月が哂う




俺のその言葉を聞いた九龍の顔を忘れない。
悲しむ素振りも、もしくは裏切られたのに怒る様子も無く。

いつもの彼を見ている俺自身からすれば予想外のその、表情に。
告げた俺の方がどう対応してよいのか分からないその面差しに。ただ、「そうか」とだけ答えた九龍の表情を俺はこの先も忘れない。


九龍は、微笑ったのだ。






 大声を上げる訳でもなく、ほんの微かな口角の動きと呼吸。それはいつも周りを和ませてきた陽気のような笑みとは対照的な、何処か悪寒すら見せるかのような酷薄さをも引き連れていた。たった3ヶ月、されど3ヶ月。同じ屋根の下にて暮らし、昼も夜も友として過ごしてきた上で知っている全てを打ち壊すに最も相応しい表情。


ああ、そうか。
これが『葉佩 九龍』なのだろう。


 俺が、そして皆が『九ちゃん』として認識していたのは彼の側面の一つに過ぎない。人は、いくつもの面を合わせて一人ということなど今更と言うものでもないが。それでも目の前にて立っている九龍は、今まで以上にそこに居るのが自然とでも言うべき姿だと感じられる。
 それを知ってしまえば、目の前に在るのは親友の『葉佩 九龍』ではなく、正真正銘の《転校生》『葉佩 九龍』。
 この墓地に眠る秘宝を求め墓を進む《宝探し屋》であり、墓に眠る王の妨げとなる者。《生徒会》に、《墓守》と敵対し、全てを陽光の元に曝そうとする男。守る為の《墓守》と暴くための《宝探し屋》。




「驚かないのか?」
「驚いて欲しかったのか?」
 意にも介さないように、九龍が言葉を返す。その声色でさえ感情の欠片すら感じさせない。
「俺はお前を騙していたんだ」
「いや、違う」
 九龍は、視線を逸らすことなく、こちらに告げる。そういえば、最初に出会ったときから九龍は視線を逸らさなかったな、とどうでもいいことが脳裏に浮かんだ。
「お前は言わなかっただけだ。嘘は言っていない」
「過大評価だ」
「そう思うなら、そう思っていればいい」

 淡々とした口調。九龍、今、お前は何を考えている?
 俺はずっとお前に何も言わないことを、後悔するつもりはない。出来れば、俺もお前も互いの姿を知らずに、友達という名の皮を被って残り少ない学園生活を満喫していれば良かったのだ。お前の悲しい顔も、困った顔も見たくなかったから俺は何も言わずにこの日が来ないことを願っていたのだろう。
 けれども、いつかこの日は来ることは予想されていた。今、このとき、俺はそれを告げるのにどれ程の覚悟を決めていたのか九龍は知らない。

だから、何故九龍が微笑っているのか俺には解らない。
こんな九龍を、俺は知らない。






 蹴りが打ち込む。通常ならば胃液の逆流と嘔吐で動けない程度の衝撃を何発も食らったというのに。それでも九龍は立ち上がる。何の<力>も持たない只の《宝探し屋》が、それでも立ち上がろうとする。血を吐きながら、全身の痛みに耐えながら。視線をこっちに向けたままでそれでも立ち上がる。
「九龍、何故お前は笑う?」
「嬉しいから」
「嬉しい?」
「ああ。本気の、本当のお前と戦えて、それが嬉しいんだ。皆守」

 酷く、いびつな、歪んだ歓喜を湛えて九龍は姿勢を整えた。
 圧倒される、九龍の持つ雰囲気に。予想外の言葉に。
 戦いたくない俺と、戦えて嬉しさを隠せない九龍。何処までも俺の予想の範囲をさらりと翻してくれる九龍の動きをかわしながら脳裏に浮かんだ思考が瞬時に全身を支配した。
 九龍が打撃を放ってくるのをかわし、瞬時に出来た思考に動きが一瞬遅れた。その隙に背後を取られる。
「皆守」
 耳元で、名を呼ばれる。いつもと変わらない口調で。
「九・・・」
 名を呼ぶよりも先に、全身に鈍い痛みを感じる。急所は流石に外してくれているようだが弱点を的確につき俺は地面に倒れこんだ。
 九龍は、俺の迷いも全て知っていたのだろう。親友だからこそ、全力で闘う必要があったことを。他の誰でも癒せない傷を治すには敢えて澱んでいた膿を全て出すしか方法が無かったことも。
 今の九龍は、先ほどまでの酷薄さは影を潜め今はもう普段の、陽光を思わせるような雰囲気を漂わせていた。




「本気で闘ってくれて、サンキュ」


 俺が声を掛ける前に九龍は立ち上がった。今の俺の視界には、九龍の背中しか見えなかった。


04/11/16 tarasuji
最終話第一戦、皆守視点で友情ガチンコバトル。