Encounter
右手に宿る真なる火の紋章
かつてこの紋章を右手に宿し、このグラスランドを守るために戦った英雄が残した意志の象徴、想いの証。
俺は紋章と同時に、その『想い』を受け継いだ。
そして、英雄が残した意志のまま俺はこのグラスランドを守るためにこうして戦い続けている。
けれど、こうして夜一人になると思うのだ。
これは、本当に俺が受け継いでよかったものなのか。
ゲドさんやクリスさんが受け継いだ方がよかったのではないか。まだ未熟で子供である自分が、そんな力を手にしてよかったのだろうか。
このビュッテヒュッケ城に来て、沢山の人々と出会った。様々な人たちと出会って感じたのは自分がまだ子供であること、そして紋章の力は確かに凄いが一歩間違えれば己をも滅ぼしかねない力であることを思い知らされた。
だから思うのだ。
本当にこれは俺が受け継ぐべきものだったのだろうか
本当は別の誰かが受け継ぐはずだった物が間違って己の所に来ただけではないだろうか、と。
50年前にこのグラスランドを纏めハルモニアと戦った英雄『リヒト』の存在は、俺に憧れをもたらせたが、今はその存在が『重い』と感じる。
彼のようになりたいと思った事は嘘じゃない。
だけど…こうして英雄の名を受け継いだ今となっては俺に残るのは力不足な事ばかりで『英雄』というものの名に憧れていただけだと実感させられていた。
それでも、この紋章を継承してしまった今、それは考えても仕方がないということなど十二分に分かっているのだ。
けれども、こんな夜に一人で居るとそんな想いが胸にこみ上げてくるのを抑えることが出来ない。
夜空に浮かぶ月はそんなヒューゴの思いなど知らずに空を仄かに照らしていた。
「ふぁ〜あ」
欠伸がこぼれる。
明日もまた早い。今朝のように寝坊して軍議に遅れたりしたら母さんや軍曹に何と言われる事か。
『炎の英雄にはまだまだだな』
なんて事も今朝軍曹に言われたし…分かってる、そのぐらい。
でも、俺はずっと考えているんだ。皆が今この戦いに必要としているのは『ヒューゴ』では無く『炎の英雄』だということに。口では言わなくても態度だけで伝わってくる。そして、それでもいいからここに居る自分がどうしようもなくずるい人間だと思うことがある。
息が詰まりそうだ、グラスランドのあのいつもフーバーとルルと駆け抜けていたあのむせ返る程の草の匂いがするあの草原に帰りたい。そして母さんやカラヤクランの皆とすごしたあの日々を取り戻したい。しかし、その為には今は『炎の英雄』として戦争を終結させなければならないのだということを考えるとまた頭が痛くなってくるのであった。
それ以上考えても、今は仕方がないのだ。そう気持ちを切り替えて明日の軍議のためにもう一度ヒューゴは寝所に戻ろうとしたその瞬間だった。
一陣の、風が吹いた
風を感じる。
窓が開いていたのだろうかと、閉めに行こうとしたが開けた覚えがない。それに先程窓が閉まっているのは確認したはずである。しかし、自分の勘違いということもある。ヒューゴはもう一度窓が閉まっているかどうかを確認するために振り返ったその瞬簡、窓に腰掛けている影が見えた。
「こんばんわ」
それが彼との出会いだった。
月明かりに照らされ顔ははっきと見えないものの、その体型は俺と同い年かそれぐらいだろうと思われる。悪びれることなくむしろ飄々とした印象すら与えるその物の言い方に、何故かヒューゴには敵意というものが感じられなかったのである。普段の自分なら武器である短刀を突きつけていたに違いないだろうに、ヒューゴはただ驚くばかりでそのまま突っ立っていたのである。だから、彼が何者であるとかどうして2階の自分の部屋の窓から入ってきたのだろうかという疑問が全て抜けていたのであった。
「突然の訪問に驚かせてしまったね、ちょっとだけでいいから入れてくれないかな?」
「あ、はい…」
突然の侵入者に、問いかけもせずに窓を開けて受け入れる。軽い音を立てて窓から入ってきたのは、やはりヒューゴと同年代であろう少年だった。明かりをつけてヒューゴの前に現れた彼は、赤い服(カラヤやゼクセンの物では無い、どこか異国のものだろう)に棍を持ち頭には若草色のバンダナが巻かれている。
しかしその格好よりも何よりも俺が印象に残ったのは『瞳』だった。
同じぐらいの年頃(だろう)のヒューゴから見れば意思の強い、でも何処かに影を含んでいるようなそんな『瞳』を持っていた。
赤い服に棍を持ったその姿、印象深いその瞳。もしかして彼は『炎の英雄リヒト』なのだろうか?
