その長い髪に、鋏が入れられる。
シャキシャキと、何処か郷愁をくすぐられるかのように。

その長い髪が、風にさらわれる。
さらさらと、風に乗って何処かへ舞っていく。

私も、一緒に飛んで行けるだろうか。



−ある革命−




「もう、こんなにして。髪はオンナの命って言うじゃない。こんなにざんばらに切っちゃって、勿体無いわぁ〜」

 頭上から聞こえてくるため息と同時に、耳に残る鋏の音がどこかくすぐったく感じる。怒られているのか残念がっているのか、よく分からないがそれでもこうして誰かに触れられていること自体は嫌ではない。むしろ、今の出来事ですら面白いと思っている自分がいることをこの間までの自分が見たら不可思議に思うのではないかと。そう考える余裕すらある。

「ごめんなさい、お手数かけて」
「いいのよ〜。九龍ちゃんの頼みだしね。それに、アタシこういうのも嫌いじゃないから」

 話をしている間にも、手が休まることは無い。髪に触れる指も不快ではない。

「それにしても、思い切ったことしたわねぇ。アタシ、今だから言うけれどもあなたのこの黒髪結構憧れていたのよ。ホラ、一度はあるじゃない。真っ直ぐでサラサラの黒髪を長く伸ばしてね。あの新製品のシャンプーのCM見てる? こう髪をふさぁっと広げて、周囲の人間を虜にするの。アタシ結構あれが憧れなんだけれどもねー」

 前髪を切りそろえ始めた。髪の毛が目に入らないように、目を閉じる。子供みたいだけれども、子供の時を思い出して、目を閉じる。

「まあ。オンナが髪を切るには理由がいくつもあるわ。誰かに失恋した、憧れの人と同じ髪型にする……でも、一番多いのは自分を変えるため、かしら」
「自分を、変える?」
「そうよ。変えたいと思っても、なかなかすぐに心を変えることは出来ないわ。でも髪を切るということで、形を変えて、それにあわせて心も変えていくの。まあ、自己暗示の一つでもあるのだけれども、女の髪には色々な情念が宿ると言うわね。髪を切ると言うのはそれを捨てるということも意味する見たいよ。ほら、昔の尼さんって髪を切って神仏に仕える存在になったじゃない。それも一つの変化よね」

 鋏の音が合間に鳴り響く。耳の辺りを切っているのだろう。それと同時に髪を切ることで自分を変えるという話がどこかに引っかかった。

「多分……そうかもしれない。私は、新しい私になりたかったのかもしれない」
「そう。あなたも色々あったものねぇ」

 首の辺りに風を感じる。この感覚を最後に味わったのはいつのことだろうか。

「私は、あの日から白岐幽花としての個人に戻ることに違和感があった。今までは《鍵》としての存在であることを余儀なくされたから。だから、自由にしていいって言われてもどうしていいか分からなかった。だけど、変わりたいと思った」

 返答も無かった。相槌も無かった。でも黙って聞いてくれることは分かった。だから、私はこのまま話を続ける。

「でも、変わるためにどうすればいいか分からなかった。だから、先程貴方が言ったとおりに、自分を変えるために、髪を切ったの。それで変わるかどうか分からなかったけれども」

 髪に櫛が入るのを感じる。そういえば、長いときもこうして髪に櫛を入れるのは好きだった。何故か気持ちを落ち着けるのにゆっくりと時間をかけて梳かしていった。

「変わるわよ」
「え?」
「変わるわ。貴方が、『変わりたい』と願った。髪を切るのはただの手段よ、本当に変わるにはアナタ自身の気持ちが必要なの。だから、変われるわ」
「そうね……」
「でもね、忘れちゃいけないわ。どんなに変わってもアナタが《白岐幽花》という一人の人間であることに。それだけは絶対変えられない、アナタという存在だということに」

