守るべきこころ (学園戦記ムリョウ/阿僧祗×百恵)


君と手を繋ぐ

その手の温もりはあの頃と変わることなく。

僕は、君の側に。

僕は、君のこころを守るためにここにいる









 それは空が高く澄んだ秋晴れの日。

「やあ」
「あら、お久し振りね」

 澄んだ青空を眺めながら、久し振りに天気もよく気候も暖かいのを真守百恵(さねもり・ももえ)と総原瀬津名(すばる・せつな)は茶を縁側ですすっていた。そんな彼女の目の前に現われたのは百恵の友人阿僧祗(あそうぎ)であった。

「どうなさったの、阿僧祗くん?」
「無量の学校で今日文化祭があるんだってね」
「ええ、今日も那由多(なゆた)ちゃんや始くんも大忙しでしょう」

 二人が会話をしている合間に瀬津名がお茶を入れてくれていた。

「はい、おじいちゃん」
「すまんな」

 阿僧祗は百恵の隣に座ると、そのお茶を口にした。心地よい沈黙が流れている。そんな二人っきりの世界を作られてしまったことに何故か瀬津名はじれてしまっていたようで、つい口を滑らせる。

「おじいちゃん、百恵さんを誘いに来たんでしょ。早く言いなさいよ」
「ははは、すっかりお見通しのようだな」
「そうよ、こういう事は直ぐに言った方がいいの」

 目元を少し紅く染めて二人を見ている百恵。年をとろうともこういう場面では恥ずかしくなってしまうらしい。阿僧祗は一つ咳をすると百恵に向き合った。

「百恵さん、一緒に文化祭に行きませんか?」




※※※




 一度は留守にしておく訳にはいかないから、と断ろうと口を開いた百恵よりも先に瀬津名が、留守を預かるから行って来てもいいと言い出した。しかし、瀬津名は外見は二十代前半ではあるが、実際には1万2000歳を越える真守家の御先祖である。御先祖様に留守を頼んで自分が遊びに行くということが出来ないのが百恵の性格であった。

「いいの、たまには百恵さんも遊んでこないと。そうじゃないとおじーちゃんが誘いに出るなんてもう無いかもしれないんだから、ね?」

 押しの強い、けれども穏やかな笑顔でここまで言われてしまっては断る理由も無く百恵は阿僧祗と共に出かけることとなった。そして準備をしている合間に再び瀬津名が部屋を訪ねてくる。

「百恵さん、一つ提案があるんだけど…」



※※※




「お待たせ、阿僧祗くん」
「ああ…」

 縁側で百恵が来るのを待っていた阿僧祗は百恵の姿に微笑んだ。それもそうだ、今の百恵は百歳を過ぎた老人ではなく始めて出会った中学3年生のあの頃の姿で現われたからだ。しかも、当時来ていた御統(みすまる)中のセーラー服を着て。普通なら驚くことであろうが、その場にいる誰一人として平然としている。ただ、百恵は少し恥ずかしそうにしていたが。
 代々真守の家に伝えられてきた「シングウ」の力は今は那由多が継承しているとは言え、先代の継承者である百恵にもその力は残っているのだ。その力を使い、百恵は中学時代の姿を保っている。

「じゃあ、僕も君のその姿に合わせようかな」

 阿僧祗が一瞬にして百恵と同年代の少年の姿に変わる。彼の場合は「シングウ」の力ではなく、彼自身が持っている能力である。何せ彼もまた瀬津名と同様、一万歳をゆうに越えている異星人であり理由あって今は地球に止まっているのだから。
 阿僧祗の姿は今では殆ど見かける事の無い、学生標準服(学ラン)を着ており百恵はその姿に始めて出会った頃のことを思い出してしまった。

「さ、行こうか百恵さん」
「はい」
「いってらっしゃーーーい」

 元気良く手を振って二人を見送る瀬津名。百恵と阿僧祗はそれに手を振り替えして答えると、ゆっくりと瀬津名の視界から遠ざかって行った。

「ホントは行きたかったんだけどね〜、ま、今回は仕方ないわね」

 言葉とは裏腹にその表情には微笑みが浮かんでいた。無理もない、百恵はずっと自分が見守ってきた子孫であり、阿僧祗は自分のしていることをずっと見守ってきてくれている存在である。まさか、阿僧祗が百恵を守るために一緒に老いることを選択するとは思ってもいなかったがそれはそれでいいのだろうと感じていた。




※※※




「こうして、再びここに出かけるとは思っても見ませんでした」
「そうだね」

 校門の入り口の前で百恵と阿僧祗は人々で賑わいを見せる校内の中を見ていた。校舎の様子は変わり、建物も百年前のあの頃と変わっているけれどもその雰囲気はあの時のままで。百恵はなんだか昔の自分に戻ったような感覚があった。

「じゃ、何処に行こうか?」
「そうね、じゃ校内を色々見て回らない?」

 口調が昔に戻っている。今は真守家当主、真守百恵ではなくただの中学生真守百恵である。重圧だと思ったことは無いといえば嘘ではないがそれでも今はそれから解放されたような感覚だった。それは阿僧祗も同じだったのだろう、二人の口調は出会った頃に戻り校内を見て回ることにした。
 今ではすっかり見かけなくなった学ランとセーラー服という格好も気にすることなく二人は色々な催し物を見て回る。
 人々の喧騒、沢山の出店、食欲をそそる匂い…全てが久し振りだった。そんな二人の目の前にある一枚のポスターが目に留まる。