ヒューゴは自分の頭に浮かんだ突飛すぎるであろう想像を首を振って否定する。ただ、ゲドやサナから聞いた『炎の英雄』に余りにも似すぎているのだ。しかし、ヒューゴは顔を知らない、けれども『炎の英雄』はもう亡くなっているってサナはあの時に言っていた。だから、もしかしたら目の前に居るのは幽霊なのかもしれない。
ヒューゴが余りにも不甲斐ないから、『真なる火の紋章』は受け継がせる訳にはいかないと取り返しにきたのだろうか。そして、本当の持ち主にこの紋章を手渡すかもしれない。破壊者達に渡すわけにはいかないが、けれどもこれがリヒトだったら抵抗する理由が何処にもない。今の自分にはこの紋章は色々な意味で大きすぎる存在だったから。だから、脳裏に浮かんだ疑問を口にした。
「貴方は『炎の英雄リヒト』ですか?」
彼は驚いた顔でこっちを見て、そして笑った…かのように見えた。ヒューゴは自分がとんでもない事を聞いたような気がして、恥ずかしくなってしまった。
「期待に添えなくて申し訳ないが俺は『炎の英雄リヒト』では無い」
どうやらヒューゴの勘違いだったようだ。しかしこんな夜更けに、それも2階の窓からから入ってくる人物など正気の沙汰ではない。ヒューゴがいぶかしむのも当然の反応には違いない。しかしヒューゴはやんちゃ盛りの少年とは言え、ルシア族長を始めカラヤの連中に礼儀正しく育てられている。己の勘違いに咄嗟に出たのは謝罪の言葉だった。
「ごめんなさい、あの・・・」
「ああ、ごめんごめん。驚かせてしまったみたいだね。こんなところから出入りするのはいつもの癖でね。グレミオなんて…いや…それより君がヒューゴかい?」
突然ヒューゴは名前を呼ばれたことに驚く。見知らぬ初対面の人間が突然2階の部屋に現れて、しかも窓から不法侵入した上にヒューゴの名前を呼んだのだから、いくら夜だとはいえようやく彼が敵−破壊者−の仲間ではないかという疑念が浮かんできた。
ヒューゴは持っていたナイフを咄嗟に構えた。緊張感が場に走る。
「やるかい?」
彼は両手をひらひらとさせて、敵意がない事を示そうとしている。その軽薄とも言える態度にすっかり戦意を削がれてしまった。普段ならヒューゴはそれでも向かっていったのだろうが何故かこの時に限ってそれが無駄だと感じられた。それは彼の持っている雰囲気のせいだろうか、とにかくナイフをしまう。声を出して人を呼ぶのも出来たが、そんな事をしても意味がないような気がした。そんなヒューゴの様子を見て、彼は一度軽く微笑む、そして俺の前まで近付いてきた。
「驚かせて申し訳ない」
彼ははエイ・マクドールと名乗った。彼…エイという人はたまたまふらりと寄ったこの地でヒューゴの噂を聞いて会ってみたくなったのだが、ちょうど不在だった為、どうしても会って見たかったのでこんな手段を使ったと言っていた。多少強引とも言える話だったが、もうこうして来てしまった以上無下に断るのも悪い気がしてしまった。それに、何故かヒューゴの方でもこのまま別れてしまってはいけないという気持ちになっていたからだ。エイはこれで十分だと、礼を言って窓の方に向かって歩き出していた。
「あ、あの!」
自分でも何でああ言ったかヒューゴは判らない、けれどももう少しだけ話をしたいと思ってしまったのだ。だから…
「もし、急ぎでなければもう少しここにいませんか?」
エイはヒューゴの言葉に目を丸くした様子だった。何か変なことを言ったのだろうかと不安そうなヒューゴを横目に、エイはヒューゴの顔をじっと見ると口端をあげて笑う。それは何か面白いものでも見つけたような、そんな表情だった。そして、左手を前にお礼の仕草を自然に行う。
「では、ヒューゴ殿のお言葉に甘えて」
「うん」
炎の英雄ではなく、エイは『ヒューゴ』と名前を呼んだ。
何故か、久しぶりに呼ばれるその名前がとても心地よく感じていた。
そして、ビュッテヒュッケ城に新たな客人が一人増えたのであった。
このエイとの出会いが、今のヒューゴにどんな風をもたらすのか。
それは、まだ始まったばかりであった。
【言い訳】
encounter:[英」出会い
開設第一弾の作品がこれかい!?ってな感じです。しかも続き物だし(笑)
今回の話は『もし坊ちゃんが3に出てきたらどうなるか?』というのが一応のテーマ。
ドリームもいい加減にしろって話ですがいろいろと書きたい事があるのでしばらくお付き合いください。とりあえず、こうして坊ちゃんは取り合えず本拠地に客人として逗留することになったのでした
02/08/25
03/11/10 改訂
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