Straight No Chaser



 バー「九龍」
 教職員の憩いの場でもあるこの場所に、一際その場に似使わない作業服の老人と、パーカーとGパンの青年。ジャズの音が穏やかに流れるカウンターの向かい側ではグラスを片手に盛り上がっている。老人の手にはウィスキーの入ったグラス、青年の手にはミルクが注がれたグラス。
 傍目からみても老人と孫と言っても遜色ない二人が、肩を並べて座っている。しかし、そこにはそんなことを気にするような人間もいないので、視線を気にすることなく二人はカウンターの向かいの相手と談話をしていた。
「まさか、こんなところでその名前を聞くとは思わなかった」
そういいながら青年が笑った。




「いらっしゃい、こちらではお久しぶりですね」
「うん」
「今日もミルクで宜しゅうございますか」
「お願いします」
 葉佩は、すっかり馴染みとなってしまっていたバーのカウンター席の隅っこに座ると千貫が準備をするのを見ていた。最初はバーなどどうすればいいのか迷っていたが、最近では千貫を見ていることにした。狭いカウンターの中、無駄の無い動き。見なくても何が何処にあるか把握できているせいか動く歩数も、向きも無駄が無い。しかも洗練されたその動作は待っている間の時間つぶしとしてみるには丁度いいのだ。そうしているうちに、グラスに入ったミルクが出てくる。何でも学生には決して酒類は出さないのがここの店の決まりである。学生は牛乳が一番だというのが千貫の持論でもある。そして、そのいい例が一番千貫の身近にいるのだから反論も何もない。
「何じゃ、飲まんのか」
 そう尋ねてくる声に、飲みたいのは山々だけれどと、千貫に視線をちらりと送る。問いかけてきた本人もそれを察したのか先に注文していたグラスに口をつけた。



 あの後、協会から送られてきたメールと、その内容から推察出来たことはこの学園に存在したもう一人の《宝探し屋》の存在だった。血相を変えて用務員室に駆け込む葉佩に、その部屋の主・境玄道はあっさりとその事実を明らかにした。本当に、予想外とも言えるその出来事は地下遺跡最奥部でのあの『皆守と阿門に置いてけぼり未遂事件』と同様の衝撃だった。
 「お前は詰めが甘すぎる、もう少し修行が必要じゃのう」とそれは高らかに笑う境に少しばかりの殺意を抱きつつも、葉佩が転校する前まで用務員の弟子として探索に付き合わされる羽目となっている。だから、今は葉佩が境のバディとして登録されてしまっているのである。もっぱら戦闘は葉佩と別のバディに任せているが、一度探索についていった時にその鮮やかな手口に葉佩も驚かされ、弟子としてついていく羽目になったのであった。
 そうして《遺跡》探索に連れ出される際に何気なく交わした会話の中で葉佩は、自分と境の意外な接点を見つけることとなってしまったのだった。



「まさか、九龍さんがあの方の息子だとは思いもしませんでしたよ」
「ほんまにのう、世間って言う奴はどんなに広いと思ってもどっかで狭いものじゃ」
「俺だって、まさか二人がオヤジの知り合いだと思わなかった」

 ここで言う『オヤジ』とは、葉佩の義父である葉佩総一郎(仮)のことである。その世界では有名な傭兵の一人であり、ロゼッタ協会でも遺跡探索時に何度か協力を依頼した程であるというのは境から初めて聞いたのであった。そして境も葉佩父と一度バディを組んで探索をしたことが合ったらしいと言う話であった。
 更に、会話の中で出てきた葉佩父の名前を聞いた千貫も表情を変えた。千貫もまた葉佩に父の名前をもう一度確認すると本当に驚愕した表情であった。昔、千貫もある事件で葉佩父と関わったことがあったと告げたのである。まさに世の中広いようで狭いものである。こんな時期になってまさかそういう話が出てくるとは3人とも思いもしなかったのであった。
「お主、誰かに似ているとは思っていたがまさか総一郎の息子だったとはのう」
「私も総一郎さんに息子が居るとは思いませんでした」
「いや、俺オヤジの本当の息子じゃないんで」
葉佩は3歳の時に葉佩父に養子として引き取られ、育てられている。もっとも傭兵稼業として多忙な義父の代わりに、家政婦の老婆と義父の親友である考古学者に殆ど育てられたようなものである。だから葉佩が義父と一緒に生活して知っているのは9歳から15歳になるまでの6年間だけであった。だからここで、今こうして自分の知らない義父を知っている人と出会えるとは思っても居なかったのである。
「似ているといっても、顔立ちじゃねえよ。総一郎とお主は全然違う。だがな、身に纏っている雰囲気がそっくりなんだよ」
「そうですね。九龍さんは総一郎さんと似た雰囲気を持っています」
義父を知っている二人から同じく言われたことで葉佩は少し照れてしまう。義父は葉佩の憧れでもあったのだから、似ていると言われて嬉しくない訳が無い。

