【The eyes have one language everywhere.】 (テニプリ/立海)




「柳センパイっていつも目を閉じてるっすけど何故です?」



 それは、一年後輩ながら最近レギュラーの座を掴み取った髪が天然がかった後輩から発せられた。折りしも場所は更衣室。一般の部員は既に戻っており、更衣室兼部室でもあるこの部屋にはレギュラーの面々しか残っていない。
「赤也…お前…」
 その後輩の発言に、既に周囲から奴のお守りとして認識され始めてしまったジャッカルが眉をひそめている。普段なら気にも留めず、されど興味を引く内容でもなかったので一喝することで場を閉めようとしたのだが、それはかなわなかった。

「赤也、柳の目は閉じているのでなくて細いのだよ」
「そうなんっスか?」
 その断ち切られる話題を拾い上げたのは、部員の中でも強力な権威を持つ、レギュラーの中でももっとも儚げな印象を残す男―幸村だった。儚げな印象とは外見だけ、この強豪たる立海大中等部テニス部を率いるこの男こそ、この部の中で一番のトラブルメーカーだとはレギュラー以外は知らない事実だ。
「けど、ああやって細目にしていると疲れると思うっスけど…」
「赤也は柳の心配をしているんだ、優しいね」
「そうっすか」
 幸村の言葉にすっかりと心許す笑みを見せる切原の姿に、そこにいた二人を覗く全員が、知らないことこそ幸せだと心の中で呟いた。

「赤也、柳の目が細いワケ、知りとうないか?」
「知りたいっス、教えてください仁王センパイ」
 詐欺師と呼ばれる仁王は、コートだけでなく日常生活においてもかなりの詐欺師である。それをまだ実感していない切原は子犬のように瞳を輝かせて仁王に話をねだる。
 幸村の時には何も言わないのは、本人が恐ろしいのもあるが仁王のときに何も言わないのは周囲は面白がっているのだろう。注意しようと思ったが、幸村も何も言わないうちにそこで終わらせてしまえば、後で物凄いことになるのだ…それはここでは言えないが(震)。

「柳生、俺が聞いたのは目を開くと常人以上に視えすぎるからだと聞いたばってん」
「視えるって…」

 仁王、冗談でもそれはやめてくれ。実際柳にはそういう一面もあるのだぞ…

「実は、あの目が閉じているのは本当の恋人が目の前に現れるまで開いてはいけないという祖父の遺言だということですよ」
「へ〜、ロマンティックですね」

 柳生、お前まで仁王に付き合ってそんな冗談を言うとは。

「俺は武道の稽古だと聞いたぞ」
「そんな感じもしますね」

 ジャッカル、後でグラウンド30週だ。


 真田の思惑とはかけ離れたところで、口々に語られる柳の話にいちいち切原は返答を返す。まったくもって単純であるが、それはそれで憎めない。

「真田センパイは知ってますか?」

 突然、切原から自分に振られたその話に真田はなんと返答を返そうと迷っていると隣で幸村が口を挟んできた。

「仕方ない、これは秘密にしれくれって頼まれたんだけどね」
「幸村部長?」
「幸村?」

 以下、幸村が語った内容はこうだった。

「実は、柳は【ゴリラ落とし】と呼ばれるほどの眼力の持ち主なんだ」
「【ゴリラ落とし】?何なんスか、それ?」
「彼が狙った人物にその視線を寄せると老若男女問わずに落ちてしまう。その確率99%。動物園でゴリラですら落としたというその伝説の眼力から名前がついたってこと」
「すっげー」
「だから、このテニス部での影響も考えて柳には普段抑えてもらっているんだ」
「そうなんですか?」
「ちなみに真田は一度その眼力に負けてしまって、とてもここでは言えないようなことをあんなことやこんなことも…」
「なに?」

 突然話題を振られて切原がにらみつけるようにこっちを見る。否、残っていたレギュラー陣の視線もこちらに寄せられる。幸村、冗談も大概にしてくれ…と背中から冷たい汗が吹き出ている。どう反応したらいいのか分からず、幸村と切原を睨み返すしかない。



「すまない、遅くなった」
「大丈夫だ、先輩達はまだ来ていないから」




 その瞬間、ドアが開いて声が聞こえた。振り向くまでも無い、聞き覚えのあるその声に安堵をもたらした。紛れも無い、それはこの話題の中心人物、柳である。相変わらず突然の柳の登場に驚かされつつ、会話から注意が逸らされたのを確認して安堵する。そんな中、切原が柳に近づいていく。

「柳センパイ、一つ聞いていいっスか?」
「何だ、赤也?」
「【ゴリラ落とし】ってどうやるっスか?」

 その一言に部室内の空気は確実に凍った。
 気がついていないのは当の柳本人と、幸村、それに切原だけである。氷点下よりも確実に凍えるようなその空間に、ジャッカルは棒立ちになり、仁王は全身を震わせ、柳生は何処か魂が抜けてしまったかのようである。真田自身も残る気力を振り絞り、幸村に最後の救いを込めた視線を向けるが、柳の反応は予想外のものであった。

「幸村、今度は何の本を読んだ?」
「昨日、クラスの女子に文庫本で借りた漫画の中の話。柳みたいなおかっぱの色男が美形の男性をその眼力で次々に自分の虜にしていくんだよ」
「それは興味深い」
「今度、借りてきてあげるよ」
「そうか、すまないな」

 突っ込むところはそこじゃないだろう!とその場に居る一部の人間は突っ込みを入れたいところだったが、2年にして既に部の実権を得ている柳と幸村相手に誰もそれを言える相手など居ない。

「幸村、あまり切原に妙なことを吹き込むな」
「すまない」
「じゃあ、センパイは【ゴリラ落とし】も【常人以上に何かが見えるから】でも【祖父の遺言】でも、【武道の稽古】でもないんですね?」
「…………?」

 最終兵器、投下。
 既に気がつけば、仁王の姿も柳生の姿も、いつもなら逃げ遅れている筈のジャッカルの姿すらない。
 真田もその場から急いで退却しようとしたところを、背後から幸村に服の裾を掴まれた。

「真田、武士は黙って高楊枝だろ?」



 その後、真相を知った柳が下した本日の練習メニューは何故か幸村と切原以外全員1.5倍になっていた。俺は何も関係ないのに、といいながらまだ校庭を駆けている。


「や…柳…」
「真田、残り校庭50周だぞ」

 そういって、こちらを見る柳の表情は何よりも恐ろしかった。





久々に青池保子著:イヴの息子たちを読み返して突発に浮かんだネタ。
バージルがどうしても柳に見えて仕方ありませんでした(汗)
苗字呼びなのは部内だからということにして下さい。
このネタが分かるのは二十代以上だろうなあ…と思いつつ書いてしまってスイマセン。
ヤマトタケルが真田なら、森蘭丸は切原でしょうか(ますますディープネタ)

初出:04/09/08 日記
改訂・加筆:04/09/11  tarasuji


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