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 阿門帝等、18歳(多分)は本日の生徒会業務を終え学園内にある自宅へと戻る。

 冬休みも終わり、もう卒業も間近と言うこの時期。生徒会長というだけあって進路も既に本決まりの今となっては、生徒会選挙を間近に控えて引継ぎが最後の仕事となる。。

 引き継ぐ内容は大抵終わっているのだが、今年から一つ事項が変わったのだ。
 ≪生徒会≫としての、≪墓守≫としての引継ぎは既に必要ないが≪護人≫としてこの学園を守る為に何を必要とするか、それを残していくことが≪生徒会≫の義務であり今まで≪墓守≫達に強いてきた犠牲を再び繰り返さない為の方法だと役員の誰もが思っていた。ただし、約一名は今日もサボりだったが。
 すっかり遅くなり夜道も暗い。一応厳十郎に連絡は入れておいたのだから大丈夫であろうと予想しつつ自宅への通路を急ぐ。

「お帰りなさい、坊ちゃま」
「只今戻った」

 いつも通りの厳十郎の出迎えに、いつものように返答を返す阿門。
 それがいつもの日常だった。その後に更に続く予想外の言葉が入るまでは。

「お帰り、阿門」

  心なしか、阿門の顔面にいつも以上に青筋が走っている。両手はぴくぴくと震えながら目の前にある現状をどう認識すればいいか困惑を極める。もっとも、阿門の表情からはそういう素振りは微塵にも感じられないが。そんな阿門の異常に真っ先に気がついたのは、彼を長年育ててきた千貫厳十郎という男だった。

「坊ちゃま、お加減でも悪いのですか」
「厳十郎」
「はい」

「どうしたも、こうしたもあるか!! 何故こいつがここにいる!!」

 その怒声に、千貫もそして当の張本人、葉佩九龍も一瞬のことながら呆気に取られていた。そもそも、現在は和解していたとは言え、つい1ヶ月位前まで敵対していた相手が目の前で自分を出迎えていることもそうだが。当の葉佩本人の格好が更に阿門から言葉を失わせようとする。

 ふりふりエプロンに三角巾(柄はツチノコ柄)、右手にはモップを持ち左手には塩素系洗剤を装備・・・いや持っているのである。大体葉佩という男は最初に出会ったとき【愛】を告げてきた時点で奇怪な男だということは想像できたが、大体人の家で何故葉佩がそのような格好をしているのだろうか。

「坊ちゃま」
「何だ」
「実は、先日ファントムに荒らされた部屋の片付けが済んでおらず、たまたま今日九龍様がおいでになったので掃除を手伝って貰いました」
「掃除?」
「さようでございます」

 厳十郎は、葉佩が≪家事の達人≫だと言うこともほめのかすと、隣の葉佩がそんなに褒めないでもいいよ、と顔を赤らめている。厳十郎は阿門の育ての親も同然である。学園内では≪生徒会長≫としての威厳も強い阿門だが厳十郎の前ではいくつになっても阿門は「坊ちゃま」のままなので不用意に怒ることも出来ない。掃除なら断る理由がない。屋敷に知った人間、それも葉佩が居るというのが唯一の不快な点だが顔を見なければいいのだ。

「葉佩、用件は何だ」
「別にない、いや今日は寮に居ても暇だから遊びに来た」
「俺には用はない、掃除が終わったらさっさと帰れ」
「えー」

 葉佩は明らかに不満そうだったが、阿門もそれは同様だった。確かに、話がしたいと以前自宅の鍵を渡したことはあったが最近は学校で用は済む。阿門自身もそのことをすっかり忘れていたのだから仕方ががない。阿門は不快さを押し隠して自室に戻ると告げるとさっさと向かっていったのである。

 自室に戻り、とりあえずコートを椅子に引っ掛けて椅子に腰を下ろす。葉佩のことは忘れようと記憶から消そうとする。9月に転入してきた≪転校生≫は転入早々から≪生徒会≫の規則を破り墓に入った上に、忠告を無視し続け最後には≪墓地≫に眠るものに【解放】を与えてしまった存在である。それは墓地に眠るものだけでなく、≪墓守≫として生きていくしかないと信じていた自分にももたらされた。だからこそ、今現在の状況が存在しているのだが。
 最近、厳十郎が時折葉佩のことを話題に乗せるのだから阿門も、葉佩に対する考え方を少しずつ変化させようとしていたものの、それも叶うことなく今の時期まで来てしまった。

「また難しい顔してるよな」

 その声に驚き、一瞬だけ気配に気がつくのが遅れた。

「部屋には鍵をかけたはずだが」
「俺≪宝探し屋≫だぜ。こんな鍵なんて」

 そういってへへ、と笑う顔には邪気がないだけ困り者である。用があるのは厳十郎だろうと口にすれば、葉佩は俊敏に阿門の目の前までやってきた。エプロンの裾をつまんでくるりと回る。

