世界劇場の中で生きるボクラ




それはある晴れた午後の昼下がり。何をするのでもなく、エイは城内をあてもなく散歩していた。

「・・・・・・だ!」

どこからか声が聞こえてきた、それもかなり語気の荒い声。何かあったのだろうか気になり声の方へ足を向けた。

しかし、そこにいたのはヒューゴ一人。
片手に本を持って一人何か喋っているかのようだ。一言、二言喋っては『こうかな?』とか『もう少し・・・』と一人で呟いている。エイは邪魔をしてはいけないと思いくるりと体を翻したその時だった。

「誰だ!?」

いきなり大声で引き止められ、エイは足を止めヒューゴの前に現れる。

「なんだ、エイさんか」

その安心したような表情に怒鳴られたエイが呆気に取られていた。

「エイさんかじゃないよ。・・・何をしていたんだい?」

ヒューゴは今度やる劇場での新しい劇に出演することになったので、その練習を一人でやっていたとの事であった。本当は劇に出るのはあんまり得意では無いのだが、劇場の支配人であるナディールから『炎の英雄』が劇に出演ともなれば観客も増えることからどうしても、としつこく誘われたらしい。もっとも、多くの人が集まるビュッテヒュッケ城では、食費と酒代だけでも大きい支出となっており、セバスチャンさんがやりくりしているとは言え財政難にあるのは今でも同様であった。だから、『城の収益アップの為』などと持ち出されればヒューゴとしては断るわけにもいかずこうして出演を引き受けたのであった。
もともとヒューゴは育ちのせいか生真面目な性格で、嫌々引き受けたとはいえきちんとこなすという誠実さを持っていた為少しでもきちんと出来るよう人目に付かないところで練習をしていたのであった。

「ところで、ヒューゴは何の役をやるんだい?」

ヒューゴが出るなら見に行ってやるよ、と悪戯っぽい笑みをみせるエイ。恥ずかしいから駄目です!と顔を真っ赤にさせているヒューゴが可愛くてついからかってしまう。エイがヒューゴが持っていた脚本をひったくるとパラパラとページを捲った。

「『帝国の愛』・・・?どっかで聞いたことあるなぁ」

記憶の隅から何とか引き出そうとしつつ、手がかりを求めてページを捲る。隣でヒューゴが何か言っているがエイはそれには気を止めず内容に見入っている。ヒューゴも没頭しているエイから何とか脚本を返してもらおうとしたが、エイの表情の真剣さに大きく溜息をつくと諦めたようで黙ったままエイの様子をじっと見ていた。



沈黙が続く



何となく黙ったままの雰囲気が嫌でヒューゴは何か声を掛けようとしたその瞬間。

「あっははははははは」

突然、腹を抱えて笑い出すエイにそれを目の当たりにしたヒューゴの方が体をビクッと大きく振るわせる。彼に何が起こったのか知る由もなく、目じり涙さえ浮かべ笑い転げるエイをヒューゴは呆然となった。

「はっははははははは〜」
「え、エイさーん。どうしたんですか?」

流石に不安に思ったのだろう、今度は慌てだしたヒューゴ。エイはようやく笑いが収まったようで目じりに浮かんだ涙を拭うと『大丈夫だよ』とヒューゴを落ち着かせた。

「突然笑い出すんだから俺、ビックリしました」
「ごめんごめん」

まだ心配そうな顔のヒューゴに謝ると、ヒューゴの方もなんとなく安心したようで笑顔を見せる。

「ところで、この話そんなに面白かったんですか?俺には、よく分からないんですけど・・・」

『帝国の愛』はヒューゴも目を通したがそんなに笑える話ではなかったと思うのだが・・・?

「いや、ほら。他人にとっては何でもないことが自分にとっては笑いに繋がるって事ないかい?今のはそういうことだよ。だから、今のは気にしないでもいいから」
「そうなんですか?」

よかった、と安堵しているヒューゴがなんとも素直で可愛らしかったと同時にこれ以上の詮索をされないことがエイにとっては助かった。

「ところで、ヒューゴは何の役をやるんだい?」

「俺は、この解放軍のリーダーのエイの役をやるんです・・・あれ?そういえばエイさんと同じ名前ですね」

「ああ、本当に偶然だね。まあ、俺の名前はどこにでもある名前だからね」

「そうですよね」

話を逸らそうとして、返って藪から蛇をつついてしまったようだった。エイはそれ以上は何も語らなかった。ヒューゴがこれ以上聞いてこなかったのも幸いしたのかもしれない。

「じゃあ、今度見に行くから頑張ってね」
「は、はい!」

そう言ってヒューゴと別れたエイは湖の方向へと向かっていった。




「あー、面白かった」

エイは大きく背伸びをするとさっきの内容が思い出されて、再び笑った。

(案外、そんなものかもしれないな)

18年前の戦いのことは一番自分が良く知っている。あの劇で勘違いする人間もいるかもしれないが、確かに自分ちはそこにいて、皆と戦って勝利を収めた。代償は大きかったが・・・

歴史とはいつも正しく語られていくわけではない、時勢に応じて変化していく歴史もある。これもその一つなのだろうと思う。

(今度、俺も出てみようかな?案外面白そうだったし)

まだまだ歴史に埋もれる気のないエイは、そんなことを考えながらまた歩き始めた。




【後書】
今回は実際に彼があの脚本を読んだらどういう反応を示すか?ということでお送りしました。
結構うちのエイ坊ちゃんは面白がるだろうな〜と思ってしまったのですが、あそこまで大胆脚色されてしまうと怒るよりも笑いだな、と。
ちなみにミルイヒ氏はこの『帝国の愛』のベストセラーを皮切りにいろいろと多忙かつ優雅な日々を過ごしているらしいですよ。ちなみに、エレーンが使っている口紅ってミルイヒがプロデュースした化粧品だってご存知だったでしょうか?(関係ない小話)

ちなみに、坊ちゃんは一度こっそり自分の役を狙っているらしいです(笑)

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