ずるい、ひと







 戦闘の時に見せる、熱が込められた瞳。
 羊の園に紛れ込んだ、ケモノ。
 羊の皮を脱ぎ捨てて、戦いすら楽しむかのように、愉悦と歓喜と高揚と狂気を混ぜ合わせたかのように鈍く光る瞳。血を流しながら、拭うことすらしないままに立ち向かう肢体。しなやかに、けど戦いの中で作られ鍛えられてきたその身体に纏わる筋肉。
 その全てを隠すことなく全てをさらけだし、至近距離まで近づいた瞬間に交わした視線は居るように鋭く。その奥には迷いも悲しみも憐憫も同情も怒りも激昂も何もなく、ただ業火の如き熱情のみが存在する。その視線に囚われたならば、焦がれ、灼かれ、燃え尽きて灰になり虚空に舞い散るその瞬間まで気づかずにいるのだろうと。




「葉佩」
「ん? どうした?」
「何故お前は、あの場所で俺と皆守を連れ戻そうとしたのだ?」
 声が、近くにいながら遠くに聞こえる。隣で背中合わせに横になっているこの状態で甘い睦言を囁くことなどなくいつもと同じ声色、同じトーンで葉佩の予想外の質問を隣にいる男は問いかける。その問いかけに返答を返そうとして、自分の持てる限りの日本語を頭の中からかき集めた。
「理由が必要か?」
「寝物語程度にはな」
 寝物語程度とは…言ってくれるではないか。しかし、この状態では互いに眠れるものも眠れないだろう。彼は絶対昔に千貫さんに寝物語をしてもらったに違いないと、想像を巡らせると今の彼とのギャップの差に思わず笑い声がこぼれてくる。
「何が可笑しい?」
「別に」
慌てて誤魔化す。しかし、ならば彼の望むものになるかどうかは確定できないが、リクエストには答えてやろうと葉佩は少しの沈黙を空けてから、口を開く。
「俺がお前をあの場所から連れて戻ろうと思った、それだけだ」
「それだけ…か」
「それだけだよ」
 ほんの少しの沈黙が再び訪れる。その沈黙で彼の反応が背中越しにでも分かってしまったかのようで、葉佩は正直に答えるのではなかったと、少し後悔した。
「寝物語にすらならないな、ならば話を変えよう。お前は俺と敵対していた筈だ。《宝探し屋》と《墓守》としてな、そのようなお前が何故俺を助けようとしたのだ?」
 相変わらず、簡単に答えにくい質問をしてくる男だ。そしてもう一度彼の問いかけを己の中で反芻し、彼の質問の意図を探る。
 再びの沈黙が流れ、その沈黙を打ち破ったのはいつもの葉佩からは出ることが無いか細い、声が響いた。

「俺が…いや、《宝探し屋》戦っていたのは《墓守》であり、《転校生》が戦っていたのは《生徒会》だけれども、俺が、《葉佩九龍》はお前と、《阿門帝等》とは戦っていない。だから俺はお前と敵対なんかしていない」
「……」
「そして、もう一つ。
 俺は、お前を助けてなんかいない。お前を、コウを助けたのは、あの遺跡から助け出したのは俺ではなくあの双子の力だ。俺はなにもしていない」
 その声色は消え去りそうなぐらいにか細かったが、静寂と沈黙が支配しているこの空間ではその声は何よりも大きく響く。声だけではなく、息遣いも、鼓動も伝わりそうで葉佩は自分が緊張の極みに達しながら背中合わせに横になっている阿門に伝わるのではないかと余計な汗が伝わる。
「俺は、お前を傷つけるだけ、傷つけた。自分の目的の為に、お前が何を抱えているのかも、何を迷っているのかも僅かに感じていながら扉を開き続けた。そうすることで、お前が、コウが、皆が助けられると思い上がっていた」
「……」
 阿門は、何も答えない。
「だが、それが思い上がりだと、全てが何でも出来ると思っていたと思い知らされたのはあの奥地に眠る悲しい神を人に還し、全てが終わったのだと思い込んだその時まで気づかなかった。お前があの《墓》に残ると言い出し、コウも同じことを選んだあの時まで」
 阿門は、何も答えない。
「俺は、お前やコウの中にある《墓》の存在はそこまで深かったのだと」
 葉佩は、くるりと寝返りをうつ。阿門の背が視界に入った。
「だから俺は、お前を助けてなんかいないんだ。全てが俺のエゴに過ぎない」


