素朴な疑問


ビュッテヒュッケ城に、エイ・マクドールが客人として逗留してから次の日のことだった。
すっかりエストニア城での生活に慣れてしまった順応性の良い彼はある疑問にぶち当たる。そのままにしておいても良かったのだが、取り合えず、今は『炎の英雄』としてこの戦いのリーダーを務めている少年に聞いてみた。

「ヒューゴ、聞きたいことがあるんだが・・・」
「何です?エイさん」
「この城に、石版とかって無いのかい?」



自分がかつていた解放軍にも、デュナンの時にもいつも大広間には『約束の石版』といつも石版の前にいるあのこまっしゃくれた少年が居た。しかし、あの少年は今や・・・だから、今回の戦いにも同じものがあるのか気になっていた。

「石版・・・ですか?・・・あ、この近くに『石版の地』というのはありますよ。この間パーシィさんと遠乗りに行った時に見つけたんです」
「パーシィ?」

鸚鵡返しのように繰り返すエイにヒューゴは、ゼクセン騎士団のパーシヴァルさんのことだと告げるがここにきてまだ日が浅いエイにはなかなか見当がつかない。ヒューゴはどうやって説明すればいいか少し考えた後、ジェスチャーを交えてみた。

「あの、俺の隣の部屋の髪がツンってなってる・・・」
「ああ、アイツが!」

ヒューゴの二つ隣の部屋の鎧を付けている騎士の片方の姿を思い浮かべる。そう言えば彼はよくヒューゴの部屋に来ていた事を思い起こす。ヒューゴも彼が来ると楽しそうで、側にいるのを何度か見かけた。
ヒューゴは兄の様に彼を慕っているらしいが、彼のほうは少し違う事を目の前の少年は果たしてそれを知っているのか・・・多分気がついていないだろう。彼は『炎の英雄』の志を継いでゼクセンとグラスランドの人々を纏める旗印の役割を担っている。かつての自分がそうであったように。
その容姿と丁寧で礼儀正しい言動から、おおむね好意的に受け入れられた。一部には彼にそれ以上の感情を持っている者もいるようだがどうもこの少年はまだそういう方面に疎いらしい。居たとしても現在はあの母親とアヒルのおかげで近付ける人間も少ないものだが。だから、彼に積極的に接してくるパーシヴァルや、ゲド達十二小隊の一行に対してはヒューゴはかなり懐いている。

「ヒューゴはその石版見た?」
「うん、その石版・・・ここにいる皆の名前が書いているんだ。ゲドさんとかクリスさんとか」

その石版については以前は無かったものでつい最近、その場所に突然現れたとセバスチャンさんが騒いでいたとヒューゴは教えてくれた。ちょうど、ここが皆が集まることとなった時期とそれは一致するらしい。
やはりそれは『約束の石版』とエイは心の中で確信していた。自分やデュウの時もあの石版は存在した。
だが、ヒューゴの話を聞いた限り今回はレックナートも現れなかったのだから、今回は違うと思っていたのだが・・・。

(まさか、今回は弟子が失踪?したので面倒くさいから石版だけ置いてきたとか?・・・まさかね)

エイは馬鹿馬鹿しいと思いその考えを払拭した。



その頃、魔術師の塔では『ハックション!!』と大きなくしゃみをするレックナートが居たとか。



「ついでにも一つ聞いていい?」
「何ですか?」

その質問に対する回答をヒューゴから聞いたエイは少し驚いていたようだった。

***



「あの・・ヒューゴ殿、いらっしゃいますか?」

ドアのノック音の少し後に聞こえてきた控えめな声。ヒューゴはそれだけで誰だか分かったらしく床から立ち上がると、ドアを開けに向かった。少し、その声の主と話をしていたがどうやら終わったらしい。

「ちょっとだけだから、仕事は終わったんでしょ?」
「じゃあ・・・」

その声の主をヒューゴは中に招き入れる。エイは邪魔になるかな、と引き上げようと腰を抜かしたその瞬間、そこで待っててと引き止められる。

「エイさん、彼だよ」
「彼?」
「ほら、今話していた・・・」
「・・・君が!?」



今回、石版が存在することを知ったエイはこの『炎の運び手』を率いる事になったヒューゴが『天魁星』だと思ってていたからだ。取りあえず、余り詳しいのも疑われそうだったのでこう聞いたのだった。