【帰って来たこゆるぎ番長】


「これって…」
「昔のも一緒にやっているみたいだよ」
「やだ…恥ずかしい」

【こゆるぎ番長】とは、中学生時代の真守百恵が映画研究会に無理矢理頼まれて参加した映画である。那由多からその映画を先日見たという話は聞いていたがまさかこんな所で見るのは恥ずかしい以外の何者ではない。そんな百恵を見ながら阿僧祗は「見に行くかい?」と聞いてくる始末。百恵は顔を真っ赤にして絶対見ないと言い張っていた。
 結局・・・阿僧祗の押しに負けて見ることとはなったのだが…上映中の百恵は叫ばないようにするのが精一杯で内容なんて全く見ていなかった。そんな様子を隣に居た阿僧祗は楽しそうに見ていたのだから百恵としては何故か苛立ちが残り続けていたが相変わらず阿僧祗は能天気のそのもので、怒る気力すら失ってしまう。
 それにしても相変わらずの人ごみに流されてしまいそうだった。百恵は阿僧祗の後ろについて歩いていたが、少しでも気を抜くとはぐれてしまいそうだった。

「百恵さん!」

 呼び声と共に手を掴まれた。勿論、その声の主は阿僧祗で彼は百恵の手をしっかりと握ると自分の方に手繰り寄せる。

「阿僧祗くん…」

 強く握られたその手に、鼓動が高鳴る。

「はぐれると大変だからね」

 そう言いながら、阿僧祗は百恵の手を握り締めたまま人ごみの中を掻き分けてゆく。掴まれたその手が、とても熱く感じて百恵は顔を真っ赤にさせながらもその手を離そうとはしなかった。久し振りに触れるその手の温もりが自分の心を守る、ただそのために老いを受け入れた彼の優しさと強さを伝えてくれているようで、胸の高鳴りと共にこの瞬間が一瞬でも永く続けばいいとそう感じていた。多分、そう思っているのは自分だけのような気がすると少し癪だったがこのまま負けたままでいるのも何なので百恵も阿僧祗の手を強く握り返した。

「百恵さん?」
「次は何処に行きます?」
「百恵さんの行きたいところに」

二人はまた歩き始めた。
互いの手をしっかりと握りしめて。




※※※




 途中、津守や守山の家の当主に見つかるというアクシデントはあったものの、最後のみこしおろしを見終える。久し振りのお祭は天網に新しい時代が来たことを確実に告げていた。

「ああ、楽しかった」
「僕もだよ」

 互いに微笑み合う。夢の時間は終わりが近いことを告げていた。
海が見える浜辺に向かって二人は歩き続けていた。そこでお祭は最後だからだ。その間もずっと二人は手を繋いでいた。

「百恵さん、そろそろ戻ろうか」
「ええ…」

 元の姿に戻りたくない気持ちが、百恵の中にあった。ずっとこのまま手を繋いでいられたらいい。そしてずっと一緒にいられたらいい。けれどそんなことは出来ないことは百も承知だった。
 結局、百恵がこの百年の間に結婚しようと思わなかったのはこの人が居たから。家系が途絶えるといって真守の分家筋の誰かと結婚させようとしたときも譲らなかったのはこの人が居たからだ。だからこそ、この繋いだ手を離すことが躊躇われる。百恵は、もう一度だけ阿僧祗の手を強く握った。



「今、この手を離しても僕はずっと君の側に居て、君のこころを守る」




 百恵は阿僧祗を見た。その表情には恥じらいも戸惑いも無く、ただ真摯に百恵の表情を見ていた。涙がこぼれそうになるのを必死にこらえて、少しだけ唇を噛み締めて…それから百恵は微笑んだ。

「私も貴方に負けない。貴方が私のこころを守るというのなら、私もあなたのこころを守る。私は貴方より力もないけれども、それでも守りたい気持ちは誰にも負けるつもりはないわ」

そんな百恵の姿を見て、阿僧祗は声を上げて笑った。そして口を開いた。




「        」




 波と風の音で、阿僧祗が何を言ったかはわからなかった。けれども、珍しく阿僧祗が照れており、今度は百恵が声を上げて笑った。

「さあ、皆が待ってる」
「ええ」





※※※




「もう、お戻りになられましたか」
「ほほほ…楽しい1日でしたわ」
 祭が終わり騒いでいる皆から僅かに離れで、瀬津名と百恵は談笑する。百恵の様子から瀬津名は今日が百恵にとって素晴らしい1日になったことを察していた。
「時々、私が留守番してますから今度またおじーちゃんとデートに行って来て下さいね」
「ありがとう」





繋いだ手の温もりを忘れることなど出来ず

私はその感覚を繰り返し思い出す

非力でちいさな私だけれども 私もあなたのこころを守る


【終】


自己満足企画二日目。
「学園戦記ムリョウ」の阿僧祗×百恵話です。
しかもこの話はコミックス版7巻のラストエピソードをモチーフにしているので
TV版だけだと判らないかもしれないです…(TV版ラストはまだ見ていないけど)
コミックス版でこの二人の関係を見たときかなりツボに来てしまって
百年越しの純愛(汗)とでも言えばいいのか…
宇宙人と恋愛するならこのぐらい大雑把でもいいかなあと。
本当に自分満足の為だけに書いた話で、書いた本人が恥ずかしい。

03/09/08 tarasuji

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