新しい公共をめざした協働−自治体における市民参加−

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○ 高石市職員労働組合機関紙(2007新春特集号)から転載しました。


新しい公共をめざした協働−自治体における市民参加−

 「市民参加」という言葉が行政の現場でさかんに使われていますが、「そんなの当たり前」みたいな感じで、実のところ、必ずしも、その内容をあまり深くは考えずに使っているところがあるようにも思います。今日は、政治学がご専門の大阪経済大学専任講師の柏原誠先生に、「新しい公共」論も含めて市民参加とはどういうことなのか語っていただきました。聞き手は、吉田副委員長です。

○ 市民参加と一口に言っても、さまざまな仕組みがあると思います。自治体にはどのような市民参加の仕組みがあるのでしょうか。

柏原 制度になっているものとしては、選挙を通じた参加、すなわち、執行機関である首長と議事機関である議会の議員の選挙があります。これは、憲法がわが国の民主主義の基本を代表による参加としてこと、それから地方自治の章で長と議会を選挙するとしていることから導き出されます。次に、地方自治体の場合には直接民主主義的な手法が加わります。条例の制定・改廃の直接請求や首長や議員の解職請求などがありますが、住民意思の表明として大変重要です。しかし,条例の制定改廃の場合は最終的な意思決定は議会が行うという限界があり,リコールや議会解散は,その法定署名数のハードルが高いものになっています。自治体選挙の低い投票率や、議員の数や報酬がよく話題に上りますが、まず、選挙を通じた参加の質を高めるのが大事と思います。

○ 法律上の市民参加の仕組み以外にも自治体独自でさまざまな取り組みがされてきたと思います。どのような取り組みがされてきたのでしょうか。

柏原 住民投票条例、市民委員会、パブリックコメントなどさまざまな取り組みがあります。住民投票条例は、常設型とその都度条例制定型とがありますが、住民の意思決定そのものよりも、投票に至る過程での住民が学習したり、意見を交換しながら成熟した決定を導き出すという働きが重要だということがいわれています。正しい情報もなく、住民による議論もないままの投票では、人気取りやご都合主義になって,「質の低い決定」が導かれるおそれがあります。公募市民による市民委員会というやり方は、埼玉県志木市などで行われて注目を集めています。確かに、市民みんなで考えたということになる可能性はあるのですが、市政運営の基本に根付かなければ、市長のパフォーマンスにおわり、声の大きい人の影響が大きい、参加できない人の意見が考慮されない、首長の応答責任が十分果たされないと意味がない、という問題が発生するおそれがあります。

○ 市民参加の仕組みを整えるとすれば、どのようなことに気を付ける必要があるでしょうか。

柏原 市民が参加するためのいろんな制度を考えていくことは重要です。市民委員会は、参加者は多いけれども、議論になりにくいこともある、住民投票は選択肢はわかりやすいけれども単純に過ぎるのではないかなど、それぞれの長所や短所があります。より多くの人の参加が得られるようにということを基本にしながら、特性を理解して様々なやり方を組み合わせていくべき、ということではないでしょうか。


○ 参加の仕組みが整えられればそれでOKということにはならないと思います。参加の仕組みを実質化する条件はどういうものでしょうか。

柏原 制度はいろいろ考えられてきました。しかし、やらせ質問が発覚したタウンミーディングしかり、市民委員会を見てもそうですが、その制度をフェアに活用して、よりよいまちにしようという信頼感のようなものが成り立っていることが必要でしょう。それから、デモクラシーに関する議論で最近注目されているのは、公開の場で自由な討論を十分に行うことによって、熟慮に基づいたよりよい決定がなされるという考え方で、熟慮(討議)民主主義といわれています。参加にもインフラが必要です。自治体から住民に向かっては、自治体の意思として広報が、住民の意思として情報公開が、住民から自治体に向かっては、自治体の意思として広聴が、住民の意思として意見表明があります。また、社会的なインフラとして、労働時間の短縮による参加のための時間確保、というようなことも必要です。

○ 政府は、「新しい公共空間」という考えを打ち出しています。簡単にご説明ください。

柏原 政府の言う「新しい公共空間」とは、政府でも民間企業でもない第三の空間、事業体を言いますが、財政危機とそれに伴う人員削減により政府・自治体サービスを民間が代替し、私的な処理に置き替えるというのが実態です。一方、「市民的公共性論」という考えがあります。これまでの公−民の二分論から公−共−民の三分論になります。公共性は、政府・自治体の能力、家族・地域社会の力、技術水準、倫理意識などによってその内容が変化するものであり、政府や自治体が公式的・制度的に認定しない公共性があり得るという考えに基づいています。公の分野では供給は政府・自治体、私の分野では供給は市場、共の分野では連帯・共同原理に基づいてともに公共を担う市民(団体)、つまりニーズを持つ人が供給者となります。

○ 共を担う市民セクターの具体例があれば教えてください。

柏原 朝日新聞12月17日付の「補助線」に米原市の公民館の例が載っていました。社会教育系のNPOが指定管理者になった例です。「自治体が10人でやっていた仕事を民間企業なら5人でやる。これは、コストを削減して利潤を上げるのが目的だから。しかし、市民社会組織なら増やして20人でやる。これは、参加の輪を広げるのが目的だから。」というものです。公民館の利用者も増えたようです。ニーズを持っている人がニーズを解決する側に回る典型的な例と思います。自治体のサービスを単に民間に委託するのではなく、ニーズを持っている人が担い手になり、その解決をめざすことを、法的な面、資金的な面などで支援するというのが本来の「協働」ということではないでしょうか?

○ 今日はお忙しいところありがとうございました。

(2007.1.5 掲載)

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