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今月の特集

技術屋の やぶにらみ英国論(1) =

1)定量的イギリス論?

私の上司に「ここだけの話やが、…」と前置きして大きな声で内緒話をする上司がいた。ある日、仕事の終わったところで地下の食堂で同僚と(ノミニケーション)をやっていると、隣のテーブルからかの上司が振り向いて、例の大きな声で「ここだけの話やが」と宣った。
いつものことなので軽く「はい。」と答えると「今度、君にイギリスに意って貰うことになった。」と私にとっても、周りの同僚にとっても晴天の霹靂の内示を賜った。かくして平々凡々な技術屋の「英国奮戦記」が始まった訳である。

赴任が決まり、英国について書かれた本を読み漁った。そして、一つのイギリスについてのイメージが出来上がったが、それは平均的日本人が持つ英国に対するそれである。曰く、「重厚な石造りの街並み」「緑豊かな公園」「優雅な身のこなしの紳士、淑女」「約束は必ず守る国民性」等である。
ところが赴任してみると、どうもちょっと違う。書かれた事が間違っていると言うのではない。ただ全体として見るとちょっとはじめのイメージと異なっているのである。
英国の片田舎、ウェールズで成形工場を立ち上げ、その現場を見てきたわけであるが、これが筆者がこの前に勤めていた埼玉の町工場と似ているのである。もちろん、片や英語だし、片や日本語であるが、仕事の内容が同じであると言うだけでなく、現場の持つ匂いと言うか、雰囲気が極めて似ている。
皆さんから「違う風土や習慣の土地で大変でしょう。」激励を受け、「ええ、こちらでは……」と日本と異なる英国の習慣や失敗談をしゃべり、会話を楽しんできたが、実のところそれほどの違和感に悩まされ続けた訳ではない。むしろ差のなさに驚いたと言うのが本当のところである。要するに一言で言えば製造現場は製造現場なのである。
確かに、当初は習慣の違いでがたがたしたのは事実であり、慣れてしまった今だから言える暴論かも知れないが、定量的に言えば80%が同じで、残りの20%が異なると言うのが正直な感じである。これは単に工場現場だけでなく、私生活についても言える。

本で読んだ英国のイメージと現実の差はどこから来ているか考えてみたが、どうも二つの要因が考えられる。一つは当たり前のことであるが、書く方にすれば日本と同じ事を長々と書いたところでおもしろくもなんともなく、又読む方もそんな事は期待していない。その結果、受けを狙ってー失礼!ー日本から見て異なる点や珍しい点に重点を置いて書くことになる。場合に依ればそれに思い入れが入りやや誇張される事になる。次ぎに物を書く人は一般にそのおつき合いされる人がハイソサイティな人で彼らの見るイギリス

人はやや上流階級にシフトしているのではないか。
以下の拙文は一般受けを狙らい、日本と異なる点にのみ書出したもので、内容はウェールズの片田舎の人々から受けた印象の物語である。  (次号へ続く。)