桜花恋想 (東京魔人學園外法帖 天戒×女主)


わたしの思い出

貴方はもう覚えていない、私の思い出








 最後の記憶は鮮血に彩られた貴方の姿。それでも貴方は微笑んでいた、そして私の方をじっと見ていた。



 −生きろ−



 それからの記憶はない。ただ、何となく覚えているのは比良坂の唄が聞こえて、私にはまだやることがあると
 …これ以上、私に何を望む?あの、大切な人たちを失って尚、私にやることがあるというのか。だとしたらそれは何なのだろう…。





 気がつくと私は見知らぬ街道の、見知らぬ茶屋で、見知ったことのある男と茶を飲んでいた。目の前の男は蓬莱寺京梧、私たちの敵として存在していた男。でも、向こうは私の事を知らない。何気に、今日は何日だと聞いてみればそれは私があのひとに、あの人たちに初めてあったあの時だった。
 信じられないことだが、どうやら私は時空(とき)を越えてしまったらしいのだ。直ぐには飲み込めなかったが、その時の私はぼやーっとしていたと蓬莱寺は後に語っていた。




 私は龍音、緋勇龍音(ひゆう・たつね)




 過去も未来も、すべてあの人の中に置き去りにして、私はここに居る。

 龍閃組はあの頃予想したよりも、居心地のよい場所だった。あの時、九桐と一緒に見かけたあの雰囲気から何となく想像は出来ていたし、蓬莱寺や美里らが居るのも何となく頷けるものがあった。その雰囲気はどことなくあの村に似ていた。何かと色々な事件がおきて賑やかだったけれども、それでも穏やかで、息がつける。
 美里も、蓬莱寺も、小鈴も、醍醐も、時諏佐も…誰一人私の過去など詮索することなどなく、それでも私がここに居てもいいと許してくれている。けれども何処かに違和感が残っている。私の居た場所はここではない、私の戻りたいと思っている場所はここではない。優しいのに、私を受け入れてくれているのに、それでも別の場所に戻りたいと思う私が情けなくて、皆に申し訳なくて、誰にも見られないように月夜の晩にそっと考えている。

 会いに行こうと思えば簡単なのだ、道も、結界の解き方も全て覚えているのだから。けれど、それが出来ないのはあの人が私を覚えていないから。



 紅蓮の髪をもつあの人は、私のことを知らない



 私の全てを持って行ったあの人は、私を知らない。だからこそ会うことは出来なかった。それでも、あの人と酷似した何かを見かける度に思い出してしまうのは、愚かなのだろう。

「天戒…」

 誰にも聞かれないように、小さく名前を呼んでいた。





 逡巡を抱えたまま、春が過ぎ、夏も終わりに近付いていた。

「比良坂…」
「龍音さん……」

 私は比良坂と出会った…いや、再会した。あの時、最後に聞こえたのは彼女の唄だった。彼女は知っている、私とのこと、全てを知っているかのように思われた。けれども、彼女と出会った時間は短く私は何も彼女から聞く事は出来なかった。彼女の後姿を見ながら、彼女は多分これからあの村に住むことになるだろうを予感していた。彼女と再び出会えるということも。




 季節が駆け抜けていくような予感がした。

 けれども同時にその歩みがゆっくりとしているようでもあった。



 そして気がつくと、秋が終わりを告げ冬が始まろうとしていた。




 そして、冬のあの時に私はあの人と再会した。
 予期してはいたものの、あの人は私を覚えては居なかった。けれども、一時的にとは言え私は一緒に居られることが嬉しかった。だから、この気持ちは一生封じていよう、そう思っていたのだ。そして、あっという間に時間は過ぎて私とあの人は今、ここで二人きりで居る。



「龍…どうやら明日までここに居るしかないようだな」
「ああ…」

 富士山頂を目指していた時、雪崩によって私たち一行はバラバラにされてしまっていた。辛うじて、私とあの人…九角天戒は出会ったものの夜になったためにこれ以上の捜索を諦めて私はあの人と二人きりになる。
 洞窟の中には熊も居たものの、あの人のお陰で何事もなくここに居ることが出来た。幸いにも、持っていた服と火種で焚き火をして暖をとる。

