親になった日

出産予定日が7/6だったため、毎週水曜日となっていた嫁の検診は7/3(水)で終わるはずでした。が、「初めてのお産は遅れるものよ。」という良く聞く話の通り数日が経ち、7/10(水)に第16回目の検診に行ったのでした。

その日の検診は13:30から。
いつもは検診開始の時間から30分から1時間すると、「終わったよ」と、とりあえずの簡易報告メールがケータイに入ってくるのですが、その日はなかなかそれが届きません。

僕は、会社に来ていたものの、連絡が遅れていることと、前日の夜に「もうすぐな気がするねぇ」と電話で話したことが重なって、落ち着かない状態になってたと思います。こんな日は、休んでおくに限りますね。どーせ仕事にならないのですから。
すると15:05に「公衆電話」から連絡が。出ると、その日の検診には念のためということで付き添いしてくれていた義母さんからでした。今思えば、本当は僕が付き添ってあげれば良かったのかもしれません。

  「入院だって 入院。今手続きしてる。」

どうやら、医者との面会では、「来週の検診までには産まれるといいねぇ」くらいの話をしていたらしいのですが、その後検査してみたところ、少しながらも破水しているということで即入院となったらしいのです。

僕はすぐに病院に向かいました。15:50ごろに到着し、そのまま陣痛室で6時間ほど過ごしました。21:00になり、「ちょっと早いけど」という看護師さんの言葉を受けて分娩室に移りました。
更にそれから6時間後の7/11午前2:58に、我が子はこの世に誕生したのでした。

この12時間の嫁の状態は、とても書き表せるほどではありません。僕は、もっと冷静に見ていられると思っていましたが、いざその場にいると、なにもできなくなっていて、けれどただボーっと突っ立ってしまうのがイヤで、なにかしようなにかしようと考えていました。できたことと言えば、看護師さんに言われるがままに動き、そしてそれを繰り返していくことだけでした。嫁がイキむ時には頭を支え、一緒に息を止め、ありきたりの言葉で励まし、次の陣痛までの間に汗を拭き、声をかける。そしてそれを繰り返すうちに、冷静に状況を見れるようになってきました。・・・きていたつもりでした。ところが分娩が長引いているという理由で、途中、「旦那さん、ちょっと休憩して」と看護師さんに言われて、一旦廊下に出ることになりました。
言われたときは、「なんで俺だけ休憩していーんだよ!」と悔しい気持ちで一杯でしたが、きっとその看護師さんにはわかっていたのかと思います。それからほんの数分後に再入室した後は、周りの声もよく聞こえるようになり、助産師さんと話もできるようになっていました。
時計を見て、ここに入って○時間が経ったな。とか、あとどれくらいなんだろう。とか、立会い学級って全然役に立たねぇな。とかを考えることができるようになってきていました。

産まれたときの感動とか安堵感とかいうのは、あまりなかったように思います。あえて言葉にすれば興奮でしょうか。最初に手足の指が5本づつあることを確認しました。女の子ということを確認したのはその後でした。写真はその場では一枚も撮ることができませんでした。カメラを持ち込んでいたことは意識に残っていたのですが、なんだかこの状況は生の目で見て、その目に焼き付けておきたいと思っていたような覚えがあります。「カメラに目をやる時間がもったいねぇ。」みたいな。

医者から、「念のため、保育器へ入ってもらおうと思います。」と言われその理由の説明を受けたとき、僕はあまり冷静に返事ができませんでした。「今の説明、旦那さんから奥さんにしますか?私がもう一度しますか?」と聞かれたときも、「不安にさせないようにお願いします。」というのがやっとでした。けど、産後、我を失ったかのような放心状態のまま分娩台に寝ていた状態で医者から説明を受けた嫁がすぐに、


  「はい、宜しくお願いします。」


とハッキリとそしてキッパリと言うのを聞いたとき、「女ってスゲェ。母親ってスゲェ。」と思ったりしました。
立ち会って良かった。今でも強くそう思います。

その後僕は、小児科への入院手続きをして、医者と看護師の数人から子供の様態とその他いろいろな説明と注意事項を受けて、結局5:00ごろ病院を出ました。

外は晴れていました。

家に帰るつもりだったけど、寝るのが怖くて、寝ると良くない夢をみてしまいそうで、そう考えると、寝て起きたら夢だったなんてことになりそうで、そのままいろんな人に会いに行きました。実家に行き家族と話し、午後には再び病院に行き嫁と子供と助産師さんと話し、夕方には会社に行き友達と話をしました。

それからやっと家に帰り、ゆっくり寝ることとなりました。
テレビを付けると、前夜に通過した台風6号のニュースが流れていました。
嫁は母親になり、僕は父親になりました。
次の日の朝に目が覚めても、それは夢ではありませんでした。

いぇーい。

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