【Birds of a feather flock together.】


6月4日。

俺は目の前に座る海堂君を眺めている。こちらに時々視線を寄こしながら何を言えばいいのか戸惑っているその姿が、初々しくて良い。

「あの・・・柳さん」
「蓮二でいい」
「じゃ・・・蓮二・・・さん」

こちらが良いと言っているのに、それでも年上に対する気遣いを忘れないその姿はますます初々しくて良い。惜しむらくは目の前の彼が同性ということではなく、既に俺の幼馴染の魔の手に落ちてしまっていることである。
それでも、それは海堂君の意思でもあり、互いに納得ずくだったのだから仕方が無いと柳は自分を納得させる。海堂君を呼び出したのは、昨日乾が思いっきりトチ狂った電話を寄こしたからであった。






「蓮二!」
「大声を出さんでも聞こえている。用件は手短に言え」

電話口の声は普段よりも声のトーンが1オクターブ高い。
そして柳が思い当たる中で、乾がそんな状況の陥るのはたったひとつしかなかった。

「海堂が・・・海堂が・・・」
「おめでとう、とでも言えばよいのか?」

電話口の乾は何かに幸せ満載です、という状況で背中を押したのはこちらだが聞かされると実際に腹だたしい。

「で、用件はなんなのだ」
「え?」

そのとぼけた口調すら怒りを引き出すのは今なら簡単なことで、柳はふと思いついた予想を述べることとした。

「まさか・・・無事海堂君と付き合うことになりました、てへ☆の報告だけの為に電話したということではないだろうな。そうだったのなら・・・」

「てへ☆」の部分のみ異様に高かった柳の声色が低いトーンを更に下げていく。
電話越しでもじわじわと感じられるオーラに口実を探すために脳内をフル回転させようとしている乾。いつもならそれとなく出てくる口実もこの幼馴染相手には精度が50%以下になってしまうのであった。

「はは・・・まさか・・・そ、それは・・・」
「ほう、それはいい根性だな」

「俺はそんなつもりじゃ・・・」
「用件はそれだけだな、では切るぞ」

乾が言葉を発するよりも先に切られた電話。乾はしばし呆然とその後のことを予想して携帯を持つ手がぶるぶると震え続けたという。
一方、乾の惚気電話を断ち切った柳は手帳のあるページをめくるともう一度この時勢には珍しい黒電話のダイヤルを回していたのであった。






柳が海堂を呼び出したのは、一ヶ月前に海堂と甘味を食べた青春台の甘味亭であった。青学テニス部の練習日程など、柳は既に情報を手に入れているのだから、ちょうどその日が休みだったということも把握している。そしてそれを知らない振りをして海堂に用事が無いのなら会ってもらえないかと頼んだ。勿論、乾には内緒でである。
「乾に内緒」という部分で海堂は一瞬躊躇ったが、それでも人からの頼み、特に年上の頼みを断れない海堂は柳と会う約束をしたばかりである。
そもそも、昨日は乾に自分の気持ちをようやく打ち明けることが出来たばかりだったのだが。
乾にも放課後誘われたのだが、今日はどうしても無理だということを伝えて柳との約束を優先させたのである。乾に何も言わないのは申し訳ないような気がしたのだが、多分柳に会うことに対して乾はいい顔をしないであろうから。
乾に秘密を持つことに対する躊躇はあったものの、それでも海堂にも柳に会って話さなければならないこともあったのだ。だから普段は生真面目に近い海堂がこのようなことを受け入れたのもある。

「あの・・・今日俺を呼んだのは何なんですか?」
「いや、昨日海堂君とアイツが付き合うことになったと聞いたものでね」

その瞬間、海堂は危うく湯のみをひっくり返しそうになる。それ以上に頬をいや耳たぶまで真っ赤にさせて俯く姿に柳はくすりと笑う。
一方、当の海堂は余りに恥ずかしさに心の中で乾に悪態をつきたくなった。昨日のあれは確かに、乾の気持ちを受け入れたものの、実際に付き合うことになったかどうかはまだ中途半端なままなのだ。しかし、乾の中ではもう海堂と付き合うことになってしまっていて、あまつさえそれを柳に喋っているという状況に口が塞がらない。