『一番最初に名前が書かれているのって、誰?』と。最初に名前が浮かび上がるのが『天魁星』だからだ。

「最初に名前が書かれている人・・・?う〜んとね」

あの時の事を思い出しているようだった。直ぐに思い出したようで表情が明るくなる。

「確か、トーマスさんだったよ」

カラヤでもジョー軍曹から基本的な教育を受けているとは言え、難しい文字はまだまだ読めないヒューゴにパーシヴァルは一つ一つ丁寧に教えてくれた事を思い出したヒューゴは嬉しそうに教えてくれた事が思いだされた。



しかし、今回はリーダーであるヒューゴでは無く、この少年。何処にでもいそうな普通の少年であった。

「あ、新しいお客様ですね。初めまして、ここエストニア城の城主のトーマスといいます」

礼儀正しい挨拶にエイも礼儀正しく挨拶を返す。

「俺はエイ、よろしく」
「よろしくお願いします」

彼についてはヒューゴから今聞いたばかりだった。どこか、15年前に出会ったデュウという少年を思いださ

せるような風貌。それでいてヒューゴとはまた違い、放って置けないというか目を離せない印象があった。

(これはこれは・・・)

最初に感じていた驚きは一体何処に消えていったのか、話をしてみると真の通った人間であることは直ぐに分かった。ただ、生来の気の弱さがそれを阻害しているののが勿体無いと思う。自信さえあればもっと違う人生をおくっていたのではないかと思われるが、もう少し年月が経てば彼は内面に似合った青年に成長するであろうとエイは考えていた。それを少し見届けたいとも考えていた。

「トーマスさんって、こうみえても結構強いんだよ。この間なんて俺が仕留め損ねたモンスターを一撃で倒しちゃったんだから!」
「あれは、本当にたまたま偶然で・・・。それにヒューゴ殿だって素早い動きで」
「トーマスさん、何回言えば分かるんですか『殿』は止めてって」
「あ、ごめんなさい」

この二人のやり取りを見ているのは本当に飽きなくて面白い。形は違うが、昔の親友と自分の姿が二人に重なっていた。

「エイさん?」

声を掛けられてハッと我に返る。心配そうに顔を覗き込む二人が目の前に居た。

「あ、ごめん。ちょっと考え事してて・・・」

それを聞いて安心したかのように二人が息を吐いた。その後、トーマスは用事があるからと席を立とうとしたその瞬間。

「トーマス君?」
「は、はい。どうしました?」

突然声を掛けられて動揺するトーマス。

「少しだけ一息ついてから話してごらん、それだけで随分と落ち着くから。あとは出来るだけ背筋を伸ばしてみるとまた違うよ」

それは、昔解放軍の軍主となった頃、まだ自信が無かった自分にマッシュが言った言葉だった。こうして改めて他人に使ってみると、例えその人物がこの世にいない存在だとしてもその志は残り続ける事を自覚する。

思えば昔の自分もそうだった。天魁星の宿星とは単に強いものが選ばれるものではない、人を惹きつけてやま

ない存在でありその志である。星々がどんな宿命を持っていようともそれに振り回されてはいけないのだ。
久し振りにそれを自覚させられた。

「は、はい。ありがとうございます!!」

そう言って出て行った城主の後ろ姿を焼き付けた。27の真の紋章を受け継いだ今でも、何が起こるか分からず驚いたり、嬉しいことがあったりする。だから彼の親友は300年という長い間も人間との関わりを求めていたのだろう。そう考えるとヒューゴやトーマスたちの行く末が気になるというの、は当たり前なのかもしれない・・・。まるで自分の息子をみているようなそんな錯覚すら覚える。



星の導きで出会った今回の宿星たちに幸あれと、エイは願わずにはいられなかった。


<ひとまず 終>


後書
今回の天魁星がトーマス君だったのでダブルで共演させてみました。
作中の戦闘話はあたしが実際体験したネタでして、やっぱり鍛えると凄いです。流石大器晩成型主人公。いや、実際かれはいい男になると思っているのですが
要望があれば坊&ヒュー&トマ書きたいな〜。

02/09/06up

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