九龍で逢いましょう
生徒歓迎、但し出すのは水かミルクのみ。 夜間限定のバー「九龍」には学生の姿などなく、居るのは學園の教師とそこで関わる人間のみ。 「こんばんは」 そういって千貫が葉佩に出すのはいつものミルク。 「今日のは何処の奴?」 最初は、牛乳などと思っていた葉佩であったがここのマスターでもある千貫が出す牛乳は、購買で売られている牛乳とはまた一味違うのである。ともかく最初飲んだときにその味の濃さとまろやかさに驚いたのは言うまでも無い。しかもその牛乳が農場とかではなく、大手スーパーやデパートで簡単に買えるような代物だというのだから驚きである。 「俺、昔牛とか山羊の乳の搾りたてを飲んだときも美味いと思ったけど、ここの牛乳も美味い」 千貫は、葉佩の話に相槌を打ちながら音を立ててグラスを磨く。 さて、今度は何処の牛乳がいいだろう。
2.Chinese liquor 職員(成人のみ)の為の施設。 「晩上好(こんばんは)」 今夜の客は女性ふたり。 「いつもの、あるかい?」 迷っている雛川に本日のオススメをいくつか紹介すると、その中から一つ選んで注文を受ける。素朴でまっすぐな雛川と、何か裏があるかのような雰囲気を持つ端麗。注文の品を差し出すと、千貫は少しその場から離れて他の客の相手をしている。 時々耳に入る単語は、この店の常連ともなってしまったあの若造の話から他の学生の話まで様々だが端麗が雛川の話を巧みに誘導しているかのようで、流石としか言いようの無い。店を出る頃になれば、雛川の表情も先ほどよりも明るさを増したかのように、酒と言葉の力を借りて澱んでいるものを吐き出させているようなものである。 「流石というべきでしょうな」 雛川を先に帰し、一人で飲んでいる端麗に声を掛ける。 「ふふ、見抜かれていたか」 端麗はもう一杯酒を頼むとグラスを軽く上げる。 「この雰囲気と酒に、干杯」 3.VS drunkard 「よお」 その入ってきた客の顔を見るなり、千貫は表情を強張らせる。 「ウィスキー」 相手は、最早天敵と言ってもいいぐらいそりの合わない相手でもある。客商売であるから仕方がないとしても、それでも基本的に合わない人間と言うのは誰にでもあるものである。この男に関わってはいけないのだ、それでも関わらざるを得ないのは仕方が無いこととして諦めるしかないのだろうかと思う。 キープしてあるボトルを出すと、その男は勝手に水割りを作り一人飲み始める。手がかからない客ではあるが千貫がこの男を苦手なのはそれだけではないのだ。 「よお、千貫。こっちゃこいや」 境と千貫は學園内でも犬猿の仲に近いとは、周知の事実である。そもそも陽性の女好きである境と冷静沈着を絵に描いたかのような千貫が相容れる筈がないのだから、それは当たり前といえば当たり前なのだが。 「ほんっと、おめーさんは昔から変わらねえなあ」 千貫の声には、周囲を凍らせるかのような響が交じり、カオルーンの客は誰一人その周囲に近寄ろうとしない。近寄れば巻き込まれるのは自明の理だからだろう。それに動じずひとり飲み続ける境もある意味凄いと言えば凄いが。 「もしかして、あのときのことまだ忘れてないんじゃろ」 境が學園にくるまですっかりと忘れていた苦い記憶が蘇る。何故、もう二度と会わないと誓った相手とこうして再び向かい合っていなければならないのだろうかと思うと、腸が煮えくり返りそうであった。勿論、そんなそぶりは表には出さないものの、言葉の端々から漏れてくる。 「本日の営業は終了です」 境は勿論、客全員巻き添えを食ってバーから放り出される。それでも千貫の人柄か明日も常連達は来るのだから店の方は大丈夫なのだろうが。 「いけませんね、私として感情的になりすぎてしまいました」 明日はまた大丈夫、大丈夫でしょう。 バー「九龍」小話。 04/10/20 tarasuji |