「こうして話をするのは久し振りだな」
「うん、龍閃寺じゃあ騒がしくて二人になれないもの」
「違う…鬼哭村以来だ」
「お…天戒!?」

 私は目を見開いた。驚きが体中を駆け巡る。まさか、あの時のことを覚えているのか。否、それはない筈だ…時間を戻してやり直した筈なのだから。私が一緒に居た記憶などあの人は持っていないはずだ。
 その言葉に弾かれたように立ち上がろうとする私の腕を反射的にあの人が掴んで引き寄せる。そして私をじっと見ていた「逃げるな」と。
 その視線から目を逸らすことなど出来る筈もなく、私はあの人の成すがままに、引き寄せられ背後から抱きしめるようにあの人の膝の上に座らされていた。

「逃げるな、龍音」

 あの人が私の名を耳元で囁く。その久し振りに間近で聞く声音が私の動きを封じる。その声音は妖術か何かのように私を縛り付けて、動きを封じてしまっていた。
 鼓動も、息遣いも。全てが互いに触れた面から伝わってしまうような、そんな錯覚を覚える。一体、私もあの人もどんな表情をしているのだろう。

「最初は、最初に出会ったときは思い出せなかった。けれども何処かにお前が、龍音がいるような感覚があった…最初は俺の願望か何かだと思っていたのだ。お前に出会って、その感覚が段々はっきりとしてくるのに時間はかからなかった」

 何度も何度も聞きたいと思っていたあの人の声は、穏やかで私の意識を集中させるのには十二分だった。

「完全に思い出したのは、龍閃寺に来る直前に比良坂が言ったのだ。龍音のところに行ってくれと」
「比良坂が…?」
「ああ、その瞬間、俺たちの記憶が甦った。あの時の、お前が居たあの時の記憶が…」

 腕にこもる力が痛い。けれどもそれは苦痛よりもあの人に触れられている喜びが勝っているようで…私はそっとあの人の掌の上に己が掌を重ねた。



「泣いているのか…?」



 頬に冷たい感触が走っている。そして、あの人の指が私の頬に、冷たい感触の後に暖かく触れた。

「本当は…思いだして欲しくなかった」
「龍音?」
「思い出して、また柳生と戦って、あの時のようにあなたを失いたくなかったんです。…だけど、そう願う一方で私の何処かで思い出して欲しいと願っていたんです。あなたと、再び会いたいと…」
「そうか、礼を言う。だから…泣くな、お前に泣かれると俺はどうしてよいか分からなくなる」

 そういって、腕の力を緩めるともう一度私を抱きしめる。私は、どうしてもあの人の顔が見られなくて、ただ俯いているしかなかった。

 その温もりが心地よすぎて、このまま時が止まってしまえばいいと陳腐な事を考えていた。そして、たとえこの先何があろうとも、私は最期の時までこの温もりを覚えていようと思っていた。だから、この気持ちをあの人に告げることはしない、そう決めた。
 あの人は一晩中ずっと私を抱きしめていてくれた。時々、囁かれるように発せられる言葉も、その仕草もこの瞬間だけは私だけのものだ。




 それで、十分だった。




 そして、再び春がやってくる。

 あの人と初めて出会ったあの桜の季節が



「行くのか?」
「ああ、まだ見たいものも沢山あるから…」
「出来れば、ずっとここにいて欲しかったがな」
「ずるいな、そう言われたら出て行けなくなるよ。また桜が咲いたときに来るから。ここが…私の故郷だから」



 満開の桜の木の下。
 皆が気を利かせてくれたのであろうか、何時の間にか私とあの人二人きりになっていた。風が、花の花弁を散らす。

 そして、私は旅立った。見送るあの人を振り返ることなどせずに。







 あの人は私を覚えている

 私はあの人を覚えている

 それだけで十分だった

 桜の花が、それでもいいのだと告げていた。


東京魔人学園外法帖血風録の発売決定祝いも兼ねた女主→天戒。
本当に、彼らが女主のことを思い出したのかどうかはちょっと判らないのですが、
とりあえずうちの主人公's(男女共に)は御屋形様にラヴであります。
互いに好きなんだけどね、結ばれることのない片思いっていうのを
書いてみたかったのですが文章力の不足って奴がまるわかり(汗)

03/09/11 tarasuji


戻る