「あの・・・昨日俺は乾先輩に・・・俺の気持ちは話しましたけど・・・付き合うとかそういう関係じゃ・・・」

海堂にそぐわないような小声だったが、その内容はまあ柳にとっては大体予想の範囲内ではあった。

「そうか、・・・ああそういえば、先日俺も海堂君に交際を申し込んだしな」

海堂が思わず顔を上げる。
確かに柳が海堂に付き合ってみないかと声をかけたことがあった。もっとも、あれは今の海堂には冗談だと思ってたが柳に対して、海堂はきちんと返事をしていなかったことを思い出す。

「その・・・柳さんの気持ちは有難いっスけど。俺・・・その柳さんとは・・・」
「分かっているさ、あれは貞治をおびき出す為の冗談だ」
「そうだったんすか」

その柳の返答を聞いて、海堂は本人は気がつかないのだろうかほっとした表情を示していた。少し残念とは柳も思ったが、もともとはそういうつもりなのだから諦めるも何も無かった。それよりも、まだ付き合う訳でもないのに乾の浮かれっぷりに柳はツメが甘いと心の中で反芻しつつ目の前の海堂をまじまじと視線を寄こした。

「海堂君」
「はい?」
「貞治のことが嫌なのか?」

思いがけない質問に海堂も柳の方にまっすぐに視線を向けた。それから少し黙り込んで視線をずらして、ゆっくりと海堂は言葉をつむぐ。言葉にしてしまえば、それが自分の意思となってしまうことを知っているからこそ、海堂は己の心と向かい合いながら柳に語り始めた。

「嫌いな訳じゃないっス・・・ただ、まだ俺が乾先輩と付き合うとかそういうことが、あんまり自覚できていないっていうか、よく分からないというか・・・」

意識はしているものの、自覚してしまうのが怖い・・・要約すればそういうことだと悟ると柳は己の中で理解し、纏める。

「焦らなくてもいいと思うぞ」
「え・・・?」
「あいつはずっと待っていた。だから今更悩もうと、貞治は待っていてくれる。そういう奴だというのは君の方がよく知っている筈だ」
「柳さん・・・」

そういうと海堂は何処か安堵したかのように、深く息をつく。
柳は昨日の乾の電話を思い出すと、目の前の海堂と比較する。

(貞治、確かにお前は海堂君に好かれているかもしれないが、海堂君のこういう場面は見られないだろうな)

それは、柳が恋愛対象と見られていないからこそ見られるのだが、それでもこういう表情を見せてくれる相手がいるのなら、同性でも異性でも誰かと付き合うことは悪くないとも思える。




時間も時間となり、柳が奢るといったのだが、海堂は割り勘を主張して結局海堂の主張がまかり通ったのであった。

「今日はいろいろありがとうございました」
「いや、困ったことがあれば俺に相談しろ。貞治のことなら大概の弱みは握っているからな」
「はい」
「ああ、そうだ・・・」

そう言い掛けて、柳が海堂の肩に手をかけて体を引き寄せると海堂の頬に軽く唇を寄せる。海堂の耳元にちゅっと音が聞こえた。

「言い忘れたが、本日は俺の誕生日でもある。祝い代わりに貰っておこう」
「や・・やな・・・」

「蓮二!!!!!」

海堂が声をかける前に向こうから飛び込んできたのは乾だった。突然の出来事に海堂はフリーズする。乾が柳に怒鳴ろうとしたが、柳は固まっている海堂に手を振ると猛烈にダッシュしたのであった。
あっという間に柳の姿が見えなくなるが、乾は固まったまま動かない海堂を元に戻すのに追われて追いかけることはしなかった。