「なあ、似合うだろ?」
「全く似合わん」

 せっかくリカちゃんに作ってもらったのになあ、と一人不審がる葉佩を置いておいて、阿門は立ち上がろうとしていた。大体、身長170センチ以上もあるガタイのいい高校生にそういうふりふりのエプロンが似合ったらそれはそれで怖いことだと思う。葉佩は仕方が無いなあと少し考える素振りを見せると、掛け声と同時に突然自分に向かって飛び込み膝の上に座った。
 阿門は葉佩を膝の上から下ろそうとするも、奴はそこから降りようとしない。いざとなれば頑固にも近いそういう部分に以前から自分は困らされていた。そしてそれは今でもどうやら変わることはないらしい。

「何のつもりだ」
「こういうつもり(はぁと)」
「気色の悪い冗談はよせ」

 それは確かに悪い冗談だなと、膝の上の葉佩は快活に笑う。彼のその陽性の笑みは確かにあの皆守を始めとして自分の周囲の人間を巻き込んできた。その勢いは阿門自身をも巻き込むかのように怒涛の如く流れていた。
 皆守が言っていたことを思い出す。葉佩の手を取ってしまえば楽になれるのだろうと、ただ、そうすることが出来ないほどに罪は重いのだと。許しの手を拒むことが己に科せられた罰だと。それでも葉佩は諦めずに最後まで手を差し伸べた。その手を取ることしか選択肢が無くなるまで。
 阿門は最後までその手を取ることを拒んだ。それ以外に選択肢が無くとも拒み続けた。葉佩を友として認めた今であれ、阿門自身は葉佩を好敵手としての存在だと感じている。

 限りなく葉佩は貪欲であり、手に入らないと知っているからこそ更に渇望するのだ。

 だから葉佩が望む関係など阿門は認めないし、これからもそうなる事はないであろう。そういう関係だからこそ、こうして二人が傍に居ることを許されているのだから。ただ、葉佩は≪宝探し屋≫であり、簡単にそれを諦めないからこそ今もこうして阿門に向かっている。
 堕ちてしまえばこの関係は終わると互いに知っているはずなのに。

「阿門」

 そう呼ばれて、意識を現世に戻せば不意に葉佩と視線が絡む。
 吐息が掠れあう距離にまで顔を近づける。葉佩の両手が阿門の頬に添えられて。
 瞳がすぅ、と閉じられて。

 その仕草に、その声色に、その全てに。
 どれほどの人間が惑わされ、導かれ、微笑み、怒り、憎悪し、愛しいと思ったのだろうか。
 楽になってしまえばいいと、葉佩は言う。
 堕ちてしまえばいいと、葉佩は笑う。

 そうなってしまえば、確かに葉佩の傍に居られるであろう。だが、それは阿門の望むものではないのだ。だからこそ、その手を拒み続ける。阿門はゆっくりと葉佩の両肩に手を伸ばし、力を込めて前に押した。
 押し出した葉佩の体は羽根よりも軽く、直後に派手な音を立てて床へ倒れこんだ。



「いってぇ、コラ! 馬鹿になっちまったらどうするんだ」
「安心しろ、それ以上馬鹿になることはないだろう」

 後頭部を押さえながら、床に倒れている葉佩が椅子の上の阿門を怒鳴りつける。

「お前が俺の膝に座っているのが全ての原因だ」
「な・・・」

 不服そうに、葉佩がそれ以上の言葉を言えないようにすればいつもの如く無言になる。

「いつかこの落とし前はつけてやるからな! 覚えていろ!」

 それは何時の時代の棄て台詞かと思いつつ、葉佩は物凄い勢いで起き上がると阿門の部屋から出て行った。阿門は誰にも気づかれないように口元だけをほころばせるも、すぐにいつもの表情に戻り部屋から出て行く。



「坊ちゃま、九龍様がもの凄い勢いでお帰りになられましたが」
「気にすることは無い、いつものことだ」
「左様でございますか」

 千貫には、それでも阿門がいつもよりも機嫌の良いことが分かっていた。それは≪生徒会≫の≪墓守≫としての阿門には見られなかった表情でありその理由も分かっていたが、あえてそれを表に出すことはしなかった。ただ、その理由である【若造】に心の中で感謝はしていたが。
 千貫は台所に向かうと、彼の為の夕食を温めに戻った。今日は冷えるからミルクたっぷりのホワイトシチューを準備していた。葉佩が帰ったので少し余りそうだったが明日にでもなくなるだろうと思う。





「ちぇ、阿門はメイドさんは駄目か。うーん、今度ちゃんとしたメイド服手に入れてみよっかな。ああそういえばJADEショップで以前ピンクの白衣(ナース用)が売られていたのを見たから今度メイド服ないか聞いてみよう」

 前で独り言と言うには大きすぎる呟きを口に出して、PCの前に向かう葉佩を、でアロマを吸う皆守が呆れ果てながら見ていたのはその後の話。



04/10/19 tarasuji
阿門が気になる葉佩と彼を受け入れない阿門