剣よりも強きもの



「アーサーさんは何で壁新聞を始めたんですか?」

 新作の新聞をエストニア城の壁に貼り付けていたアーサーにふと通りがかったトーマスが尋ねる。
 突然の質問に、アーサーは驚いていたが「う〜ん」と少し考えた後記事を追っかける時のように、瞳を輝かせていた。

「ここじゃなんだから、レストランにでも行かないかい?」





 レストランで適当に空いた席に座ると、アーサーはメニューから適当に注文した。

「あ、ここの支払いは君もちでね。これも情報料ってことで」

「あ、はぁ・・・」

 抜け目の無い行動に圧倒されながら、ただ何となく聞いたことが思いも寄らぬ出費にトーマスは少し溜息をついた。

「僕が何で壁新聞を始めたかって?」

「あ、は、はい」

 アーサーがこのエストニア城に来ていらい、公開されている壁新聞は城の住人におおむね好評である。内容もゴシップ的なネタから、現在の情勢、更に連載小説までと抱負で更新も早い為に楽しみにしている人間も多い。一体どこから情報を入手したんだという話もあって、城の住人の話のタネになっていた。

「君は剣の腕が立つものが一番強いと思うかい?」

 突然のアーサーの質問に質問をしたトーマスの方が何と答えていいか判らなくなって、口ごもる。

「え、そうだと・・・思いますが」

ようやくトーマスの口から出た言葉にアーサーは予想通りだったのか、特に表情を変える事はない。

「でも、そういう人間にも弱点はあるだろ?例えば知られたくないことを知られてしまったら?」

「それは・・・」

どんなに強い人間だって弱みを握られれば脆い。

「強い人間だって、所詮は人間なんだ。弱みもあれば、以外な部分だってある。たった一行の記事が世間を動かすことだってあるんだよ。」

 世間の評判がその人間を殺すこともある。だから、誤った情報を流されて人生が変わった人間も見たことがあったとアーサーは告げていた。それに強いモンスターも情報があれば対抗策も生まれるから、死ぬ人間も減ると思うとも告げていた。

「だから、僕はジャーナリストになって、真実を追い求めながら弱い人々を守りたいと思う。これが、剣を持たない僕の戦い方だ」

だから、僕の武器はこのペン一本なのさ。と、右手に持っていたペンをくるくると回してみせた。

「凄いですね、アーサーさん!」

 トーマスはアーサーの話に感激していた。非力な人間でも戦う術がある、それは自分に自信の持てないトーマスにとって目から鱗が落ちたかのような言葉でもあった。

「まだ、僕は未熟だからペンを上手く使いこなせていない。だから、沢山の記事を書いて力をつけていかなければならない。壁新聞を始めたのはそれもあるのかな」

「壁新聞を書くことが修行?」

感激したものの、まだ少しつかめていないトーマスにアーサーは更に言葉を続けた。

「うん、最初はどんなに下手でもいいんだ。とにかく、書いて人に見てもらう、そして感想を貰い自分の未熟な点を見つけ、その部分を直していく。つまりは読者こそが先生で、よい読者に恵まれれば記者は成長していくんだ」

「読者がいるから・・・」

 ここは様々な人がいるから修行にはもってこいの場所だとアーサーは付け加えた。

「アーサーさん、僕はあんまりいい読者じゃないけど・・・応援しますから!」

そう言って咄嗟にトーマスはアーサーの両手を握っていた。その言葉を聞いたアーサーの瞳は驚きに満ちていた。そして・・・照れくさそうに笑った。

「ありがとう、トーマス君」

じゃあ、次の新聞の記事を探さなきゃいけないから、とアーサーはその場を後にした。




(僕はヒューゴ様たちに比べれば非力かもしれない・・・けど、僕は僕なりのやり方でこの城の皆

を守れるかもしれない・・・いや、守りたい)

少年の心に何かが芽生えた。

ほんの小さな邂逅から芽生えたものは、やがて大きな大樹になろう。

トーマスはグラスの中に残っていたオレンジジュースを飲み干すと、その場を後にした。





【後書】
本当に何てことない話です
アーサーの「記者は読者が育てる」という言葉を言わせたいばかりに書き上げました。
作家であれなんであれ反応が返ってくるというのは嬉しいもので、反応が無いと凹んだりもするけれどそれでも書き続けるのは、その作品への『愛』なんだろうな、と実感します。
まあ、最後はトーマスで締めたのは彼への私なりの御礼という事で。

02/09/29up  tarasuji

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