九龍で逢いましょう




1.Milk talk

 生徒歓迎、但し出すのは水かミルクのみ。

 夜間限定のバー「九龍」には学生の姿などなく、居るのは學園の教師とそこで関わる人間のみ。
 しかし、そんな場所にふらりと馴染みのように現れるのは3−Cの≪転校生≫葉佩九龍。九龍と「九龍<カオルーン>」 奇しくも同じ名前を持つこの場所は、探索前やらいろいろな時に葉佩はふらりと寄るようになっていた。

「こんばんは」
「こんばんは、九龍さん」
「いつもの」
「はい」

 そういって千貫が葉佩に出すのはいつものミルク。

「今日のは何処の奴?」
「本日のは、霧降高原牛乳でございます」
「この間のポロロッカの高原牛乳も美味かったよ」

 最初は、牛乳などと思っていた葉佩であったがここのマスターでもある千貫が出す牛乳は、購買で売られている牛乳とはまた一味違うのである。ともかく最初飲んだときにその味の濃さとまろやかさに驚いたのは言うまでも無い。しかもその牛乳が農場とかではなく、大手スーパーやデパートで簡単に買えるような代物だというのだから驚きである。

「俺、昔牛とか山羊の乳の搾りたてを飲んだときも美味いと思ったけど、ここの牛乳も美味い」
「そうですか」
「昔、親父…って言っても義理の父親なんだけど、あちこち連れまわされていろんな動物の乳を飲んだことがあるんだ」
「さようでございますか」

 千貫は、葉佩の話に相槌を打ちながら音を立ててグラスを磨く。
 最近の若者には珍しく、骨があると思う。それはその身のこなしや時々葉佩からこぼれ出る話を聞いていてすぐに分かった。あと、牛乳に興味を持ってくれることも珍しい。それに千貫の長話にも嫌な顔というよりも、むしろ楽しそうに聞いている。

 さて、今度は何処の牛乳がいいだろう。
 最近新たな楽しみが出来た千貫は、葉佩の来訪をグラスを磨いて待っている。




2.Chinese liquor

 職員(成人のみ)の為の施設。
 静かに飲まれる方のみ歓迎。暴れたら出入り禁止。

「晩上好(こんばんは)」
「こんばんは」
「いらっしゃいませ」

 今夜の客は女性ふたり。
 白い中国服の心理療法士と、今年赴任してきたばかりの新任女教師。最近、よく見るようになった二人である。

「いつもの、あるかい?」
「ええ」
「雛川さまは?」
「ええと…どれにしようかしら」

 迷っている雛川に本日のオススメをいくつか紹介すると、その中から一つ選んで注文を受ける。素朴でまっすぐな雛川と、何か裏があるかのような雰囲気を持つ端麗。注文の品を差し出すと、千貫は少しその場から離れて他の客の相手をしている。
 客の話は聞いていても、客の方から話しかけられるまでは答えない、口出ししないのが接客の基本。この二方は話はするものの、静かに飲まれるので千貫も様子を見つつも他の動作に移る。

 時々耳に入る単語は、この店の常連ともなってしまったあの若造の話から他の学生の話まで様々だが端麗が雛川の話を巧みに誘導しているかのようで、流石としか言いようの無い。店を出る頃になれば、雛川の表情も先ほどよりも明るさを増したかのように、酒と言葉の力を借りて澱んでいるものを吐き出させているようなものである。
 だからこそ、雛川もこの學園にありながら己の姿勢を貫いていこうと出来るのだろうと思うと、この場所があることも有意義なのだろうと思える。

「流石というべきでしょうな」

 雛川を先に帰し、一人で飲んでいる端麗に声を掛ける。

「ふふ、見抜かれていたか」
「この商売も長いですから」
「流石は、千貫厳十郎ということだな」
「御冗談を。貴方の療法士としての腕が良いのでしょう」
「褒められると後が怖い。 ・・・さしずめ、私に対してはもっぱら酒とここの雰囲気がいいだけだと思うのだが」
「それはそれは」

 端麗はもう一杯酒を頼むとグラスを軽く上げる。

「この雰囲気と酒に、干杯」


3.VS drunkard

「よお」
「いらっしゃいませ」

 その入ってきた客の顔を見るなり、千貫は表情を強張らせる。

「ウィスキー」
「・・・はい」

 相手は、最早天敵と言ってもいいぐらいそりの合わない相手でもある。客商売であるから仕方がないとしても、それでも基本的に合わない人間と言うのは誰にでもあるものである。この男に関わってはいけないのだ、それでも関わらざるを得ないのは仕方が無いこととして諦めるしかないのだろうかと思う。

 キープしてあるボトルを出すと、その男は勝手に水割りを作り一人飲み始める。手がかからない客ではあるが千貫がこの男を苦手なのはそれだけではないのだ。

「よお、千貫。こっちゃこいや」
「何でございましょうか、・・・境さん」
「そんな固っくるしい物言いはよせやい」
「・・・・・・・」

 境と千貫は學園内でも犬猿の仲に近いとは、周知の事実である。そもそも陽性の女好きである境と冷静沈着を絵に描いたかのような千貫が相容れる筈がないのだから、それは当たり前といえば当たり前なのだが。

「ほんっと、おめーさんは昔から変わらねえなあ」
「貴方もそれは同じでしょう」

 千貫の声には、周囲を凍らせるかのような響が交じり、カオルーンの客は誰一人その周囲に近寄ろうとしない。近寄れば巻き込まれるのは自明の理だからだろう。それに動じずひとり飲み続ける境もある意味凄いと言えば凄いが。

「もしかして、あのときのことまだ忘れてないんじゃろ」
「何のことでしょう」

 境が學園にくるまですっかりと忘れていた苦い記憶が蘇る。何故、もう二度と会わないと誓った相手とこうして再び向かい合っていなければならないのだろうかと思うと、腸が煮えくり返りそうであった。勿論、そんなそぶりは表には出さないものの、言葉の端々から漏れてくる。

「本日の営業は終了です」
「何ぃ!」
「とっととお帰り下さいませ」

 境は勿論、客全員巻き添えを食ってバーから放り出される。それでも千貫の人柄か明日も常連達は来るのだから店の方は大丈夫なのだろうが。
 店の掃除をして、明日の準備をして鍵を閉めた。千貫は一つ溜息をつく。

「いけませんね、私として感情的になりすぎてしまいました」

 明日はまた大丈夫、大丈夫でしょう。
 過去の記憶をしまいこんで、千貫はゆっくりと屋敷へと戻っていった。


バー「九龍」小話。
1は葉佩と千貫
2は千貫と端麗と雛川
3は境と千貫
個人的に過去に千貫と境の間に何か因縁があったら楽しそうだな、と。
若き日の境×千貫とかあったら読んでみたい気がする。

04/10/20 tarasuji