ウェールズ人名事典(中世)

【E】

Edith of Merciao (エディス・オブ・マーシャ)

Eleanor de Montfort (エレノア・デ・モンフォール)

Gruffydd ap Cynan (グラフィズ・アプ・キナン)

Gruffydd ap Gwenwynwyn

(グラフィズ・アプ・グェンヌインウィン)

Gilbert de Clare (ギルバート・デ・クラー)

Gruffydd ap Llywelyn (グラフィズ・アプ・ルーワリン)

Gruffydd ap Llewelyn (グラフィズ・アプ・ルーワリン)

1058年、グラフィズと結婚。死別後ハロルドUと再婚。「マーシャの白鳥」と称えられた美人

1252年、シモン・ド・モントフォートの娘として生まれる。ルーワリンUと結婚

キャフェリー城を建て,ルーワリンUと戦う。

1055年、アイルランド生まれ。ギネズの領主で晩年キリスト教徒として瞑想の生活に入る。

南ポウイスの領主。ルーワリンUに反乱を起こし破れる。

1011年、北ウェールズのルドランに生まれる。全ウェールズを統一するも,ゴッドウィン卿(後のハロルドU)と戦い破れる。

ルーワリンTの長男なるも妾腹のため王位継承出来ず。ロンドン塔から脱出を試み、転落死する。

Hywel Dda (ハゥアル・ダー)

887年生まれ。全盛期にはほぼ全ウェールズを支配。ハゥエルの法律(Hywel's Law)の編者として有名。

Iorwerth Dryndwn (イオワース・ドリンドゥン)

Giraldus Cambrensis (ジェラルダス・カンブレンシス)

ウゥールズ旅行記の著者。1146年、南ウェールズのマノビア城に生まれる。教会に入り、パリ大学で学びぶウェールズのジェラルド(Gerald of Wales)として有名。

by  T. Shibukawa

ルーワリン一世の父親。1184年、アバフロー(Aberffraw)城に生まれる。1184年、兄弟のダフィズとロドリに攻撃され死亡する。

Joan Plantagenet (ジョアン・プランタジネット)

英ジョン王の娘。妾腹の子で生年月日、場所等不明。母親はフランス人女官。長じてルーワリン一世と結婚し、6人の子供を設けている。

Llywelyn ap Seisyll (ルーワリン・アプ・セイシル)

デハバースの領主(Prince)。ウェールズ王として有名なグラフィズ(Gruffydd ap Llewelyn)の父親。980年北部ルドランの生まれ。1058年,アングホラド(Anghorad)と結婚。1021年死亡。

Llywelyn ap Iorwerth (ルーワリン・アプ・イオワース)

ルーワリン一世、偉大王ルーワリン(Llywelyn the Great)として有名。伯父のダフィズ王を破り王位につく。ほぼ全ウェールズを支配するが、「スノードニア王」の称号に甘んじる。

Llywelyn ap Gruffydd (ルーワリン・アプ・グラフィズ)

最後王ルーワリン(Llywelyn theLast)と称される。伯父のダフィズ王死後、兄弟で王位を争い、兄のオウインや弟のダフィズを破り王位につく。一時はほぼ全ウェールズを支配しウェールズ王を名乗るが、エドワード一世に破れて1282年戦死。

O

Owain Goch (オウイン・コッホ)

ルーワリン(Llywelyn the Last)の兄で王位を争うが、破れてドルバダーン城に幽閉される。幽閉生活は22年間続く。

Owain Gwynedd (オウイン・ギネズ)

1100年生まれ。父グラフィズ(Gruffydd ap Cynan)の後を継ぎ、ギネズ王となり、逐次勢力を広げ、北ウェールズ全土を支配。1170年死亡するも彼の治世はウェールズの最も平和な時期であった。

Rhodri Mawr (ロドリ・マウア)

844年生まれ。本名ロドリ・アプ・マフィン (Rodri ap Merfyn)。偉大王マウア(Rhodri the Great)と称される。856年、バイキングを打ち破り名をあげる。隣国マーシャとの戦いに破れ戦死する。

Rhys ap Gruffydd (レス・アプ・グラフィズ)

最後王終焉の地

ドルバダーン城

1132年生まれ。ノルマン勢と戦ったり、和睦したりして南ウェールズ全体を支配。ヘンリー二世の時代には彼に中世を誓い、そのかわり英国の南ウェールズ法務官(王の代理)となる。ロード卿(The Loed Rhys)と称される。

W

William de Braose (ウィリアム・デ・ブラオス)

娘のイザベラが偉大王ルーワリンの後継者,ダフィズの妻となる。ルーワリンの妻ジョアンと不義を働き、露見し1230年に公開処刑される。

William Marshal (ウィリアム・マーシャル)

1146年生まれ。中世騎士道の華。獅子王リチャード始め歴代の王の信任が厚くかった。十字軍に参加した経験を生かしてペンブローク城の縄張りをしている。

ペンブローク城

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Owain Glyndwr (オウイン・グリンダー)

ウェールズ最後の反乱の指導者。1344年、ウェールズ貴族の息子として生まれる。1416年、忽然と姿を消す

キャフェリー城

William de Braose (ウィリアム・デ・ブラオス)

4代目,ブランバー(Bramber)卿。アバガベニの城を領有するが、周りのウェールズ豪族を騙し討ちし、「人喰い鬼」の異名を取る。妻と子は牢獄で餓死。本人はフランスへ逃亡する。

William Fitz Osbern (ウィリアム・フィツ・オズボーン)

ウィリアム征服王の親友でもあり側近。ウェールズ侵攻を命ぜられチプストーにウェールズでは最初の石造りの城を築く。

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Nest

トロイのヘレンに模されたウェールズの美女。多くの恋の遍歴で有名。

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ルーワリン最後王

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Edric The Wild (エドリック・ザ・ワイルド)

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ノルマン・コンクェストの時代にウェールズ国境地帯で活躍した土豪。
その妻は妖精との伝説で有名。

Ifor Bach (イボル・バッハ)

12世紀にカーディフ北部山岳地帯の領主。ノルマン貴族のカーディフ城主と争う。或る夜、彼の軍勢はカーディフに忍び込み、城主と奥方を誘拐に成功。要求が聞き入れるまで人質として確保した。彼の居城は元のコッホ城と言われ、その地下の洞窟には今も彼の財宝があるとの伝説がある。