「海堂!」
「せんぱい・・・?」

ようやく我に返った海堂が乾の方を見る。
乾の顔は表情など見せない顔で、その方が海堂には何故か怖かった。

「おいで」

有無を言わせずに海堂の左腕を掴んでどんどん歩き始める。乾は何も言わず、海堂もただ乾に引っ張られるだけであった。掴まれている腕が痛くて、でも離す素振りも見せないのが海堂の抵抗も解きただついていくしかなかった。
乾が怒っているのは滅多にない、だから海堂も対応できる術がなかった。






ふと、乾の足が止まった。

「先輩・・・」

乾が何も言わない。そして海堂の方を見ようともしない。

「海堂」
「・・・」
「俺と海堂はまだ恋人とかそういう関係ではない」
「・・・・・・・」
「けど海堂。俺はもの凄く独占欲が強いんだよ」

淡々とした口調。
けれども、それが怖い。乾は余り激情を表に出さない。けれどもその激情は余りにも静かでその方が帰って怖さを覚える。以前、海堂が怪我をしたときもそれはあったが今はまたそれとは別物である。
海堂は身を震わせる。乾に嫌われるのだろう、それが何よりも怖い。

「せんぱい・・・」

その瞬間、乾の唇が海堂の頬に触れた。それは先ほど柳が触れた場所と同じだった。
唇を触れさせ、そして舌でなめられる感触があった。
ゆっくりと唇を離すものの、海堂の耳元で囁くように告げる。

「俺はこういう気持ちで海堂が好きだと言ったんだ。それが嫌ならまだ間に合うよ」

内容とは裏腹の冷徹な声色。
怖いけれども、同時に腹も立った。勝手だ、もの凄く勝手だと海堂は感じた。
乾の気持ちは知っている、けれども受け入れるのには時間がかかる。それでもいいと言ったのは乾ではないか。勿論、柳のことはあったにしろ乾は本当に自分勝手だ。そしてそれは海堂自身も同じなのだ。

「勝手な事いうんじゃねえ、俺が決めたんだ。けど、先輩はそれじゃ駄目なのかよ」
「海堂・・・」
「確かに先輩に柳さんと会うのは言わなかった。それは悪ぃと思ってます」
「海堂は悪くない、悪いのは俺だよ。海堂を俺一人の物にしたいと思うんだ」

そういって、海堂に体を預けてくる乾の体が震えているのに気がついて海堂は少し微笑んだ。それは乾にも気がつかれないような小さな微笑だった。
海堂は乾に嫌われるのが怖かった、そして乾もそれは同様だった。やはり互いに似たもの同士だったのかと思うと笑うしかない。

だから、今はこんな先輩と自分の関係を許してやろうか。海堂はそう考えて震えている乾の背をあやすように撫でてやった。

「俺も・・・アンタと同じ気持ちですよ

本当に囁くようだったから聞こえたかなんて分からない。え、と驚く乾の顔を見て今はまだこの関係のままがいいと、それでいいと海堂は思った。

答えを出すのは、もう少し先の話。






どちらの気持ちも同じとは限らないけれども、それでも近くあればいいと思う。

そうならば2人の距離はもっと縮まると信じていたいのだから。



04/06/16up


≪あとがき≫

柳誕生日絡みで乾海話【There is nothing permanent except change. 】の後日談となります。柳は乾海において一番美味しいポジションにあるのではないかと思っているのですが・・・。柳の口調とか未だに掴みきっていない所が多い上、キャラが違うと突っ込みもありますがそこは勘弁してください…ええ。
タイトルの意味は柳と乾の関係であり、乾と海堂の関係でもあり、柳と海堂の関係でもありまして…やはり海堂は乙女になってしまったかのように乾はヘタレとしかいいように無い(汗)

美月(たらすじ)拝

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