Avis Caerulea
遺跡から謎の双子の力で無事戻ってきた直後のことだった。
九ちゃんはにこりと笑って俺と阿門をストレートで一発ずつぶん殴りやがった。大体、九ちゃんは体力バカに近いところがあるから俺も阿門もその不意打ちに回避など出来る筈も無く、口の中が鉄錆の味が広がっていく。歯は抜けていないところを見ると、ちったぁ加減してくれたと言うべきなんだろうなあとか思っていたが。
隣の阿門も、俺も何も言わずにただ、黙ってみているしかなかった。言い訳なんか出来る筈もなかった。それだけのことを、俺たちは彼にしたのだと思えば。
だって、九ちゃんは俺たちよりも辛そうだったから。
全てを終えて、解放された筈なのに、それでも何よりも一番辛そうで。ああ、俺たちがお前のそんな顔をさせてしまったのだ。それは本当に一瞬の表情だったのだけれども。雄弁で、実直にいつも気持ちを語ってきた九ちゃんが何よりも隠そうとしてきたその表情を見てしまえば。直ぐにいつもの飄々とした表情に戻ったけれども。俺はお前のそんな顔を見たくなかったのに。結局、世界と言う奴はいつでも空回りなのだと。
望むものは、いつも側にあったのに。
それから、流石に疲労が溜まっていたのか九ちゃんは倒れた。
慌てる俺とは対照的に、穏やかにと眠り続ける、その寝顔。阿門が九ちゃんを運んでやると言って寮まで連れて行った。ああ、阿門の奴が九ちゃんを運んだと知ったら目覚めた時どんな反応をするのか見てみたいと思う。
何故か、九ちゃんは≪生徒会≫と敵対する立場にいながらもそれでも阿門の奴に興味を持っていたから。喜ぶのだろうな、多分。そう思えばそんな表情をさせるのが俺でないことに気がついて思わずアロマパイプに火をつけた。どうやら、俺がアロマから卒業するのはまだ先の話らしい。それでも今、寮のこの部屋で眠っている無防備なその寝顔も、口から少し垂れた唾液も、その唇からつむがれる微かな寝息も。今は俺だけのものだ。
明日・・・九ちゃんと会ったときに、俺は何と言うべきなのだろうかと考えながら一旦自室に戻ることにした。もう、二度とあんな顔は見たくないのだ。流石に、俺も九ちゃんと本気でやりあって疲労が限界にまで達してきた。心地よい、久方ぶりの眠りが訪れいるのならそれに身を任せてしまおうと思う。
翌朝。
どっか体がすっきりしているような気がして、目が醒めた。
「おっはよー、皆守くん」
「っす、八千穂」
いつもと変わりない八千穂や他の皆の元気な表情。八千穂にいつもどおりに対応しつつ俺は、いつもどおりに教室に入って行った。九ちゃんがいつもならここにいるのだが、今朝は起きてこなかった。まだ寝ているのだろうと思い、起こさないように俺なりに気を使った。実のところ俺自身がどう対応してよいかまだ分からなかったから。
「きりーつ、れーい、ちゃくせき」
「あれ? 九ちゃんは?」
八千穂が小声で話しかけてくる。
「寝てんだろ? 昨日は大変だったしな」
「そうだね」
雛川がいつもどおりに入ってきて、そして授業の前のHR。
「今日は皆さんにお知らせがあります」
何時も通りの生活は、次の一言で終わりを告げる。
「・・・・・・葉佩くんが、お家の事情で昨日で転校になりました。急なことで皆にご挨拶出来ないのが残念ですが、よろしくと言うこと・・・皆守君!?」
「わりぃ、具合が悪いんで保健室に行ってくる」
雛川も八千穂もそれが嘘だと分かっていながらも、それ以上何も言わなかった。八千穂も何も分からず呆然としていたかのようだったが、そこら辺の事情まで構っている余裕は俺には無かったのだから。
「九ちゃん!」
寮の部屋には、何も無かった。
備え付けの家具以外は、九ちゃん、葉佩九龍が居た痕跡は残されていなかった。あの、部屋を埋め尽くすようなガラクタの山も、やけに場所をとる武者鎧やら子供向けの戦隊ポスターやら夜中に光るファラオ像も何もかも姿を消していた。
