風の吹く丘にて (幻想水滸伝3)
風の吹く丘に立ち、空を見上げる
君と、君を取り巻いた全てを思いながら、明日へと歩き続ける
その日は少し風の強い日だった。
「やはり、お前もここに来たのか…」
声を掛けられて振り向いたのは、褐色の肌に日を弾くような金の髪の少年だった。少年が振り向くと、目の前には銀の長い髪を風になびかせた女性が少年の方をじっと見ていた。女性も、少年も互いにほんのだけ少し微笑んでいた。
「クリスさんも…来たんだ」
銀の髪の女性はクリス、褐色の肌の少年はヒューゴといった。
二人の視線の先には、今や廃墟と化した瓦礫の山。歴史学者しか訪れないようなそんな場所に、二人はただ立っていた。勿論、二人は歴史学者ではないが、ただの物見遊山でもない。この場所は、特別な場所だった。
二人だけではない、沢山の人々の特別な場所だった。
ちょうど一年前、ここで世界の命運を分けた戦いがあった
真の27の紋章の一つである、【真なる火の紋章】を受け継いだ少年、ヒューゴを中心として結成された【炎の運び手】は、五行の紋章を利用して世界を無の未来から救おうとした同じく、同じく真の27の紋章である、【真なる風の紋章】を宿したルックとぶつかり合った。
そのぶつかり合いはグラスランド全域をも巻き込み、沢山の人々の血と、悲しみをもたらした。結局、【炎の運び手】は風の紋章の化身を打ち破りひとまずグラスランドを巻き込んだ騒乱は収拾されることとなった。
しかし、騒乱が終わったからと言えどもシックスクランとゼクセン連邦の関係が劇的なものとなることもなく、それでも以前よりも互いの関係は違うものとなろうとしている。それはゆったりとしたものだが、長い時間をかけて作られていった敵対関係も、それと同じ時間をかけて緩和されていくのであろう。
「久し振りだな」
「そうだね。クリスさんも元気そうで」
「ああ、お前も元気そうだ………あれ?」
クリスは少しヒューゴの方を見る。その様子にヒューゴは不思議そうにクリスを見上げた。
「どうした?」
「背………伸びたか?」
クリスの視線の理由が判ったのかヒューゴはニカッと笑う。
「うん、去年よりかなり伸びたかな?ビッチャムとかルースはまだまだ成長期だから伸びるって言ってたし」
「でも、去年会った時よりも随分背が大きくなった」
「そうかな?自分ではあんまり判りにくいんだよね」
以前はクリスの胸辺りにあったはずの頭が、今では顔ぐらいまで伸びている。もう少しすれば、クリスを抜く勢いであろう。それに、変わったのは身長だけでない。体の筋肉も以前よりついてきている。以前のしなやかさはそのままに、少年から、青年に成長しようとしている部分が全てに現われ始めていた。声も少しずつ低くなっている。そういえば、ルイスもヒューゴと同じように成長をし始めているのを、ボルスやパーシヴァルがからかっているのを思い出していた。
それでも、まだその仕草や口調は去年であった時の名残を強く残しておりそのアンバランスさが、まだまだ成長しきっていない事を示している。ビュッテヒュッケ城に居たころ、一度背を伸ばす為だと窓枠にぶら下がってトーマスが真っ青になって助けを求めていたことを思い出して、クリスは唇に笑みを浮かべていた。
「クリスさん…俺変な事いった?」
「い、いや。何でもない」
ヒューゴには本当のことを言わないでおこうと思った。それはもう少し先になって彼が青年になったなら言ってもいいとは思っていたが。
「一年前…ここで本当に皆で戦ったんだよね」
「ああ」
「たった一年、けれどもそれが昔のように感じるよ」
「そうだな…本当に一年だけなのにな」
忘れた訳ではない、目を瞑ればいつでも思い出せる。でも何故かそれが遠い昔のことのように感じられる。それは裏を返せば、その後の一年間があっという間に過ぎていってしまったということである。戦いの後、互いの立場でそれぞれこれからの為に動いていた。
ヒューゴはカラヤクランの次期族長としてルシアに色々と叩き込まれ、クリスはクリスでゼクセンの中でシックスクランとの関係を改善しようと、評議会に向けて騎士団なりに働きかけていた。それは互いに、あの戦いの中でそれぞれが感じた色々な出来事があったからであるが。
風が吹いた
その風に、ヒューゴもクリスも何処かに悲しみを残した瞳の、少年を脳裏に浮かべる。少年自身は気がついていなかったかもしれないがあれは人間を愛していた故に、純粋すぎた故に起こった出来事だった。全てが許されるとは思わない、けれどもその想いだけはあのモノクロの風景の中にいた彼から伝わってきていた。
違う出会い方をしていれば…とも思ったこともあった。だけどそれは今になったからこそ考えられることだ。考える時間が出来た今だからこそ。
彼を否定するためにも、自分たちは生きなければならない。【人】として生きていくことが、彼に対しての解答だと思う。
風が、二人に向かってゆっくりと吹き付けていた。
背後から、草を踏み分ける音が聞こえる。振り向かなくても、その足音が誰であるか二人は判っていた。
「お前らも…来ていたのだな」
「ええ…お久し振りです」
「ゲドさんも、来たんですね」
一年ぶりにあったゲドは相変わらず表情の読めない男ではあったが、それでも身に纏う雰囲気は初めて出会った頃よりも幾分ではあるが柔らかくなったような気がする。
三人は、もう一度だけあの遺跡の廃墟を見通す。それぞれの胸に、それぞれの感情が去来しているだろうが、三人とも何も言わなかった。
「今日はゆっくり出来るのですか?」
「ああ」
「今日は俺たちトーマスさんに会いに行くんです。一緒にどうですか?」
「……そうだな」
「お久し振りですね」
「やったぁ!」
「アイラも来ている、久し振りに会ってやるといい」
「アイラ、元気ですか!?」
全てが綺麗な思い出になる訳などない。
けれども、泣いて、笑って、怒って、誰かを好きになって、嫌いになって…そうして生きていると思いたい。たとえ、未来がどうなろうと生きているのはこの瞬間なのだから。
風が、三人を取り巻くように吹き付ける
それは、先程よりも穏やかなものに変化していた
久し振りの幻水3話です(汗)最初は幻水3サイトとして始動したので、
やはりこの記念企画のトリとして幻水3話で閉めたいというのがありました。
話もオーソドックスに主人公3人(の割りにはゲドは最後だけ…)がその後
再び出会うということで。戦いが終わったからこそ考えられることも
その時のことを後悔することも出来ると思うのです。それは生き残ったものだけが
出来ることでもあると思います。ヒューゴが真の紋章もちだけど成長することに
関しては…個人的設定なので、出来れば彼には有る程度までは成長してほしいです。
そして発表されたばかりの幻水4には彼らは出るのかどうか…
何はともあれ一週間へたれ文字書きの企画にお付き合い頂きましてありがとうございました!
03/09/13 tarasuji
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