今月の特集 : ウェールズ王家の系図

ギネズ国

ポウイス国

デハバース国

モーガン国

グインルグ国

センゲニズ国

中世初期、ウェールズは多くの諸侯に分かれて統治されていた。そして、彼らは各々、王(King)と名乗り、公(Prince)と名乗っていた。

その後も集合離散を繰り返し、最後まで一つの国に纏まらなかったのは,ウェールズの習慣法によればり、父の財産は男の子供は等しく平等に分割相続する事になっていた。
ゲルマン族でもその習慣はあったが、彼らはそれが国を弱くする要因であると気づき、既に長子単独相続制に切り替えていた。

13世紀も終わりになる頃,やっと三つの王家が力を持ち始めた。すなわち、

ギネズ(Gwynedd)国

ポウイス(Powys)国

デハバース(Deheubarth)国

である。各国より偉大な指導者が現れて全ウェールズを統一するが、それも一世代に留まり、息子の代になれば又分裂を繰り返していった。

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ウェールズ王家の系図