F r e e z i n g M e m o r i a l
何度か訪れているうちに、今まで気がつかなかったものに気が付くと言うのは日常の何処にでも存在しているもので、多分俺がそれをみつけてしまったのもそういうものなんだろうと思うと一度で気がつかなければいけないという生業に対しての嗅覚の鈍麻とこの学園生活とやらの日常に感化されきったのだろうかという怠惰と、それこそが実は当然のことと認めるしかない現状のあれこれが一度にやってくる。その全てが一度に襲ってくるのは大変に面倒なので俺は一度それを全て遮断することで今現在この学園に存在する《高校生》の《葉佩九龍》としての表面を続けることにするのであった。
そもそも、俺が自分の中でこんな面倒くさい作業をしぶしぶながら続けるようになったのは何時頃だったのだろうかと振り返ってみれば思い当たるのは何箇所かある。オヤジに拾われた頃、国津の父に育てられた頃、マリーとの別れ、オヤジ行方不明。あー、なんだ思い起こせばいっぱいあるじゃねえかとグダを巻いてみたところで断定も確定も出来ないのだからそれも止める。思考する事は悪くはないが、それが悪循環に結びつきそうになった場合はとっとと止めてしまわないと今度は自分がそれに囚われて動けなくからだ。よく、「葉佩君は前向きだよねー」「何事もいい方向に考えてるんだな」とか「楽天家だな」とか周囲は言うけれどもそれは俺が考えすぎるとロクでもないからさっさと切り捨てているだけなのである。まあ、最後の「楽天家」っていうのはそういう思考じゃなければこんな生業おくってこられないだろう? とか思うわけであって。何処までが俺自身の意思で、何処までが俺の根源たるものなのかなど誰にも、それこそ俺自身にだって掴むことなど出来ないのだけれども。
あー、こんな話が前置きになりつつあるのは、俺が最近ちょっと日和見傾向に陥っているせいもあって少しだけ、そうほんの少しだけれども何かに気がつくのが遅くなっていると言うことを言いたいだけで、それを一言で言おうとして何故か通常の何倍にも言葉が膨らんでくるのは俺が普段は大人しいキャラクターを演じているからこその反転なのだろうかと自己分析してみたりする。実際には俺のその鈍さが《真実》に隠されている僅かなことを見逃すことになったのはまた別の話と言うことで、とりあえずこれから言う事は今までの前置きとは全く関係ないということで頭を切り替えてくれればいいと思う。これからの話はこんな前置きなど関係もなにも無い話なのだから。
俺が気がつかなかったと言うのは、最近、屋敷の鍵を貰ったと言うことから通いだし始めた阿門家の応接室に置かれたサイドボードに飾られている写真立てのことである。何度も招かれていたというのに気がついたのはつい最近のことだ。そもそも阿門家に通いだし始めたのは自宅に来いとばかりに屋敷の鍵を阿門が渡したせいであって、こうして対立関係にあるよりも協力し合った方が今後の探索にもやりやすいだろうと見越してのことであったが当の阿門自身が屋敷に居ないことが多くて専ら俺はこうして千貫さんと話をすることが必然的に多くなっている。
その当の千貫さんも『九龍(カオルーン)』の営業が忙しいとか言って、簡単に挨拶すると殆ど留守にしていることも多い。千貫さんといえば日中はマミーズの手伝いをしつつ屋敷の管理、夜はバーのバーテンダーとして働いているのだから一体いつ休んでいるのだろうと考えるとその日常は昼間は学生、夜は《宝探し屋》の俺よりも凄まじいのではないかと思うとその生活に心配すら覚える。これ絶対労働基準法違反だよなとか言われればそうに違いない。阿門は実のところ千貫さんが倒れたら一体どうなるのだろうかと余計な心配をしているが、そこのところは一回二人から聞いて見なければならないとは密かに思っているのだ。今のところそれを聞くことが出来ないのは機会が無いだけなのだ、多分。
