやってはいなかったかのようで、口の端が緩みそうになるのを抑えるのに一苦労だ。
「《転校生》……いや、葉佩九龍。俺の名は阿門帝等という」
「へえ、ちゃんと名前覚えててくれたんだ」
もともとふざけた言い方を、元の言い方に直す。それから、律儀にも目の前の男が自分の名を記憶してくれていたことに僅かな温かさを覚える。まあ墓荒らしをそのまま放置しておくほど墓守もいい加減じゃないということは分かっていたが。まあその後の話はやはりあの墓地の話と続くのは当然の流れで。
「もしあの《墓》には近づくなら、お前の身の安全は保障できない」
その下りまで話が進んだところで、ふと気がつく。
「へえ、お前は俺のこと心配してくれているんだ」
口をついて出たのは、本音である。口の方が正直だと何度か窘められたことはあるが、今はそれを正直に出しても何ら問題はない。安易だとは思えるが、それが今の状況だと判断したから。
「別にそういう訳ではない。《生徒会》はただでさえ学園内だけでも忙しいのだ。余計な用件を増やしたくない」
「へえ、ただでさえ忙しい《生徒会》が、俺ごときの為にわざわざ会長自らが出向くとは」
「これまで何人もの執行委員たちを味方につけたお前だ」
「それは過大な評価をくれるもんだ」
「そうかもしれんな」
実際、こうして会話を交わしてみると予想外に話せる男であると感じる。もしも今《生徒会》と《転校生》という立場でなければ、俺はこの男のしていることに力を貸したかもしれないと思う。だが、それは何処までいっても適わないことであり、有り得ないことでもあるのだから、それ以上は考えないことにする。
「忠告は感謝する。けれど、俺は俺のやりたいようにさせてもらうさ」
戦線布告。
「ならば、《生徒会》はお前を不穏分子として相対させてもらおう」
そして、目の前の男はそれを真正面から受けて立った。
と、俺は思いついて鞄の中を探り、手探りで目的のものを見つけ出す。そしてそれを取り出して男、阿門の目の前に差し出した。
「これ、やるよ」
「別にお前から物を貰ういわれが無い」
「毒も何も入ってないぞ」
「結構だ」
「いいんだよ、今日は記念日だからな」
そして、阿門が考え込んでいる隙に彼のコートのポケットの中にそれを突っ込む。そして、追いつかれないように駆け出していった。追いかけてくるようなことは絶対無いだろうがそうしなければならなかった。
「分からん男だ」
あっという間に姿の見えなくなった葉佩の後姿を見ながら、それから阿門はコートのポケットに入れられたものを取り出す。
「菓子とは……一体何の記念日と言うのだ?」
箱に表記された菓子という文字。そして普段は千貫の手作りの菓子を食べる阿門にとって見慣れないその菓子が何を意味するのかをつかめないでいた。
今日は11月11日。
某菓子の日であり、阿門が初めて葉佩に名乗った日でもあった。
05/11/11〜05/11/15 WEB拍手掲載
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