「ふざけるな」


 阿門の声で、葉佩は視界を少し上に上げる。やはり阿門の後頭部しか見えない。
「阿門…?」
「葉佩九龍、お前はそんな気持ちで《生徒会》と敵対していたと言うのか」
「え?」
 間抜けだと言われようとも、上手く返答も出来ない。ただ、葉佩は途切れ途切れに声を出すしか出来ないのであった。悔しいが。
「お前は同情で、動いたとでも言うのか? そのような生半可な気持ちで解呪出来るほど《墓守》の呪縛は甘くは無い。お前は《執行委員》や《生徒会》役員の《墓守》達を《墓》から《解放》したのは紛れも無い事実だ。そのようなことをしでかしたお前が、そのような甘い気持ちだったとはな」
 視界に移る、阿門の背中はピクリとも動かない。
「お前が、そのような男だったとはな」
「でも…お前やコウは…」
「俺は《墓守》の長で阿門家の人間だ。それが全てだ。皆守は…あの男は俺が選んだ副会長であり認めた男だ。普段からあの男は何を考えているのか読めない男ではあったが、あの場所に残ることを選んだのはお前に助けられたからだ。俺は、あの男に逃げ場しか与えてやれなかった。あの男の中に残る《傷》が深く、癒すには長い時間が必要だとは知っていたが、それだけでは駄目だったのだ。お前が、この学園に現れ皆守を信頼し共に歩もうとしはじめたから、あいつもその傷ともう一度相対する覚悟を決め、あいつなりの決着をつけようとしたのだろう…俺は、そう考えている」
 阿門の口から、皆守のことが出るとは予想外のことではあったが、それでも阿門は阿門なりの方法で皆守を守ろうとしていたことは窺える。
「それでも…俺は誰も死んで欲しくなかったんだ。コウにも、そしてお前にも」
「はば…!」
 阿門が気づいた瞬間には既に葉佩が阿門の背から手を回す。背後から抱きしめるような形で、その腕には力が込められているせいかほんの少し震えていたのが感じられる。それに気がついた瞬間、阿門はその腕を解くのや止めて葉佩に掴まれたままとなる。
「コウがいなければ、やっちーや白岐や大和や…コウを知っている人間が皆悲しむ。阿門、お前だって千貫さんや双樹さんや、神鳳が悲しむ。それに…俺も…」
 回された腕に更に、力が入る。
「俺は、もう誰に置いて行かれるのも嫌なんだよ」




 葉佩の声は、少し鼻に掛かっていた。多分涙声なのだろうということはすぐ分かった。《宝探し屋》以外の葉佩九龍は、感情を隠すことを余りしない。自分の中に自分でも探しきれない《何か》があるように葉佩の中にも彼自身も気がつかない《何か》が存在しているのはうすうす感じられる。だが、今はそれを詮索する必要もなく、それでもそこまで心配されるという感情が心の奥をくすぐるかのように阿門は葉佩の腕をゆるくほどくと葉佩に向き合った。予想通り、葉佩の顔をは涙を堪えているのか赤くなっている。葉佩は阿門から視線をずらし、今の阿門からは葉佩の頭頂部しか見えない。
 幼子に諭すかのように、阿門は言葉を区切り、葉佩に声をかける。
「同情も憐憫も必要ない。けれど、葉佩。俺はお前に出会えたことを感謝する」
そうして、阿門はほんの僅かに口の端を上げて、笑う。

「…反則だ、ああ、もう反則だ!」
 葉佩は、まだ少し鼻声で大きく声を荒げて顔をあげて阿門を見た。阿門は何のことか分からず不可思議そうに葉佩の方に視線を向ける。先ほどは泣き顔で赤くなっていた顔が、更に紅潮の度合いを増している。葉佩は、阿門から身体を離すと阿門の広いベッドに仰向けになった。
(感謝の言葉だけでも十分なのに、笑顔だなんで反則だ!)
口には出さないものの、それが葉佩の正直な感情である。そうして阿門を見る葉佩の瞳は戦ったあの時のように熱情を帯びている。
 突然自分から離れた葉佩を見ながら阿門は思う。この瞳が、視線が皆を引き付けてきたのだろうと想像に難くは無いが嫌なものではない、むしろ気分が高揚する。よき好敵手に出会えたときの感情にそれは、近い。
 今、こうして互いの理解を深められるのも、意図不明な葉佩の行動を見ることが出来るのも全ては葉佩にあの時『助け』られたからだ。実際に葉佩は自分が助けたわけではないと言うが、《墓》に眠る双子を動かし、白岐の中に眠る封印の巫女を動かしたのは間違いなく葉佩という男だ。間接的とはいえ、葉佩はやはり阿門を『助けて』いるのである。それを本人に言っても慰めにもならないであろうし、葉佩も恩を着せようと思わないのだからそれ以上は告げる必要は無いのだろうが。
 隣で、先ほどまでのしおらしさは何処吹く風で瞳を閉じてベッドの中心を占領しようとしている葉佩を少し端に寄せて、阿門もゆっくりと瞳を、閉じた。



元ネタはブログ「カタリ」から。
何で葉佩が阿門のベッドで二人で寝ているのかとか理由はあるのですが、書いたら長くなったんで省きました(汗)

一緒には寝ているけど、坊ったまは全く葉佩をそういう対象とは思わない天然さんですから。
何故か葉佩さんがリリカル乙女になってしまう…いや葉佩はもっと漢らしいと思っているんですけどな。

05/03/27 tarasuji