で。
今日もそういう訳で千貫さんは『九龍』に行ってしまったので俺は一人のんびりと阿門家の広い屋敷に取り残されている。大体、本来ならば敵対する立場にあるということは、千貫さんも知っているだろうに、「今日は留守をお願いしますね」などとあの笑顔で言われてしまっては断れないであろうが。大体俺は老人と女子と子供には最初は優しく接しましょうと育てられてきている筈だ。最初は? という部分はその後の状況では対応を変えなければいけないよ、特に女子にはと言われていたがな。どういうつもりなのか、そればかりは俺にも一切合切わかりませんが、信頼されてしまっているらしいのでそれを裏切るわけにも行かないのだ。俺は千貫さんを敵には回したくない。
そもそも、阿門家は現在あの広さを千貫さん一人で取り仕切っているので他のお手伝いさんがいない。大体、館モノには付き物のメイドさんがいないということが根本的に間違いだと俺は思うのだがどうだろう? これではロマンスも謎も何も生まれないではないか。やはり可愛いメイドさん目当てに屋敷に通うのが健全な男子高校生であって、執事とその主人目当てに通うというのはどうにも間違っているような気がするのだが。まぁ、いないものはどうあがいてもいないのだから、ここは素早く切り替える。
そうそう、何の話だっけ……ああ、写真立ての話だったな。多分昨日まで気がつかなかったのは元よりあったが俺の関心がないので気がつかなかったのか、昨日に千貫さんが出してきたので気がつかなかったせいなのか二つに一つ。突然湧き出てきたとか、俺だけに見えなかったとか言うのは無しな。どっかの小説みたいにはいかねーんだから。さらに、前者でないほうが有難い。俺の探索スキルが鈍っているという可能性は余り考えたく無い代物であるし、何よりも俺がこんな美味しい写真を見逃している訳が無いのだから。あ? 何の写真か勿体ぶらずに言えって? そうだな、それを言わないと話もすすまねえもんなあ。
立てかけてあった写真立ては二つ。俺は、誰も居ないことをいいことに近寄っていく。
一つは、少し阿門に似た奴と、そいつの隣で自分の身体よりも大きな椅子に座っている小さな子供。
もう一つは女性だ。俺たちよりは年上で端麗先生よりも、もう少し年上の女性の写真。長い黒髪を左肩の辺りでくくっている着物姿の女性。年上なのは確かだがその姿は儚い、という言葉こそが相応しい。だが、その面影とは対称的にその黒い瞳に宿る意思の光は強い。その女性の雰囲気は俺の知っている誰かに何処かが似ているような気がする。黒髪に黒い瞳。それがこちらを、もしかしたら俺の方をまっすぐに見ている。そんな写真。
子供が映っている写真の方は見れば直ぐに分かる。子供が阿門なのだ。あの特徴的なお団子の片鱗はまだ見えてもいないが、男の子にしては少し長めの髪の毛やら、表情はどう見たって俺が知っている阿門帝等、そのものだから。ならば隣に座っている彼に良く似た男は、彼の父親ではないだろうか。流石に、父親だからと言ってあの特徴的すぎるお団子頭はしてはいないが、顔つきや骨格など何処かで雰囲気が重なっているのは肉親だからだろうか、もしかしたら阿門も成長したらこうなるのだろうかと思うと少し、先が楽しみだ。ああ、彼の両親に関しては千貫さんから間接的には聞いているものの、顔すら見たことがないので断定することは出来ないが、十中八九、間違いないと思うのだ。
「厳十郎、戻ったぞ」
声が聞こえる。誰の声かは分かっているが、呼ばれたのは自分ではないので振り返らない。俺は千貫さんに留守を頼まれたのだから別に居たって咎められないだろ? むしろ感謝して欲しいものだ。ついでに待遇改善も要求したいところだがそれは今後の展開しだいということにしておこう。だいたい俺の言葉は頑として聞いてくれないほうが高いからな。それでも敵対する立場にあるというのに俺を平然と屋敷に出入りさせているのは、余裕なのかそれとも単に眼中に無いのかその判別が出来ない。出来ないからこそ、俺は大抵千貫さんの好意を利用してこうして通っている訳なのだが。
