キスまで11cm (テニプリ/乾海)
それは春が始まった頃のこと
「ヨオ、マムシ。オメー今日の身体測定どうだったよ!」
威勢のいい掛け声と同時に桃城が海堂の方に寄って来る。海堂は桃城の方を睨み付けるとテメーに教える気はねぇ、と無視してさっさと着替えを終えて部室から出ようとしていた。そんな海堂に桃城が少しふて腐れた様に言う。
「俺は170cm、去年より15cm近く伸びたぜ」
勝ち誇ったように笑う桃城の顔が何となく苛ついて海堂は桃城の方を振り向く。
「桃城、残念だったな。俺は173cmだ」
なっ…と顔色を変えて海堂を見る桃城に海堂は、ほんの少しだけ優越感を覚えながら部室の出口へ向かっていた。勿論、後ろで桃城が悔しそうに何かを叫んでいるがそれを無視して行った。
「海堂」
部活が始まる前のアップの途中で、名前を呼ばれ振り向く。
「何の用っすか?」
声の正体は乾、相変わらず逆光が似合う男である。
「今日、身体測定だっただろ?で、身長今何センチになった?」
「何でそんなこと聞くんすか?」
乾と言えばデータ、データといえば乾と言うぐらいデータと乾は切り離せないものではあるが、身体測定の日に早速聞いてくるとは最早侮れないものである。
「個人に合わせて練習メニューを組むには、それぞれの身長と体重、昨年からどの程度の成長があるかも検討する必要がある。成長にも個人差があるだろ。今俺が持っているデータは去年のもので、今年のものはまた別だからね。それにいくら俺がテニス部とはいえ、個人データを勝手に公開するわけにはいかないと先生たちに言われた。だったら本人から聞けば大体の正確なデータが取れるだろう?」
理路整然としたその理屈に海堂はそれもそうだと納得する。乾は青学No.3であると同時に青学テニス部内では竜崎らと共に練習メニューを検討・発案する立場にある。それでも、乾がそんなデータを持てば何かありそうで海堂は嫌な感じだった。
「嘘ついていたらどうすんですか?」
「大体、女子ならともかく男子が自分の身長・体重を詐称する確率はかなり低いよ。身長も大体なら見当つくから」
それもそうだ、男子が身長やら体重などを誤魔化してもいい事などない。海堂は乾に正直に告げると乾はいつも持参しているノートにそれを書き込んだ。
乾のいつも持っているノートの中身が気になっていたが、乾は決して誰にもその内容を見せる事はない。海堂はそのノートを見せて欲しい等という失礼な事は言えなかった。
「海堂は173cmか…去年よりも20cm近く成長しているな」
乾はふむふむと自分1人で納得するように頷くと、海堂の方を見る。海堂は乾…この先輩が何処か苦手だった。人のデータを収集しようとする癖もそうだが、その分厚い眼鏡で表情が見えないというのもその一因だったのかもしれない。それに、側にいるとどうも落ち着かない気分になるのだ。
アップする体は休まずに、海堂は乾に聞いてみた。
「俺のデータをやったんだから、先輩も教えてくださいよ」
乾は少し口を半開きにしながら、フフ…と笑う。その光景が何処か異様さを漂わせている。
「知りたい?」
聞いたのは間違いだったに違いない。海堂は少し自分の軽挙な質問を後悔し始めていた。やっぱいいです…と口を開きかけた時、乾が海堂の方に近付いてくる。
「俺は今184cmだよ。海堂とは11cm差だな」
聞いてもいないのに、海堂との身長差まで出してくれる。海堂は生返事しか返すことが出来なかった。
「海堂、11cmってキスするのに丁度いい身長差だって知っているかい?」
突然の乾の発言に、海堂は固まっていた。
「海堂?」と乾が何度か名前を呼ぶのは聞こえていたが、どう反応を返していいか判らない。
「な、何言ってんですかアンタ…」
先輩と呼ばずにアンタ扱いになっている海堂の口調に気が付いたのか乾は不敵と呼ぶにふさわしい笑みを向ける。海堂の顔は酢ダコのように真っ赤に染まっていた。
「海堂、俺とキスしたいの?」
「だ、誰がアンタなんかとキスなんて…」
「俺は一般論を言ったまでなんだけれどもね、海堂が真っ赤になっているから」
乾にそういわれて、海堂は自分の思い込みに恥ずかしさの余りに顔が更に真っ赤になっていくのがわかる。一瞬でも乾とキスしたことを想像してしまった自分が馬鹿だと思ってしまった。
「す、すいません…」
「いいよ、俺の言い方が悪かったみたいだからね」
乾はそういうと、もう少しで練習が始まるとだけ告げて海堂の目の前から去っていった。その後、何故かいつもより妙に力の入った海堂の練習相手に付き合わされた荒井は可哀想なぐらいに八つ当たりを食ったらしい。
「乾、海堂に何言ったの?」
「ああ、不二か…」
「海堂、顔真っ赤にしていたけれど?」
いつもより機嫌がいいというオーラむき出しの乾。不二は先ほどの様子を見ていたのであろう。表情はいつもと変わらずだが、そこには何か楽しみを見つけたような感覚があった。
「いや、今日の身体測定のデータを聞いただけだよ」
不二はふ〜んとそれだけで納得したようだ。しかし、流石不二とでも言おうか、最後の台詞に乾は思わず眼鏡を取り落としそうになった。
「乾、あんまり海堂にセクハラしちゃ駄目だよ」
あの位置からでは海堂と乾の間に何があったか判る筈がない。なのに不二は二人の会話の内容を知っているかのようであった。流石不二と乾は口を半開きにしながら、背筋に寒気を覚えたのは言うまでも無い。
そして海堂は乾の側に居ると、身長差を意識してしまう為にしばらく乾の側に近寄らないようにしようと決意を決めていたのは言うまでも無い。
【END】
初乾海SSです。
一応乾さんは海堂のことを意識はしているようですが、
まだ先輩後輩の域を出ていない二人ということで。
乾はさり気なくというか奴は確信犯ですから。そして何気なく不二が登場しているのは…
03/09/07 tarasuji
|