 それを教えてくれたのは、九龍ちゃんだけれどもね。と付け加えて髪を整え始める。そうして、瞼の裏にあの《転校生》の顔が浮かんだ。彼は、この天香學園の色々な人々を変えていった。でも彼自身は変わることなく、揺らぐことなく、《葉佩九龍》として損なうことなく。あの強さが、うらやましいと感じたこともあった。だから、私も変わりたかった。あのように、しなやかに強い人間として。

「そういえば、こうして白岐さんと話をするのは初めてじゃない?」
「そうかも、しれないわね」
「九龍ちゃんがいなければ、こうして話をすることは無かったかもしれないわね」

 そうかも、しれないと思う。互いに存在を知っていても、ただそれだけだ。だから、こうして彼と出会ったことで、私の中に新たに世界が広がっていく感覚がする。だから、出会ったことも、こうして髪を切ったことも、今は全てが新しい世界を開拓するかのように。子供のようにワクワクし始めていると言ったら不謹慎だろうか。多分葉佩さんはこの感覚を求めて《宝探し屋》になったのだろうかと己の内で想像する。

「ハイ、出来たわ。すどりんの自信作よ。鏡を見て〜」

 鏡の中には、今まで見慣れた自分なのにどこか違う、自分自身が存在しているかのように見えていた。どこかしら、身体が軽い。首筋に空気が押し寄せているかのような感覚がする。

「ありがとう、朱堂さん」
「アタシは女に礼を言われるのは好きじゃないけれども、今はありがたく受け取っておくわ。アタシこそ、楽しかったわ」

「シゲミちゃーん、終わったー!?」

 ドアの向こうから八千穂さんの声が聞こえる。最初は居たのだが、何故か八千穂さんがいると朱堂さんが気が散るからと部屋から追い出したのだ。それはそうと何故朱堂さんが普通に女子寮にいることが出来るのかも不思議だが、今のところは大丈夫なのだろうと思う。(流石に葉佩さんは七瀬さんとの一件で出入り禁止になっている模様だが)

「終わったわ、八千穂さん。どうぞ、入って」

 その声と同時に、八千穂さんが部屋に入ってくる。そして私の方を見る。何故か少し恥ずかしくて、もしかしたら変なのかしら……と心配になってくる。



「その……八千穂さん。どう……」
「白岐さん、素敵! バッチリ似合ってるよ!!」

 八千穂さんにそういわれると、何故か少し安堵する。そして八千穂さんが私に近づいてきた。
「もう、最初はシゲミちゃんに頼んだけれどもちょっと不安だったけれども。でもすっごい似合ってる。もう皆に見せてあげたい!!」
「ちょっと、小娘。それはどういう意味かしら!?」
「えー、だってシゲミちゃん女の子は好きじゃないんでしょー」
「ビューティハンターを舐めちゃ困るわ! 美の為に日々研鑽を積んでいるワタシがそういう嫌がらせをすると思ってるの!?」

 八千穂さんと朱堂さんの掛け合いを止めようかとも思ったけれども。何故だか二人とも楽しそうだったのでとめることにした。私のことを心配してくれるのかと思ったら、それはそれで何故か嬉しかったのかもしれない。
 もう一度、鏡を見る。私が、微笑んでいるのが見えた。

「初めまして、《白岐幽花》。これからも……よろしくね」



 窓の外から、空を見た。
 私の心を映すかのように、澄み渡り、晴れ渡るかのように。

 私を見て彼がどう思うか、心の片隅に、そんな気持ちを持つのすら新鮮で、待ち遠しいような感覚を覚えるのであった。




多分何処のサイトでもありえないだろう、白岐さんとすどりんの組み合わせです。
私の中で一度白岐さんのあの髪の毛を切らせてみたい願望がありまして。
この話には自分で髪を切る白岐さんという元ネタがあるのですが先にこちらを。
私の中では白岐さんもすどりんもいい女なのです。

06/10/28 tarasuji