いや、たった一つ残されていたものがあった。それが一通の手紙だった。封も何もかも無視して封筒をやぶる。そこには少し角ばった、見慣れた字が並んでいた。
『コウへ
突然のことで、何も言う暇が無かった、ゴメン。
≪宝探し屋≫としての俺の任務は終わったから、一度エジプトに報告に戻る。
初めての學園生活。
初めての同世代との日々。
初めて尽くしだけれども、この3ヶ月間本当に楽しかった。ありがとう。
面倒だろうけど、皆に俺が謝ってたって言っておいてくれ。
最後に、俺は今でもにお前のことを親友だと思っている
葉佩 九龍』
「あの、ばか!」
既に追いつかないと分かっているのに、俺は校門の前まで走っていった。まだ、九ちゃんがそこに居そうな気がしていたから。けど、当然の如く九ちゃんの姿なんて見えない。
最後に見たのは、寝顔以外ではあの、一瞬だけ見せた辛そうな表情と、その直後の表情。ああ、結局俺は九ちゃんを傷つけて、困惑させただけだったのか。だから、九ちゃんは俺にも誰にも会わずにこの學園から去っていったのだろう。一言も弁解もさせずに、何も言わずに。
落ち着かずにアロマを銜えるも、ジッポが上手く点かない。こんな訳の分からない状況のままで火も点かないとは全く最低だ。
「皆守、今は授業中だろう」
「アンタもだろう」
振り向かなくとも声だけで分かる。すらりとした黒衣のコートと長身が隣に並んだ。
「九ちゃんが、いなくなった」
「ああ、知っている」
「知っている、知っているなら何故そう変わりなく居られる!?」
自分がこんなに情熱的だろうということに、今更気がついて声が荒くなる。
「奴が・・・九龍が言っていた。『すまなかった』とな」
「あんた、九ちゃんに会ったのかよ」
「ああ」
俺には何も言わずに、阿門には会った。九ちゃんは俺よりも阿門の奴を選んだ。
「だったら、何で、何で止めなかった! あんたの言うことなら、九ちゃんは」
俺がそこまで言った瞬間、阿門が瞳を閉じる。顔にはうっすらと青く血管すら浮き出ている。
「あいつは≪宝探し屋≫だ。次の探索がある、俺たちだけの九龍ではない」
「だけど!」
分かっている、阿門を責めたところで九ちゃんが戻ってくるような人間ではないことぐらい。九ちゃんはいつも言っていた。≪宝探し屋≫であることは、したいことでありしなくてはならないことで、それが一致するこの仕事に出会えたことが幸せだと。だから、俺たちがそれを邪魔することなど出来ない。あいつはそれさえも知っていてこの≪探索≫に来ていたというのか。
俺はまた、残される。結局、傷はまだふさがらないということだろう。あいつは結局俺のことを許しはしなかった、だから阿門には会って、俺には別れの手紙だけで済ませたのだろう。
「皆守」
「あんたと話すことは無い」
「九龍から、伝言を預かった」
そこで、俺の足が止まる。阿門は、俺の背中に言葉を投げつける。
「『俺は死んでいない、生きている。生きているからいつかまた何処かで会える』だそうだ」
生きている。
生きているからいつかまた何処かで会える。
そうか、そういうことかよ。
これが九ちゃんからの置き土産ということか。互いが生きている限り、また何処かで会えるのだから、と。今は一時の別れに過ぎないと、いつか未来の何処かでまた会おうと。
ああ、九ちゃん、確かにお前らしい。お前らしいよ。けど俺は、俺は未来の約束よりも何よりも今のお前が欲しかった。俺の隣で笑うお前が欲しかった。それがあれば、今日から生きていけると思った。罪の全てが許されると思った。
「お前は、本当にずるい奴だよ」
ゆっくりとジッポでアロマに火をつける。ラヴェンダーの香りが揺らめいた。
俺も、隣に居た阿門もしばらく校門の前に立ち尽くす。それは、今はもうここに居ないアイツの背中をじっと見送るかのようだった。
04/10/24 tarasuji
ED後捏造話。去った葉佩と残され男二人。タイトルはラテン語で『青い鳥』
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