「だが、九龍さんはこれからです」
「そうじゃな、まだ《宝探し屋》としてはまだまだじゃからのう」
持ち上げておいて、きっちり忠告することは言う。熟練を重ねた二人とは対照的に葉佩はまだランク入りすらままならない駆け出しの新人《宝探し屋》であるのだ。ここは、先輩である2人の忠告を有難く頂くことにした。
「オヤジに話を聞かせてくれてサンキュ。このお礼は俺が《宝探し屋》として実力をつけたら…」
なんて葉佩の言葉に2人がにやりと笑って返す。
「まだまだ早いわい、ひよっこが」
「調子に乗ってはいけませんよ」
笑いながら手厳しいんだからと、カウンターに突っ伏す葉佩。そんな葉佩を千貫と境は微笑ましく見守るかのごとく視線を送った。
 結局、その日は葉佩の義父の話で盛り上がり、酔っ払った境と千貫にとことんまで付き合わされて夜は更けていったのである。葉佩は半分ふらふらと寮まで戻っていった。



 閉店後のバー「九龍」のカウンターにてカウンターに突っ伏す境。
「境さん、もう閉店なんですが」
「Zzz・・・」
「境さん」
ワザとらしい寝息と寝たふりに千貫もやれやれと呆れながらも、そろそろ戻らないと坊ちゃまの明日の朝食の準備に間に合わない為、店を早く閉めてしまいたいのだ。
「起きないと、貴方がキープしてる『バランタインの30年ウィスキー』を割りますよ」
「わ、そ、それだけは勘弁してくれ!」
慌てて跳ね上がる境の姿を見て、千貫がにやりと笑う。境はしてやられたと思い不機嫌さを隠すことすらしない。
「そんなことする訳ないでしょう」
「お主…まだあの時のこと根に持っているだろう」
「そのような昔のこと。早く屋敷に戻りたいだけですよ」
「あの時のお主は可愛かったのにのう…」
「本当に、割ってさしあげましょうか?」
千貫は笑顔でこちらを見る。千貫はやるといえば実際に躊躇無くやってしまう人間だということを境は知っているから油断ならない。千貫の痛いところをぎりぎりで突いておきながら、これ以上のとばっちりは勘弁とばかりに境は腰を上げる。
「あの若造と話すついでとは言え、お主と久方ぶりに話せて良かったよ」
「さか・・・」
千貫が名を呼び終わる前に、境は店から姿を消した。一人店内に残された千貫は残されたグラスを片付ける。
「全く、あの人は…いつまでたっても変わらない」
 ふと、隙間から現れる過去の記憶。鮮明にまるで昨日のように思い出せる記憶の数々。忘れたくても忘れられない記憶、忘れたくない出会いの記憶。
 千貫は、阿門や葉佩、境など出会った人々の顔を思い出しながら店を軽く掃除しもう一度火の元を確認して入り口に鍵をかける。



 ふと、視界には白い雪がちらほらと舞っている。この分なら明日はうっすらとでも積もるだろうかと考えながら明日の朝食には暖かいものの方がいいのだろうと思いつつ、ゆっくりと屋敷までの道のりを歩いていった。


葉佩自己設定を絡めつつ、さり気無く境×千貫風味を織り交ぜてみる。

05/01/04 tarasuji