南都高速鉄道の概要・歴史

 南都高速鉄道は、万博開催で輸送需要が増大する1970年(昭和45年)を目処に大阪から奈良の間を結ぶ鉄道として計画された。また、大阪から神戸・姫路・宝塚へ路線を延ばす神姫急行電鉄との相互直通運転も視野に入れた規格での設計とされた。
 出資に際しては、大阪府・奈良県・大阪市・藤井寺市・柏原市・奈良市などを始めとする沿線の地元自治体、及び関西電力、住友銀行(現在の三井住友銀行)、近鉄などの民間企業の出資もあり、昭和38年(1963年)に南都高速鉄道(株)(以下、南都高速とする)が設立された。
 運輸政策審議会答申によると、昭和45年までに整備することが適当な区間として位置付けられ、万博に間に合わせるべく、即座に建設が開始されたが、大阪府下においての用地買収の難航、また沿線住民からは高架を地下にせよとの苦情、また騒音、防音対策についての研究などが必要とされ、当初予定していた1970年の完成には間に合わず、天王寺から、とりあえず車庫用地として確保していた河合まで先行開業することとなり、1972年(昭和47年)に開業した。
 開業に対し、南都高速は1000系6連27本を用意し、その後の新奈良への延伸へ向けて着々と増備されていった。また開業時の列車は準急(天王寺、杭全、出戸、新藤井寺〜河合間各駅停車)、普通が10分毎、ラッシュは準急が5分毎に、普通は10分毎に運転された。
 一方、大阪の中心部に乗り入れることは、従来大阪市が一貫して貫いてきた「市営モンロー主義」によって阻まれることになり、以後、天王寺が南都高速のターミナルとして機能することになる。
 天王寺駅は島式ホーム2面4線で、梅田寄りに引き上げ線を2線持っており、また将来の神姫急行電鉄との相互乗り入れへ向けて奈良寄りにも引き上げ線を2線持っている。開業当初は、こんな立派な設備を作って… と思われていたが、この心配は無用であった。
 
 大阪キタへの延伸については暫くお預けという運びとなって、南都高速は河合から奈良の中心部へ路線を延伸していく。河合〜新奈良(しんなら)間が開業したのが1981年(昭和56年)のことであった。また、新奈良延伸に際し、従来の準急・普通のみの運転体系から、急行・快速・準急・普通の体系に大幅に変更された。急行は、停車駅を極力絞った設定にしており、遠距離客に配慮した設定となっていた。
 一方、従来鉄道による移動が不便だった地域(特に志都美・河合)に延伸したことにより、その地域での鉄道利用が定着していった。それにより輸送力が不足するようになると、開業当初から運転されてきた1000系は8連化され、1986年(昭和61年)には全ての車両が8連化された。これは後の神姫急行電鉄との相互乗り入れの時に大きな役割を果たすことになる。

 天王寺〜新奈良間で営業していた南都高速であったが、大阪都心への乗り入れは長年の夢であった。大阪市との再三の交渉により、昭和48年(1973年)に神姫急行電鉄との相互乗り入れを条件に土佐堀(現在の肥後橋)から本町までの一駅間のみ延伸が認められ、同じく神姫急行電鉄も梅田〜土佐堀間の建設が認められた。そして、昭和61年(1986年)になってようやく桜橋(仮称)〜土佐堀間、本町〜天王寺間の建設が認められ、まず平成2年(1990年)に難波まで延伸され、さらに乗客が増えた。そして平成6年(1994年)に梅田桜橋(仮称:桜橋)まで延伸、同時に土佐堀は肥後橋に改称され、ここに31年の歳月をかけた夢が一つにつながった。
 神急と相互乗り入れを本格的に行うことになり、車両側にも様々な設備が追設されたが、神急では高加速の車両が必要になるが、当時の南都高速1000系は起動加速度が2.8km/sしかなく、神急線で最低限必要とされている3.3km/sに及ばない。そのため神急線への乗り入れには様々な制約がつきまとった(これによって始まった制約は現在でも形を変えて続いている)。
 南都高速1000系は車齢は若いがきちんとメンテナンスを行わなかったせいか車両の痛みが顕著に見られるようになった。そのため、1996年(平成8年)から最新の2000系に順次置き換えられることになった。
 現在の主力車両である2000系は、神急線内で必要とされる加速度、及び120km/h運転に対応しており、また車内にはLED表示器を取り付けるなど、従来の1000系のイメージを払拭した。現在では1000系は置き換えられ、存在しないが、1027-1077が河合車庫に保管されており、イベント時に展示される。また、相互乗り入れ先の神姫急行電鉄に、メンテナンスの基本を学びなおすことになり、これによって南都高速のメンテナンス能力も大幅に向上された。
 
 その後、老朽化した保安装置を更新することになり、2000系に統一された2001年(平成13年)に、保安装置をATSから車内信号式ATCに取替え、列車体系も急行、通勤快速、快速に変更するとともに、高密度運転におけるスピードアップを行った。しかし、神急からは旧2000形の乗り入れがこの切り替えを機に消滅し、ファンの間では悔やむ声も多かった。現在では、南都高速鉄道が2000系、神急からは1000形、1600形、3200形と、最新鋭の新2000形が南都高速線ATCを搭載して乗り入れており、乗り入れに一花咲かせている。

 そして、今後は、京神丹波電鉄とも相互乗り入れを行うことになっており、現在では双方の会社間において訓練・研修を行っており、乗り入れになった暁には、姫路・神戸・宝塚・川西・篠山・京都亀岡と大阪都心・奈良を結ぶ広大なネットワークが完成する。また、この乗り入れに際し、2200系新型車両を増備する。
 一方で、少子高齢化をはじめとした乗客の減少にも悩まされており、これに対する新しい対策を練らなければならないなど、まだまだ課題は多い。また、ダイヤ構成も必ずしも乗客のニーズに応えたものとは言い難く、これについても今後、ニーズを的確に捉えたダイヤの構成、また輸送量の変化に応じて変えていく必要があろう。南都高速は、これからも課題を一つ一つ解決していき、ライバル社に負けない会社に育っていってほしいものである。

終わり。