後の阿門が「《転校生》…」と声を掛けるのが耳に入る。それに続く言葉は多分、想像に難くない。
「何の用だ」
やはり想像どおり。俺はいつもと変わらぬままに《転校生》として答える。千貫さんに屋敷の留守を頼まれた事は伏せておく。それを正直に言うと多分、千貫さんが阿門に咎められるのは間違いない。それでも千貫さんにだけは弱い阿門なのだから言葉だけで住みそうだが、俺の独断にしておいた方がいいだろう。それに余り俺が千貫さんと仲が良いと阿門が寂しがるだろうし、なんてな。
「お邪魔してるよ」なんて軽く手を上げると眉間に皺が寄り始めているのが分かる。おいおい、若いうちから余り皺を寄せるとずっとこのままだぜ。で、阿門はそれから俺が見ていたのが何なのかに気がつくと、更に眉間に強く皺が寄り始める。血管も少し浮き出始めているな。血圧上がってるんじゃないのか? と言いたいところだが、そんな思考よりも次の阿門の反応が気になるのでそれは黙っておくことにしよう。それが、いい。
「見た…のか」
ああ、と返答をしてもう一度阿門に視線を移せば、見られたくないものを見られてしまったという感じが強く出ている。こいつは分かりにくいようで居て何処か分かりやすい時がある。とりあえず気がつかない振りをしてこれ、お前の両親かと聞いてみれば、あっさりと肯定を寄こす。ついでに昨日までは無かったらしいので千貫さんが飾っていたのだろうと言う情報まで入ったので、やはり俺がこれに気がつかなかったのは今まで存在しなかったのだということでカタが付く。
余りにも気まずそうにしているので、それ以上は追求しないようにしよう。こういう時の阿門は年相応に見えてしまうのだが、それも言ってしまえば今度こそ鍵も取り上げられて出入り差し止めをくらう事は間違いない。とりあえずその後はどうしたって? まあ、いつものとおり、阿門にくだらないことを言って寮に戻りましたよ、ちゃんとな。明日になればいつもどおりの《生徒会》と《転校生》の関係には戻っている筈だと。まあ、散々その件で口外するなとは念を押されたけれどもな。
まあ、阿門の奴は育ての親は千貫さんな訳だしそれ以上の事情にはまだ踏み込まないことにしておこうと。俺も生みの親の存在も記憶も無いし、育ての親が父親二人なんていう状況だったからな。それはそれで楽しかったし、良かったと思ってる。
で、こっそりとH.A.N.Tを起動してみる。実は、協会にも内緒で俺はこの中にあるデータを仕込んでおりまして。ちょっとした操作で出てくるのは、一枚の写真。オヤジと父と、子供の俺と並んで映っているその写真の中で俺は確かにしあわせだったのだ。ああ、女々しいのか、後生大事にそんなもの仕舞っているだなんて。ま、これは誰にも知られない俺のたった一つの秘密でありつながりの証とでも言える代物。もう戻らない時をそこに永久に凍らせて閉じ込めておく、フリーズパックされた思い出。まだまだコドモなんだよな、俺たちとか勝手にひと括りすると怒られそうだけれども。
「Good Night Daddy's」
俺は、H.A.N.Tに残る写真に軽くキスをする真似をして電源を落とす。
寮までの足取りは軽く、その仕草を見守るのは空を蒼く照らす月光のみっていうのがこの少しセンチメンタルな夜には丁度良かった。
05/05/07 tarasuji
葉佩一人称+極力台詞の減少に挑戦。家族に対する憧憬と記憶と懐古。
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